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36.彼女に捧げられたもの

 フィオレに魂を捧げられて私が手に入れたものはいくつかある。それは彼女の魂に付属していた彼女の知る文化だったり風習だったり言語だったり、彼女を構成する基本的なもの。

 『魂狩り』は私が対象の人間から無理やり魂を剥ぎ取る行為なのでそんな記憶は付いてこないのだが恐らく魂を捧げるというという行為は自分の意志で魂を体から切り離すのでそういった物が一緒についてきたのだろう。

 そしてそんな彼女を構成するものの一つに魔力を制御する方法があった。彼女が私の『精神支配』を解いたのは何も彼女が自分の意識を操られることに慣れていたからだけではない。彼女自身の魔力が元々高かったのだ。しかし、残念ながら魔力が高いだけでは魔法は使えない。

 魔法とは自分の魔力を操り世界に干渉して初めて魔法は発動するのだが、世界に干渉するだけの魔力が体の中にあり、世界に魔力で干渉する方法を知り、魔力を操り世界に干渉させる。その三つの要素が必要だ。

 残念ながら幼い頃に異教徒として人狩りにあい、奴隷をして売られてしまった彼女に世界に魔力で干渉する方法を学ぶ機会は訪れなかった。

 そのため彼女は魔法を扱うことが出来なかったが、体の中に渦巻く魔力は常に彼女と共にあり、彼女の友であった。何も与えられなかった彼女は自分の中にあふれる魔力を幼い頃から玩具の代わりとして操る術を学んでいったのだ。


 魔力の制御。といってもソウルイーターの体にも死体(暫定)の体にも魔力は無い。この世界にはあらゆる生命に魔力が宿っているそうなので私が何かものを口にすれば魔力は体内に入ってくるのだろうが、体の中にそもそも魔力を作る器官が無いのでそれも微々たる物だろう。ともすれば無意味な能力だと思うえるそれは私にはとても馴染みがある能力に似ていた。


 魂を操る能力。『精神支配』や『魂狩り』、『魂吸収』、『魂運用』。魔力を操る感覚は私が魂を操る感覚に似ていた。そして私が魂を操るように魔力を操ることが出来るのなら、他人の魔力も魂と同じように私が操ることが出来るのではないかと思ったのだ。

 他人の魔力を操る、それが簡単に出来るとは思わない、だが別に自在に操る必要は無い。せいぜい他人が魔力を操るのを邪魔することが出来ればソウルイーターの体の一番の弱点の魔法を封じることが出来る。


 しかし問題が一つ。他人の魔力を操っていると『魂狩り』が出来ないのだ。


 「くそっなんでなんだ!!」


 いい感じに混乱した少年神官は短剣を捨てて、両手で私を引き抜こうと頑張っている。魔力の操作を阻害している今なら短剣に魔法を掛けていても私に傷をつけることは出来ないかもしれないが正直手を離してくれてほっとした。何せあの短剣は(ソウルイーター)の体に傷をつける事が出来るだけでなく硬く慣らされた土壁さえもやすやすと切り裂くことが出来るのだ、それ自体が魔法の効果なのかもしれないが、何か剣自体が特別製という可能性もある。


 少年が無手になり、魔法さえも使えない今ならば素手で少年に組み付いても大丈夫だろう。

 窓から体を乗り出し飛び出した(死体(暫定))は背中に突き刺さる(ソウルイーター)を抜こうとして四苦八苦している少年に飛びかかった。


 「ぐぅ!!?」


 そのまま少年の口に傷だらけの右手を突っ込み舌を押さえ込むと体重を乗せて押し倒す。(ソウルイーター)から手を離し(死体(暫定))を推し戻そうと暴れる手を左手で押さえつけるが、少年神官の自由な片方の手が私の顔を殴る。

 背中側に倒れたために床に押されて(ソウルイーター)が少年の体に更に深くもぐりこんで行く、舌を押さえているのでもう魔法を使うことは出来ない、私は全力で少年に『魂狩り』を掛ける。


 少年のが口を閉じようと歯をたてる私の手がぶちりなった。

 私を顔を引っかく少年の指がすべり頭の方からぶちぶちと髪が引き抜かれる音がする。


 私を睨みつけていた瞳がゆっくりと揺れていく。



 荒い息を吐きながら私は力の抜けた少年の体の上にへたり込む。少年の体から鼓動は聞こえない、少年は絶命していた。

 少年の口から掌を引き抜くと底には掌と手の甲に形の良い歯型が並んでいた。掌を握ろうとすると力が入らない。少年の歯は筋肉を食い破って骨にまで達しようとしていた。

 腕には少年神官の魔法にぶつかった時に追った傷もありぼろぼろだ。とっさに水の玉の魔力をかき乱し魔法の効果を消し去ったが完全には防ぐことが出来なかったようで左手で触れると骨が折れているのが感じられた。

 顔も窓から落ちたときに強かに打ち付けたて額からはぱっくりと傷が開いている、たいしたことは無いと思っていたが部屋にある鏡を覗くと思いのほか血が出ていて顔の半分は血まみれだ。他にも少年に殴られたり爪を立てられたりしたので細かい傷やらこぶやらで、まるで幽鬼のような顔になってる。夜道で出会いたくない顔だ。


 しかし少なくとも死ぬほどの怪我ではない。少年の魂も、少年が絶命する寸前に狩りとることが出来た。腕はこのままでは何も出来ないのでソウルイーターの短剣を添え木にして固定し、溺死してしまった神官Cから青いコートを回収する。

 このコートはウリヤス上級神官の寝室に置かれていたものだ。深みの有る青色のコートと灰色のデイパック、どう見てもこの世界の文化になじまないそれはきっと死体(暫定)の持ち物だったのだろう。コートは私が持ち、デイパックはとりあえず今は邪魔になるので子供と一緒に退避させておいた。


 今は腕にコートを通せないのでとりあえず肩に羽織ると外に出る。火の手はほとんど消えているようだ。そもそもあまり燃えるものが無い場所なので消えるのも早かったのだろう。

 私は傷ついた体を治すために近くにいる神官を呼びながら他の場所の状況を探る。上級神官の方は上級神官一人と中級神官二人に逃げられたようだが他は全滅、逃げた3人も一人は中級神官Fに見つかりもう殺されている。他の二人も傷は深いようでなので探し出せれば直ぐに『魂狩り』に掛けられるだろう、他は私もここにくるまでの間に何人か殺してきたので残りはあとは洞窟にもぐっていてここの状況を知らない神官だけとなった。


 私は大きく深呼吸し、疲労の乗りかかる体を叱咤する。もう少しで夜も終わりだ。

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