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35.魔剣

 テッドはその場で身体を低くして聖句を唱え、もう一人の人物が現れるのを待った。

 しかし、奥の部屋の人物は物音が多少した程度でその後何の反応もない、どうやら待ち伏せに徹することに決めたらしい。


 テッドは切り裂いた壁の隙間から部屋の中に体を滑り込ませると神官と一緒に吹き飛ばされた短剣を探す。ほどなく見つかったそれは壁に叩きつけられた神官のすぐそばに落ちていた。サイズを確認すると自分の持っている短剣と同じサイズであるが念のために折っておく。

 もう一度隣の部屋の様子をうかがうがこちらが不安になるほど何の物音もしない。霧の幕を隣の部屋にもう一度送れば子細な様子を探ることができるがあれをすると今度はテッド自身の注意が散漫になるので隣に敵のいる今の状況では使いづらい。

 隣の様子をうかがうことは諦めて今度はドアを開けて奥の部屋の近くまで移動する。


 洞窟内の建物は基本土魔法で土壁を作り施工してあるのでテッドの様な方法をとるか土魔法で壁自体を変形させない限り穴をあけることは難しいが、ドアや窓はその用途のために木製で作られている。

 テッドはそのドアに神術を叩き込む。ドアは簡単にひしゃぎ、破壊され部屋の奥に吹き飛んでいく。

 やがて力の流れが無くなった後、テッドが部屋を覗き込むと誰もおらず散らかった部屋があるだけだった。どうやら待ち伏せにテッドが対処しているのに気が付いて逃げ出したらしい。


テッドがあたりに注意をしながら足を踏み込むと、ドアの周辺には割れた扉の残骸を散乱したいた。それら避けながら部屋の入り口から、室内に視線を向ける。

中級神官でありながら下級神官の宿舎をあてがわれているテッドの部屋よりも一回り大きい程度の室内は、それでもテッドの部屋と対して変わることはなかった。入口に近い場所に机と書棚、書棚と反対の壁にはベッドが置いてありベッドの奥には衣類だな、さらに奥の壁には窓がある。その窓が開け放たれていた。

窓の方へ足を向けるとふとテッドは疑問に思った。大したことのない疑問だ。なぜこの衣類棚はベッドの方を向いて置かれているのだろう。これでは衣類棚から服を取り出しにくくはないだろうか?しかし答えはすぐそばにあった。衣類棚のすぐそば、窓のすぐ下の床に四つのくぼみがあった。ちょうどベッドをそこに置いたなら自然と床に着くだろう家具のへこみ。

そうテッドが認識した瞬間、壁際に置かれたベッドの下から青い外套をまとった男が飛び出してきた。

 テッドは自分でも意外に思うほどに驚きもせず流れるように青い人影の短剣を弾き、人影には魔法を放とうとして、気が付いた。人影の身長は思いのほか大きい。

 あの男ではない。テッドの首筋を嫌な予感が走り抜ける。


 テッドはベッドから飛び出してきた人物に霧の幕を集めて壁を作り、ぶつけて牽制すると窓の方へと振り向いた。

 その先には窓から体をこちら側に乗り出している黒髪のあの男の姿があり、今まさに手に持った短剣をこちらに放つ瞬間だった。あの短剣―魔剣を。

 男が放つ短剣にテッドは用意していた魔法をぶつける。テッドの魔力によって出現した圧縮した水の塊は男の短剣を包み込みその圧力を持って短剣を歪ませながら押し戻し、窓から侵入しようとしていた男にぶつかり宿舎の外へ落ちていく。


 3本目。

 これで後は弾き返した2本目の短剣を折れば―


 テッドがそう考え、はじけ飛び部屋の片隅に転がった短剣に視線をやった瞬間、背中に熱にも似た痛みが走った。



 テッドは自分の背中に突き刺さる短剣に傍から見て哀れなほどに狼狽していた。慌てて左手で引き抜こうとするがどういう訳か短剣はびくともしない、それどころか更にじりじりと体に潜り込もうとしているようにすら感じられる。いや、妄想ではない、実際に切っ先は未だにテッドの筋繊維を切り裂き続けている。

 魔剣だ、これがあの男の持っていた魔剣に間違いない。

 それが証拠にこの部屋には短剣を振るえる者はもういない、男は魔法の直撃を受け窓の外に落ちていったし、ベッドの下に潜んでいた男は霧の幕で顔を覆われて溺れ死んでいる。テッドは実際にこの魔剣がひとりでに飛び動いたのを見ている。この短剣はひとりでに動きテッドの背中に突き刺さったのだ。


 男の持っていた短剣が魔剣でない可能性には気付いていた、だから全ての短剣を折ろうとしたのだ。元々魔剣の存在には警戒していただけあって、宿舎の中は霧の索敵で他に短剣が無いかは確認していた。だから、この宿舎にあった短剣は待ち伏せしていた神官が一本づつ持っていた2本だけ、そして窓の外に待機していた男の短剣と合わせて3本だ。2本目の短剣はまだ部屋の隅に転がっている。3本しかないはずだったというのに今ここに4本目が増えている―いや、違う。


 テッドここに来て自分が盛大な勘違いをしている事に気がついた。これはどこかから現れた4本目の短剣ではない。最初から自分の目の前にあった一本目の短剣―台所で死んでいた神官が腰に刺していた短剣だ。

 あの短剣は自分が霧を操り無防備になっていた瞬間も、壁を切り裂き神官に神術をぶつけたときも、この部屋に入りベッドの下の神官に襲い掛かられた時もいつだって自分を背後から突き刺す事ができたのだ。それでも今まで出てこなかったのは機会を伺っていたから。テッドを確実に殺すために、全ての敵を排除して気が緩んだ今この瞬間を狙うため。

 テッドは自分の判断の甘さに歯噛みした。そしてその判断の甘さのために今まさに死の危機に立たされているのだ。


 魔剣は背中側の筋肉に上手く突き刺さりまだ内蔵にまでいたっていない。しかしじわじわと突き進む魔剣の速度を思えば魔剣の切っ先がそこまで到達するのは時間の問題だろう。

 テッドは最速で聖句を唱え始める。この短剣が魔の物なら神術で対抗するのが一番効果的なはずだ。

 

 おかしい、テッドは自分の体の中に起こった異常に瞠目した。神術は魔法と同じで魔力体の中で練り上げ、聖句や呪文で魔力制御の設計図を描き自身の魔力をその設計図どおりにくみ上げていき発動する。

 今まで、それこそテッドが物心付く前から行ってきた慣れた作業である。なのに今のテッドの体は魔力を練り上げることすら出来なかった。何者かに体の中の魔力の流れを乱されている。

 そう、この魔剣に。

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