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34.警戒して索敵する

 テッドは思いっきり蹴り上げられた腹を撫でさった、まだ胃がひっくり返っている気がする。起きてから食べたものがサンドイッチ数切れだったのが幸いして嘔吐するはめにはならなかったが、胸の辺りがむかむかするのは胃酸が逆流している所為かもしれない。

 あの言いようの無い悲鳴のような音に気をとられたのがいけなかった。胸の奥が心底冷えるような不快な音。それは間違いなくあの男の持つ短剣から発せられるものだった。


 テッドの短剣には一度襲われたときに用心して切れ味の上がる魔法がかけてある。普通は包丁の切れ味などを補正する基本的な生活魔法だが、テッドはこの魔法を、魔力量と魔力調整能力で任意に切れ味を上下できるよう改造してあり、最大状態になると鉄の板さえも切り裂くことが出来る。流石にそこまでいくとテッド自身が扱いきれないので普段はそこまで切れ味を上げることは無いが、あの時は怒りに身を任せていたのでテッド短剣の切れ味は最大の状態になっていただろう。あれがもし普通の短剣であるならば今頃剣ともども男の首は切り裂かれていたはずだ。

 ならばあの短剣は普通の短剣ではない、恐らく魔剣というものだろう。

 テッド自身は本物を見た事が無いが話になら聞いたことがある。曰く、血を求め、一度鞘から抜いてしまうと、生き血を浴びて完全に吸うまで鞘に戻らない剣。曰く、非業の死を遂げた鍛冶師の魂がこもり鍛冶師を殺した一族を呪い殺す剣。曰く、所有者を操り殺人を繰り返させ、持ち主を次々と殺していく剣。

 所有者を操るとは少し違うがテッドの仲間の神官を操っていたのもきっとあれの仕業だろう。だとするとあの男自身も剣に操られているのかもしれない。


 テッドは暗く嗤った。

 だからなんだというのだ、剣に操られていたのだとしてもライナスや神官たちを殺していた事に変わりはない、許しなどはしない。必ず殺してやる。

 テッドは歪な笑みを苦労して元に戻すと自分のいる場所を見渡した。

 男が逃げ込んだ建物は中級神官の宿舎だった。テッドが寝泊りしている部屋は下級神官の宿舎なので中級神官の宿舎はなじみが薄いのだが一人当たりの部屋数と広さが違うだけで構造自体は下級神官のそれとたいして違いは無い。

 テッドは手当たり次第にドアを開けていこうとして手を止めた。


 あの男の剣が魔剣だとすればライナスがあの剣に切られるなと言ったのもあながち間違いではない。切られるだけで体力を吸われる、そんな魔剣があるかもしれない。それにあの魔剣はひとりでにライナスの腹から抜けて行ったつまり短剣だけで獲物を求めて動くことが出来るということだ。だとすればこの遮蔽物がたくさん有る室内はあの短剣に有利な立地だということになる。物陰に隠れて死角から飛び出せば労せず獲物をしとめられるだろう。

 だとすれば悲鳴を上げてここに逃げ込んだように見せてその実テッドをこの建物に誘い込んだと見るのが正しいだろう。


 テッドは扉から手を離し魔法を唱え始めた。呪文を唱え終わると自身を中心にして霧状の水の幕が広ががる。

 霧状の水はそれ自体がテッドの魔力によって操られており幕の範囲内に入ったものをテッドに感覚で伝える。また飛来物に対しても水滴を集中圧縮することて水の盾にすることが可能だ。

 テッドは水の幕を自分を中心に半径1.5Mの範囲で展開する。本心でいえば2M以上は欲しい所だが当然そうなればテッドの負担が増える。周りを気にして移動しながらではこの大きさが限界だ。それでもドアの前に立てば誰かが待ち伏せしているかぐらいはわかるので十分有効なのだが。


 待ち伏せが無いことを確認してテッドは再びドアノブに手をかけ、ドアを開いた。そこは宿舎の居間の様な場所だった。左手奥にはキッチンが見える。広さに違いはあるものの下級神官の宿舎とそう違いはない。

 

 テッドはざっと室内を見回すと特に不審なものはないと判断して部屋の中に入る。一通り見て回り安全を確かめる、どうやらここの宿舎の神官はすでに殺されてしまったらしい。キッチンの奥に神官の死体が一つ倒れていた。背中側から心臓を一突きに殺されている。テッドは神官の死体を仰向けにし驚きに見開かれた瞳を閉じさせると短く黙祷を捧げる。

 そして居間に戻ると家具を押しやり広い空間を作り、壁に背を預け床に座った。そのまま自身の周りにある霧の幕に意識を向ける。霧はまるで己の意思が有るかのようにゆっくりと広がり、集まり、波のように建物の中を移動して行く。


 男に襲いかかった時、床に引いていた油に火を放ったのは男では無かった。あの魔剣に他人を操る能力があるのなら最初に見つけたのとテッドが先ほど殺した二人以上にまだ男の手足になっている神官がいるはずだ。

 そしてあの男がここに逃げ込んだのではなくテッドを誘い込んだのなら罠を張っているはずである。


 テッドが霧の波に意識を集中させる事暫し―奥とその手前の部屋に一人づつ、ドアの横に控えるように立っている。手にはどちらも短剣を所持している。体の大きさはどちらも同じぐらいでどちらも同じ格好をしている。テッドの霧の波は物の大雑把な大きさや形を探るのみで視覚情報は得られないが、男の外套は神官のローブと違い袖が付いているので形で奥の部屋の人物があの男だと知れる。

 テッドは霧の波を操りドアの奥どころか家具の隙間さえも丹念に調べていく。あの短剣が物陰に潜んでいる様子は無い。テッドは安心して霧の幕を手元に引き戻していく。


 さて、待ち伏せしているのが分かっているのにのこのこそこまで出向いてやる義理は無い。

テッドは霧の波を自分の周り広げなおすと慎重に二人がいる手前の部屋に入り込み壁際まで進む。足早に聖句を唱え終わると短剣を壁に突き立てた。

 切れ味を最大にしたテッドの短剣は土で出来た壁などバターのように切り裂いていく。流石に土が削られる音に中にいた神官が気付くがもう遅い。

 壁の隙間からテッドが放った神術がこちらへ振り返る神官を打ち据え吹き飛ばしていった。

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