33.痛み
10/31揮発性の高い油の上を飛び越えたら自分も燃えるじゃない、という事で油をひく描写を少し変更しました。
上級居住区とは反対の方向―洞窟の中ではどちらが北でどちらが南かなど分からない―に視線を向ける。
そこにはいたるところに黒い煙が立ち上っていた。
神官ABCDに居住区に火を放たせた。火を放った後は慌てて飛び出してくる人間を手当たりしだい殺させるように命じてある。神官Bは丁度火を放ったところを他の神官に見つかり捕らえられたようだが、神官Cを向かわせて開放させてある。捕らえた所で見張りをつけておかなればこういうことになるのは明白なのに捕らえるだけで放置したのはやはり自分達の仲間であるという甘えがあるのだろう。
その二人は一筋縄ではいかないようなのでなるべく放って置いて他の神官たちを襲ってもらうことにする。
下級神官の話によると今もなお死体(暫定)を探して洞窟内を探索している神官は精々1割ぐらいという事なので今は放って置く事にする。
中級と下級神官の人数が大体60人でそのうち側仕えが13人上級居住区の警備が5人私が精神支配しているのが4人、更に洞窟をさまよっているのを引くとなので残りは大体30人ちょっと。思ったより少ない。これなら夜が明ける前に終わりそうだ。別に朝までにしなければいけない事もないのだけれど朝明るくなるまでに殺しきれないと逃げ出す者がいるかもしれないので、やはりタイムリミットは朝日が昇るまでだろう。
私たちは居住区の入り口に移動することにした。入り口から神官たちを追い込めば居住区から神官たちが
逃げ出しづらくなるしなによりあの二人が居住区の入り口に向かっているからだ。
手ごわそうな人間は絡めて手で実力を出させないうちに嵌め殺すのが一番である。
そして私はまだ子供といってもいいような神官と相対していた。
年のころは14,5といった所で、上級神官のところにいた側仕え達よりも若そうだ。私が声を掛けると少年の神官は少年をかばった神官を抱えながらこちらを振り向いた。呆然とした顔で私の言葉を聞いていると、彼は何故んな事をするのかと問うてきた。
私は腕を組み考え込むふりをしながら内心でほっと息を吐いた。さっきからずっと喋りかけているのに少年がまったく反応を示してくれないのでちゃんと言葉が通じているか不安に思っていたのだ。おかげでどうでもいい事を長々喋ってしまった。
私に捧げられたフィオレの魂、それに付属してきた彼女の記憶には彼女の言語の記憶も入っていた。私は今そのフィオレの記憶を引き出しながら喋っているのだがちゃんと相手に伝わるように喋れているようだ。
私はそろそろいいかと思ってソウルイーター体を神官の体から這い出させて手元に戻ってこさせる。
この神官最初に切りつけたときにも結構な致命傷を負わせたと思うのだが『魂狩り』をレジストされてしまった。魔力の方は絶対的に上級神官のウリヤスの方が高かったはずだから魔力以外に意志の強さとかそんな物が『魂狩り』や『精神支配』の成功率に影響を与えているのかもしれない。
私は自分の中にあるごろごろと転がる魂から適当なものを選んで『魂吸収』して自分の魂を肥えさせていく。ここに来るまでの間に無差別に『魂狩り』をしていて気付いたのだが『魂狩り』を続けると私の魂がちょっとずつ減っていっているのだ。これはつまり魔法にMPを消費するように私の技能には私の魂を消費しているという事だ。調子に乗ってざくざく『魂狩り』をしていた私はいきなりソウルイーターの私の意識が遠くなったような気配で私の魂が四割方減っている事に気が付いた。これはいけないと慌てて手当たり次第に、狩ったを魂を喰いまくりながら『魂狩り』を続けていたら『魂狩り』の成功率が上がっている事に気が付いたのだ。
その頃には私の魂は元々の3倍ぐらいの大きさになっていた。慌てすぎて喰べ過ぎた。
しかし、そのおかげで私の魂が増えれば『魂狩り』が楽に行えることに気が付いたので結果オーライである。
少年神官が私の言葉に激昂して一直線に飛び込んできた。
私のところまで後一歩、の所で少年の目の前に火の壁が立ち上った。
奇襲が失敗したので次作として、短剣で少年の目をひきつけている間に私の目の前の道に油をひいてもらったのだ。洞窟の中は真っ平らではなくところどころ傾斜があり丁度私が立っている通路も右から左へ緩く高低差があったため高い所から粘度は低いが揮発性の高い油を垂らす事で少年に気づかれる事無く油の道を作る事が出来たのである。
これで少年は炎を前にして足を止めなければならない。私はその間に―
少年は一瞬の逡巡を見せた後、目の前に立ち上った火の壁にそのまま突っ込んだ。
私が驚いている間に少年は私に放つつもりだった神術を火の壁が立ち上がるその足元に向かって放つ。ウリヤスの側仕えの神術の比では無い威力で通路の床が砕け散り、炎も消える。少年神官は霧散する火の粉と床の破片を突っ切り私に短剣を突き付けてきた。
私はソウルイーターの短剣で応戦する。武道の心得どころかまともにナイフを振り回したこともない―記憶は無いが多分そうだろう―私だが大の男の体重を浮かせる程度の力の物理完耐性のある私の体自身で受け止めれば打ち負けることは無い。
私の体と少年の短剣が接触する。その瞬間―
〔あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛あ゛あ゛あ゛!!!〕
一体何の音かと思った。
だって、私には音を発する器官など無いのだ。
だから私が悲鳴を上げることなんて出来やしないというのに。それはソウルイーターの体から響いていた。初めての感覚に恐れ慄く声。痛みに体を震わせ空気を共鳴させて上げる絶叫。
痛い。痛い。痛い。いたい。いたい!いたい!!
私は短剣を通して体に響いてくる自分の悲鳴に体の硬直を解き、目の前の少年の体を蹴り上げた。
少年もまた私の悲鳴に驚き、自身の体に迫る私の足をよけることができずまともに体をくの字に曲げる。
私にぶつかっていた少年の短剣が離れると同時に私は走り出しそのまま近くの建物に逃げ込んだ。
建物の並ぶ部屋の一つに飛び込むとドアを閉めて鍵を閉める。
私はドアにもたれてそのままへたり込んでしまった、今更どっと汗が噴出してくる。あまり長い事こうしてはいられない。すぐにあの少年神官は私を追ってくるだろう。
正直言って油断していた。物理攻撃に完全な耐性のあるソウルイーターの体に過信していたとも言っていい。ウリヤスに踏まれたときも魔法を放たれると何らかのダメージを追うのではとひやりとしたのに何も学んでいない。おそらくあの少年の短剣には何らかの魔法が仕掛けられていたのだろう。
そして、やはりソウルイーターの体は魔法に弱いのだ。
私は胸に抱えていたソウルイーターの短剣を観察する。表面に傷は付いていないがソウルイーターの内側の魂が欠けている。今まで痛みどころかあらゆる感触を感じなかったので始めて識る感覚に酷く敏感に反応してしまった。もうあんなに取り乱すことは無いだろうがまたあの痛みを感じたいとは思わない。
少年が建物の中に入ったのをソウルイーターの感覚が察知する。
今度はもっと慎重に気を引き締めていこう。




