27.奴隷と彼女
殺す!殺す!殺す!こいつは殺す!『精神支配』して生かしたりはしない。
喰う!!
一体どれぐらい経ったろう。ウリヤスの死体はまだ暖かく、部屋の奥から奴隷のうめき声が聞こえることから多分時間にすれば数瞬だったのだろうが、体感的には何時間にも感じられた。
ずるりとソウルイーターの短剣をウリヤスの体から引き抜く、短剣でせき止められていた傷口から粘っこい血液が零れ出るがそれも直ぐに止まった。
自分の体が暖かい肉にもぐりこむ感触はウリヤスの側仕えを刺した時も感じたはずなのにあの時とは全然違う。ぶるぶると短剣を握る死体(暫定)の腕が震えている。はぁはぁ煩いと思ったら自分の口から出ている音だった。
馬乗りになったウリヤスの体から退くと体がよろけた。私は力の入らない手足を叱咤して部屋の奥へ進む。
執務室の奥は寝室だった、多少置かれている物が違うだけで上級神官Iの部屋と間取りも家具も形もそう変わるところは無い。が、一つこの部屋の内装とそぐわない物があった。
とりあえずそれについては今は後回しにして私寝室から続く執務室と向き合う形の部屋に向かう。薄暗いその室内は開けっ放しの扉から寝室の明かりが差し込み、二人の人物を照らしている。一人は奴隷でもう一人は白い髪をした子供だった。奴隷が子供にすがり付いていてむせび泣いている。
子供は部屋の中央の椅子に座らされベルトで固定されている、その様はまるで電気刑を待つ死刑囚のようにも見えた。全身からぐったりと力を抜き椅子に体を預けている、ベルトで固定されていなければそのまま椅子から滑り落ちてしまいそうだ。
白く若く、つるりとした顔の皮膚は涙と鼻水とよだれとおおよそ顔からでる全ての体液で汚れ、小さな掌と足の甲は硝子の様な透き通った杭で椅子の肘掛けと床に縫い付けられている。むごたらしい姿だった。
奴隷は子供にすがりつき手足刺さった杭を引き抜こうとしているようだがよほどしっかりと打ち付けてあるのかその透明な杭は外れる気配が無い。
奴隷の口からは言葉になり損なった嗚咽が絶えず漏れ続けている、上級神官のお気に入りの奴隷と使い捨ての生け贄に選ばれる子供、二人が一体どんな関係を築いていたのか、私は知らないし今後知ることも無いだろう。ただ、悲哀の色で染められた彼女の言葉の羅列に耐えられなくなった私はソウルイーターの感覚を遮断した。
私は部屋に入ろうとして足を止る、室内には甘い匂いが充満していた。上級神官を『精神支配』に掛ける時に使った香油にも似ているがもっと粘っこく、癇に障る。長く嗅いでいると頭がおかしくなりそうな匂いだ。神官たちが奴隷に薬を使っていたという事を思い出しそこらへんにおいてあるタオルで口を鼻を覆い、部屋へ一歩踏み出した。
部屋の中は部屋の四隅には香炉が置かれそれがこの部屋の匂いの元のようだ。私は香炉を片っ端から蹴り倒して中の火種を踏み消していく。匂いの発生源が消えようやっと部屋に篭った空気が抜けてきた。
私は奴隷がすがりつく子供とその子供の周囲を『観察・考察』に掛けていく。子供が座らされている椅子を中心として魔方陣のような紋章が床に溝が刻まれて、その中を見たこともない液体が流れている。私が閉じ込められていた洞穴の入り口にあった見えない壁と同じようなものに見えるがこの魔方陣は更に紋章が複雑に絡み合っている。どうやら椅子で子供の魔力を吸い上げ床の魔法陣で子供の魔力生成器官を破壊する仕組みらしい。
最早子供は助かりはしないだろうがこのまま体の中をぐしゃぐしゃにされて苦しみ続けながら死んでいくのは余りに可哀想だ。私は神官達に床の溝を削らせ魔法陣を破壊させる。床を数ヶ所削って適当に溝どうしを繋げるだけで魔方陣はあっさりとその機能を停止した。
私はもう一度子供の魂を視た。床の魔方陣を止めたため魂の変形は止まっているがもうすでに原型を留めないほどに子供の魂は壊れている。
魔力生成器官が一体、体の何処にあってどうやって生み出されているのかは不明だが生まれる前から体の中で作り上げられている器官だ。内臓のどれかが無くなれば体はまともに機能しなくなるように、魔力生成器官と魂も深く結びついているものなのだろ。結果、魔力生成器官を無理やり破壊することによってこの魔方陣は魂まで壊してしまったのだ。
ふと気が付く、先ほどまで子供に縋っていた奴隷がいない。私はいぶかしんで子供に近づくと奴隷は直ぐに見つかった。子供が座っている大きな椅子のその向こう側に、ぐったりと奴隷は倒れていた。
私は奴隷に近づき横倒しになった身体を仰向けに寝かせる。ウリヤスの見えない力場に殴られた顔は左側を中心に大きな痣になっており赤黒く腫れ上がっている。右側が綺麗な顔のままだったので余計に酷く感じる。
こんな痣ができるほどの力で殴られたというのによく個々まで走ってこれたものである。それだけ奴隷にとってこの子供はそれほど大切だったのだろう。私の掛けなおしたばかりの『精神支配』を振り切るほどに。
ごぼりと奴隷が血を吐いた。
私は驚いて奴隷を見る。奴隷は自分で吐いた血液を喉に詰まらせて咽ている。慌てて仰向けにしていた体を横にさせ、背中をさする。
暗赤色から次第に吐く血の色が鮮紅色のに変わっていく。確か肺や食道から来る喀血なら最初から鮮紅色のはずだ、しかし暗赤色から鮮紅色に変わったのなら胃や腸からの出血があり、それが止まらないということではないだろうか。たしか奴隷は最初に体が吹っ飛ぶほどに腹を殴られていた。あの時に内臓に損傷を追っていたとしてもおかしくは無い。
「傷を治す魔法はあるのか?」
私は左右に立つ神官FGに問いかける。もしこの世界に治癒の魔法があるのなら神職を謳っている彼らが使える可能性は高いだろう。
一度目は『精神支配』、2度目は偶然だとしても彼女は私の危機を2回も救ってくれたのだ。できれば死んでほしくない。
私の期待に、しかし神官二人は首を横に振った。




