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26.歓喜と狂乱

 神術の直撃を受けた神官Eはもう事切れ、魂も体から抜け出て消えてなくなっていた。ソウルイーター体を側仕えの体から引き抜くと、神官F,Gと奴隷と共にウリヤスの部屋へ飛び込みドアを閉めた。


 「誰か!火事だ!!」

 ドアの向こう廊下からあわただしい気配と悲鳴が聞こえる。私たちは廊下にあらかじめまいておいた油に火を放ったのだ。油をまいたのは談話室や食堂等生活施設のある側の廊下、上級居住居の出入り口はその談話室の向こうにあるので、廊下に神官の死体が転がっていようが彼らは消火を優先しなければならない。後はドアの外に残してきた上級神官Iと側仕えHが何とか扇動してくれるだろう。

 今思えばその時の準備の音を聞きつけてここの側仕えが不審に気がついたのだろうがもう今更の話だ。下級神官たちにも外の居住区に油をまいて火を放させる指示を飛ばしている。土壁でできた居住区だが油をまいていればそれだけ燃えるし家財なんかは木製が多いだろうから上手くいけば結構燃え広がるだろう。

 これで後戻りはできなくなった。ブレーキを外した列車から降りることはもうできない。後は最後まで付き走るしかないのだ。

 この部屋から離れた上級神官の部屋のドアにも油をまいたので燃えやすそうな壁紙やカーペットの敷いてある上級神官たちの部屋が火の海になるのは時間の問題だ、神官たちだけでは火を消しきることはできないと思うし、上級神官には睡眠中のものが多いから上手くいけば炎に巻かれて死んでくれるだろう。

 私たちも早く目的を達成して逃げなければ仲良く焼死体になってしまうので急がなくてはいけない。


 部屋の構造は上級神官Iの部屋とほぼ同じだ、私は執務室の奥に視線をやった。これだけの騒動でウリヤス上級神官が気づいていないはずが無い。私たちは部屋の四方にばらけるとドアの前に立ちその奥に意識を向ける。ウリヤス上級神官はどうやら部下の中級神官と同じように待ち伏せをするつもりのようだが恐らく外で火事が起こっていることに気がついていないのだろう。火の手がここに迫るまで待つ気は無いのでさっさと出来てきもらう。


 私はドアの前から移動し替わりに着ていた神官のローブを側にあったポールハンガーにかけドアの前に置いた。魔法で明かりをつけていても、ランプ程度の光量しかない室内は薄暗く、薄明かりに照らされたポールハンガーに掛けたローブはよく見なければそこに人が立っている様に見えるだろう。

 「ウリヤス上級神官様!!火事です!何者かに火を放たれました。早くお逃げ下さい!!」

 神官Fの上げた声に部屋の中のウリヤスの魂が動き始めた。嘘か本当か分からないくても自分で外の様子を見ることが出来なければ篭城し続けることは出来ない。

 ドアが開く―同時にウリヤスの神術によってドアと共に神官のローブが吹き飛んでいく。

 吹き飛んでいったローブに侵入者を撃退したと安心したのか空っぽのドア枠を乗り越えて、中級・下級神官たちとはデザインの違うローブをまとった人物が出てくる。

 ウリヤスが飛んでいって壁に激突したポールハンガーを確認するよりも前に神官Gが足元目掛けて放った魔法でウリヤスの体が煙に包まれた。

 硬い鱗も、柔軟な毛皮も無い人の体はほとんど弱点で出来ている、小さなナイフであろうと根元まで入れば内臓なり動脈なりを傷つけて致命傷を与える、生け捕りにしたいのであれば狙える場所は跡は手足ぐらいなものだ。手は胴体に近いので警戒されるが足ならそこまででもない、私はその人物の足元めがけて短剣を投げつける。

 丈夫そうな皮のブーツに守られた足首では小さいな投げ短剣ぐらいでは上手く当たってもたいした傷もつけられないだろうがこの短剣はソウルイーターの体で出来ているのだ。

 私の手から離れた短剣はそのままスピードを上げて自らの力でウリヤスの足首目掛けてまっすぐに飛んでいき、ウリヤスの足首に突き刺さり―


 はしなかった。

 私のソウルイーターの体は硬質の音を響かせてウリヤスを包む見えない障壁に阻まれ、捕まれた(・・・・)。逃げだそうともがくが見えない何かに捕まれたてどうやっても振りほどくことが出来ない。

 煙が晴れてウリヤスがそのまま足元に浮かんだソウルイーター体を視認すると、そのまま短剣をブーツで踏みつける。そしてまっすぐに死体(暫定)を見据え口を開いた。


 「まさか自ら戻ってくるとは思わなかったよ…私たちの目的はこれで失敗に終わってしまったが、まさか…本当に…」

 ぼそぼそと喋っていた、ウリヤスの声がどんどん大きくなってくる。激昂や憤怒ではない、これは―

 「私の理論は証明された!!」

 これは歓喜の声だ。


 べらべらとウリヤスは熱の篭った声で熱弁し始めた。やれ、私は間違っていなかった。やれ、王都の馬鹿どもめそれ見たことか。やれ、馬鹿な神官を炊きつけた甲斐があったものだ。狂気じみた熱に顔を焼きながら瞳だけは冷静にウリヤスは死体(暫定)の私を見つめる。死体(暫定)ではなく、死体(暫定)の中のわたし(たましい)を全身をまさぐられているような嫌悪感に全身が総毛立つ。頭の中は熱いのに体は芯のまで冷えていく。


 「ああ、それにしても残念だよ、せっかくの記念なんだ」

 ウリヤスがソウルイーターを踏んだ足に力をいれる。足で踏まれているだけでソウルイーターが傷つけられるわけではない、ソウルイーター体はあらゆる物理攻撃を無効とする無敵の体だ。

 でも、魔法は?

 「失敗作でも手元に置いておきたかったのに」

 ぐっとソウルイーターを敷いた足に力を入れる。私は、あっと思った。


 このあっは身の危険を感じたあっじゃない。そう思うよりも早く、瞬間的に、何の予兆も無く私のソウルイーターの感覚を走り抜けるものがあった。


 『精神支配』のリンクが切断された。


 「ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛あ゛あ゛~~~!!!」


 鶏を絞め殺したような声がウリヤスの執務室を満たす。私も、ウリヤスもあっけにそられて彼女を注視した。『精神支配』が続く神官FGだけはウリヤスを見つめている。


 奴隷の彼女、彼女が頭を抱え、それでも目だけはウリヤスを見つめて、いやウリヤスの背後を見つめて狂ったように叫びを上げている。

 いや、狂った様にではない狂っているのだ、ずっと彼女は狂っていた、それを薬で、『精神支配』で、ずっと押さえつけられていた、その押さえつけられていたもの今ここで一気にはじけたのだ。

 ウリヤスの背後には壊れた魂の持ち主がいる。(ソウルイーター)への贄にされる、まだ十代にも満たないはずの少女。

 奴隷はぼたぼたと涙と鼻水を流す顔面をウリヤスに向けて走り出した。ウリヤスは慌てて奴隷向かって拳を突き出す。見えない巨大なグローブでも嵌めているかのように拳が奴隷に届くよりも早く、奴隷の腹を捕らえ奴隷を吹っ飛ばす。床を跳ねて2,3転で回転を止めた奴隷は女性らしい優美な曲線を描く手足を突っ張り跳ね起きた。殴られたときに吐いたのか、口から零れる吐瀉物が執務室の絨毯に染みをつける。

 またウリヤスへと向かって走り出す奴隷。今度は幾分落ち着いた顔をしてもう一度拳を突き出そうとしたウリヤスがぎくりと体を強張らせるずっと足に敷いたままだったソウルイーターの私がウリヤスの足ごとその体を浮かせたのだ。もう私をつかむ不可視の力は消えていた。恐らく奴隷を殴るのに行使した見えないグローブに使ってしまったのだ。そして人の首を吊り上げる程度の浮力のあるソウルイーター(わたし)の体は片足を乗せただけでは押さえつけれるものではない。

 ウリヤスがバランスを崩し横向きに倒れながら奴隷へ向かって放った拳は今度は奴隷の顔面を仰け反らした。しかし、入りが浅かったのか奴隷の足は止まらない。奴隷は不安定な姿勢で立つウリヤスを押しのけて部屋の奥へ駆け込んでいく。


 ウリヤスが奴隷に弾き倒され床から顔を上げると、そこにはウリヤスに駆け寄り短剣を振り上げた私がいた。

 ウリヤスは慌てて奴隷にしたように私に拳を放とうとするが左右の腕を神官FとGにつかまれて動かすことが出来ない。体を動かさなくても有る程度は不可視の力を使うことが出来るのか、わたしの体を見えない何かが押し返そうとする。その間にウリヤスは聖句を唱え始める。神官FとGも見えない力に押されて、不安定な耐性でウリヤスの腕にしがみ付いている。ウリヤスの口を閉じさせる余裕は無い。

 体重を乗せて押し込む短剣がじりじりとウリヤスの胸に迫る。聖句が終わる。ウリヤスが力を解き放つその直前、死体(暫定)(わたし)は全身の力を使って無理やり短剣(わたし)を突き立てた。

10/30ポールハンガーを動かした記述を追加しました。

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