24.油断
前にも言ったが私の魂を感知する能力は魂の極表層面に達する思考だけを読み取ることができる。つまり相手が喋った内容が分かるということなのだがそれは私の半径10mが有効範囲で有効範囲ならどんな言語で喋っていてもそれを読み取ることができる。更に言うのなら聴覚で聞いているわけではないので相手がどんな小声で喋っていても、間に分厚い壁やドアで音が遮断されていても読み取ることができるのである。だから―
死体(暫定)の体の五感に頼らず、用心してソウルイーターの感覚で魂を感知していれば部屋の中にいる側仕えが聖句を唱えている事が分かったはずなのである。
目に見えないもので弾き飛ばされた中級神官Eが床をワンバウンドして向かい側の壁に叩きつけられ、持っていた明かり替わりの短剣が壁に突き刺さる。壁に顔面を押し付けている神官Eを眺めていた、神官Eの頭がずるりとすべり落ち壁に赤い模様を描いた。煌々と光る短剣に照らし出されるその光景を私はただ呆然と見つめる事しか出来なかった。
始めて目の当たりにする圧倒的な暴力、その存在に体が竦んで動けない。今まで散々神官の首を絞めたり絞め殺したりをしてきて何を今さらだと頭の中の冷めた部分が私を罵る、まさにそのとおりだと思うのに、しかし体は頭からの指令を無視したように動かなかった。
開いたドアの向こうから足音がする。今度ははっきりと耳で捉えることができる男の声。高くなり低くなり節をつけるその言葉はまるで歌っているかのようだった。それが、聖句。目の前でその圧倒的な力を示したその言葉は次の獲物を探している。
足音が止まった。いつの間にか床を凝視していた私の視界にドアの向こうから半歩飛び出たブーツが見える。ドアから半分体を出してこちらを向く側仕えの顔は神官Eの短剣の光の逆行になって読み取れない。ただその視線が私を射抜いているのだけは感じる事が出来た。
ゆっくりと側仕えが片腕をこちらに向ける、まるで時間が止まったみたいにゆっくりだ。早鐘を打つ私の鼓動が遠い。よけなければ神官Eと同じ末路が待っていることは分かっているのに、依然として体は頭の命令を受け付けてくれない。
しかし私の体以外はきちんと私の命令を聞いてくれていた。
誰かが腕を引っ張り私の体を引きずり倒す。それと同時に側仕えの手から不可視の力が解き放たれ私がいた場所を薙いでいった。重低音が壁を鳴らし、みしりと罅を走らせる。
心臓の音が戻ってきていた。時間が正常に動き出す。
奴隷に体を抱き寄せられたまま側仕えを振り返ると神官Fが持っていた短剣で切りかかった所だった。側仕えも腰から同じ装備の短剣を取り出し応戦する。剣で打ち合っていると神術が使えないのか側仕えは応戦一方になったが、剣の腕でも側仕えの方に分があるらしい。側仕えの剣が神官Fの腕を浅く切り裂いた。私は側仕えめがけて短剣を投げつける。
側仕えはちらりとこちらに視線をやると、神官Fの短剣を弾き飛ばす動きで難なく飛んできた短剣を避け、返す刃で体勢の崩れた神官Fに剣を突き刺そうとした所でぎくりと動きを止めた。
避けたはずの短剣がわき腹に突き刺さっている。側仕えは信じられないような顔で自分の腹から生えたそれをみつめ、そのまま倒れた。
私は奴隷に抱きしめられながら、今更がたがたと震えだした体を叱咤して両隣の部屋の魂へ意識を向ける。どちらの部屋からも側仕えらしき魂が何事かと部屋の中から廊下の様子を伺っている。廊下に出て現状を発見されるのは時間の問題だろう。私は前から決めてあった指示を居住地内に配置した神官たちに送った。




