21.送還への希望
そろそろいいかげん後回しにしてきた最優先事項を聞くべきだろう。
「私を元の世界に返す方法はあるのか?」
胸の鼓動が変な音を立て始める、大体こういった異世界召喚ものは展開の相場が決まっているのだ。
「ありません」
ほらね、だから私はこの質問を後回しにしてきたのだ。私は大きくため息をつくと座っていたソファにその身を投げ出し、大きくがなる胸の音を宥める様に深く息をした。予想はしてたが思っていたより心に来る。
でも呼び出す方法があるのなら返す方法が絶対ないとは限らないのだ。
「それは貴方たちが送還の方法を知らないということか?それとも送還自体が不可能ということか?」
「両方です。前者についてはおおむねその通りです。私たちは神殿図書館に秘蔵されていた召喚の書を読み解き再現しただけで私たちの中には召喚者の送還方法までは分かっているものはいません。後者については召喚するだけならば条件を召喚術に追加するだけでできますが決まったポイントへ対象者を送り出すのはまた別の術式が必要になってきますので非常に難しいといえるでしょう」
異世界人を無理やり呼び出し化け物への生贄にするような人たちが召喚者のために送還方法まで揃えている可能性は低いとは思ってはいたがやはり、駄目だったか…しかし、今彼は気になることを言った。
「召喚の書とはなんだ?」
「神殿図書館には公式には存在を秘匿されている図書があります。召喚の書はその一つでこの世界のあらゆる召喚の術について記載されている書です」
「その召喚の書を私が読むことは可能か?」
「秘匿指定図書は大教皇の許可が無いと閲覧はできません」
「貴方たちはどうやって許可をえたのだ?」
「大教皇の許可をとったものはウリヤスです。彼がどのように許可を取りえたのか我々は知りませんが恐らくは何らか政治的判断があったと思われます」
「貴方たちの後ろ盾には施政者がいるのか」
「パトロンには上級貴族の方たちもいらっしゃいます」
こんな洞窟に5年も住んでいるなんてよっぽどの世捨て人の集団かと思っていたが確かに上級居住居の内装を見る限り確かにどこからか資金源があると考えるのが普通だ。ということは彼らに敵対するということはこの王国に盾突く事につながる可能性があるのということだ…正直怖い。
まぁでも別にいいか、どうせ私はソウルイーターだ。どっちに転ぼうとも人権も社会的保障も元々与えられはしまい。
ともかく現在確定しているのは、今すぐに神官たちに死体(暫定)を送還させる術は無いということだけである。
つまりそれは今後も見つからないということではない。なんとかして召喚の書とやらを手に入れて、召喚に詳しい人間に研究してもらえば死体(暫定)を送還するすべも見つかるかもしれない。肝心の部分を他人任せにするのは苦しい所だが餅は餅屋、いくら『チェノボグの使い』の使いだろうがそれを専門に生業にしている人に敵うはずも無かろう。何せ私の能力は『観察・考察』程度なのだ。
「ここでこの召喚術に一番詳しいのはウリヤスなのか?」
「はい、彼はこの儀式の中心人物です。召喚神術も『チェノボグの使い』を卸す術も彼が主体となっています」
「そうか、では最後に彼は今何をしていると思う?」
「奴隷を器にするための仕掛けをしています」
それにしても当たり前だというかやはりというか、圧力が無くなった所為で『チェノボグの使い』が目覚めたことは上級神官にはばれているのだな。
しかし『チェノボグの使い』が起きてあたりをうろうろしてもうすでに神官数人を間引いている事には気づいていないようだ。もし分かっているのなら彼らは儀式の続行の準備をしないで私を封印だか倒すだかの算段をしているはずだろう、もしくはここを捨てて逃げるか。
圧力が無くなって結構経っているはずなのに随分悠長なことである。『チェノボグの使い』がもうあたりを飛び回って死体(暫定)を探している神官たちの魂を喰いまくってるとか考えないんだろうか。ひょっとしたら異世界転生している私が異常で普通のソウルイーターはそんなにうろうろ移動して魂を狩ったりしないのかもしれない。神様の使いなら確かに座して待つとかいうスタンスでもおかしくはなさそうだ。少なくともこんなに『精神支配』を繰り返して上級居住区にスニーキングミッションしたりしないだろう。
それにしても封印されていたのにも関われず圧力を撒き散らしていたものが、封印を説かれて目覚めたとたん圧力が消えてしまうとはどういうことなんだろう?普通は逆なのではないだろうか?
「通常『チェノボグの使い』は気配無く忍び寄り人を間引くといいます」
なるほど確かに肉食動物が殺気がんがん垂れ流して狩りをしていたらどんな動物でもびびって逃げ出してしまうな。狩りをする動物は基本的に相手に気づかれないのが鉄則だ。だとしたら私は目が覚めた時から圧力を無意識に押さえ込んでいるのだろう。彼らを狩るために。
◇◇◇
一通りの準備が終わると私達ははウリヤスの部屋の前に立っていた。
ウリヤスの部屋は私が想像していたとおりの部屋だった。というよりずっと気になっていた怪しい部屋があった。
他の部屋は大体側仕えらしき魂と上級神官らしき魂が寝室と執務室に存在するのを感じていたが、その部屋だけ執務室に魂が一つ、寝室には誰もおらず、寝室の奥に他の上級神官の部屋には無いもう一つの部屋がある。そして、そこに魂が二つ存在していた。そして二つの魂の片方は人目見て異常だとわかるほどに変形しているのだ。
異常、そう異常な形をしている。通常魂の形はきっと大体の人が想像するように丸っこくて尻尾が生えていて、どこぞ亀のような恐竜のような主の城に配置されていて後ろを向いていると襲ってくる敵キャラのような姿を想像すると思う。そしてそのイメージはそうそう間違っていない。魂は大体丸っこい形をしている。これは単純に私のイメージがその形のため全ての魂がそう見えているだけなのかもしれない。しかしだとしたらあの歪な魂はなんなのか。まるで幼子がやわらかい粘土をこねて奇妙なクリーチャーを作るがごとく。視ていると言い様の無い不安が襲ってくるような形に現在進行形で歪み続けている。
あの魂は今まさに現在進行形で壊されているのだ。




