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19.墜ちる

 どうしよう、確かに考えてみれば私が直接喋っていた人間は全員『精神支配』した人しかいない、特に問いかけていない事にも答えていたこともあったし、きっと彼らは私と繋がった魂を通じて私の言葉の意味を読み取っていたのだろう。

 前にソウルイーターには感覚器官が視覚と聴力しかないといったが、それは少し間違っていた。そもそもソウルイーターには目が無い、目が無いのに何で見えているのかというとそれはソウルイーターの表面である。ソウルイーターである私が感じるものはソウルイーターの表面に写るもの、ソウルイーターの表面を振動させるもの。そのだけである。しかし頭でそれらの情報を全て受け持つとパンクしてしまうので私は無意識に、表面に映るものは視覚、表面を震わせるものは聴力というように別けて考えていた。ついでに言うと視覚についてはソウルイーターの表面に写る全て、上下360度全てを同時に視る(・・)事が出来るはずなのだが、それにも制限をつけている。またここでも前世の人間であった頃の感覚が邪魔をしているわけである。つまりソウルイーターの外部感覚器はソウルイーターの皮膚だけなのだ。しかしソウルイーターにはそれ以外に感覚器がある、魂を知覚できる感覚だ。これを何を持って感じているのかは不明だが、この器官のおかげで私は私を中心に半径10mほどの魂を感知できるしその魂が何を考えていることの一番外側、第一層まで読み取ることができる。この第一層とは要するに口に出すほど表面化した思考ということで、要するにその生き物が喋った内容が理解できるということである。人間には言語があるが魂の思考には言語は存在しない、そのため相手が何の言語で喋っていようがソウルイーターである私は意味を読み取ることができるのだ。


 つまりそうやって、相手が喋っていることが分かっていたので私の喋っている言葉が異世界のこの人たちにも伝わっていると思いこんでいたのである。ああ!恥ずかしい!もしも『精神支配』を外れてしまった時のために外見と違和感が無いようにするため、なるべく男性口調で喋っていたのは何の意味も無かったのだ!恥ずかしい!しかもその口調も今思えばだいぶ中途半端だった!恥ずかしい!


 いい加減、羞恥で逃避するのはやめよう。

 考えてみれば異世界人と異世界転生したばかりの私が日本語を喋ってこの世界に人に通じているのはおかしい事のはずなのにすっかり私は失念していた。今よくよく聞いてみれば彼らの話している言葉は日本語ではない。彼らが何語を喋っているのかは分からないが私の言葉が通じていないのだとすれば今早急に対応しなければいけない問題がある。

 私は目の前に放置されすっかり困惑しきった上級神官を見つめた。

 


 「始めまして上級神官さん、私は貴方のお名前を存じませんし知る必要も無いので今後はこう呼ばせていただきます」

 「ヴヴヴぅ」

 「私をつれてきたのは貴方たちなので貴方達からすれば始めましてではないのかもしれませんね」

 「ヴヴぉヴヴぅぉ…」


 結局もう一度最初からやり直す事にした。因みに声は神官Dの吹き替えだ。何をどうやっても今この瞬間に私がこの世界の言語を習得することは不可能なのでとりあえずの妥協案だ。やってみると案外神官Dの声は年配者特有の落ち着いたトーンで高くは無いが低くすぎもせず耳に優しく響く。

 私はゆっくりとした口調の神官Dの声に合わせて手に持ったオイルランプをゆっくりと振っていく。ランプには沐浴場に常備されていた香油を注いである。視線は上級神官の目に合わせたままだ。

 ランプが揺れるとともに香油が揮発してあたりに甘い匂いが満ちていく。

 とりとめの無い神官Dの声が波のようにリズムよく耳に届く。

 下級神官から聞いた今日一日のスケジュールから鑑みるにあまり休息をとれていなかった上級神官の瞼は、やがてゆっくりと半分ほど降りてくると、意思のないどろりとした瞳で私を見つめ返した。

 「…」

 ずた袋の中から響いていたうめき声はもう止んでいた。

 今度こそ私は、私の声で上級神官に問いかけた。


 「貴方は誰?」

 「私は貴方、貴方は私」


 猿轡を噛まされた上級神官の不明瞭な呻きに重なって、その聾は私の(たましい)に届いた。


◇◇◇


 このコミュニティに置いて比較的年少の部類に入る側仕えには嫌いなものが二つあった、一つは自分より年下の生意気な同僚。もう一つは目の前のこの女だった。

 「何度言えばいいのかしら、私がお話ししたいのは貴方じゃないよ」

 まるで幼子に言い聞かせるような口調と表情で彼女は言葉を放つ。

側仕えは胸の内をかきむしりたいような衝動に駆られた。それもこれも、悠然とソファに座るこの奴隷のせいである。自分の上官の『お気に入り』であることを笠に着て奴隷の身分でいながらまるで彼女はこの場の女主人のようだった。

 「イラリ様はもう就寝されている、今夜はお前を呼ぶことはもう無い。早く帰れ」

 奴隷はやれやれと言ったように首を振る。首と一緒にその豊かな胸にこれ見よがしに乗せられた巨大なネックレスが一緒に揺れる。奴隷の顔を見ていたくない側仕えはそのネックレスに視線を注ぎながら隠すこともなくため息を吐いた。

 もうずっとこのやり取りを繰り返している。この奴隷と直接話した事は今までなかったが、神官相手にこんな態度をとる女だったのか、周りの神官たちも神官たちである。これほどまでに彼らを見下したような態度をとる奴隷になぜ誰も叱責を飛ばさない。いい加減側仕えの頭は煮立っていた。

 「だいだい貴様の身分で許可もなくこの場所に来ていいと思っているのか?」

 「あら、許可ならイラリ様が出してくださるわ。それより貴方ここで私を追い払った方が困るのではなくて?明日イラリ様が目覚めたときに貴方が無下に私を追い返したことが知れたらイラリ様はどう思うかしら?貴方、イラリ様に怒られてしまうんじゃなくて?」

 だって私の方がイラリ様に愛されているもの―そう言外に主張しながら奴隷はその微笑みに嘲笑の色をのせた。

 側仕えの顔がカッと赤くなる、怒りと嫉妬、その二つの感情に側仕えは支配されていた。

 「・・・ッ」

 反論のために口を開くが、怒りで舌がもつれて上手く言葉が出てくれない。荒れ狂う感情に翻弄された頭は手足の自由を奪い、側仕えから冷静な思考をそぎ落としてい行く。


 なぜいつもは薬を使わなければまともな会話の困難なはずの彼女が今日に限ってこんなに饒舌なのか、その見たこともないネックレスはどうしたのか、なぜ神官たちは彼女の側に控えているのか、そんな当たり前に疑問に思うはずの事さえ今の側仕えには考えられなくなっていた。


 徐々に頭の中を熱によって侵されていく感覚、それは怒りに我を忘れていく感覚に似ていた。だから側仕え本人もそう考えていた。その熱は自身の怒りによって生み出されているものだと。

 そしてそれが間違いであることに側仕えが気づくことは終ぞ無かった。


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