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17.ある中級神官の夜

 薄暗く長い廊下を二人の神官が歩いている。

 ふわっと神官の一人が大あくびを漏らした。

 「おい、緊張感が無いな、上の方達に見られたらどうするんだ」

 「だって眠いもんは眠いんだよ、お前は眠くないのかよ」

 「俺だって、眠いさ。でもそれとこれとは別だろ」

 「俺は別じゃないよ、もう目の前にベッドがあったら飛び込んだ瞬間に寝れるね」

 「何自慢気に言ってるんだよ」

 眠気覚ましにあまり大きくない声で雑談をする、二人の神官は上級神官の居住区の巡回警備の途中であった。しかしここに居を構えてから数年、巡回をして不審事があった事など無い場所なので気はゆるみ気味だ。しかも日中は彼らも洞窟内を捜索していたので疲労もピークに来ている。これで眠そうにするなというほうが難しかった。

 そんな毒にも薬にもならない会話をしていた二人にそれは聞こえた。

 「今何か音がしなかったか?」

 「したか?」

 聞こえたのは一人だけだった。

 「したよ、多分…炊事場からだと思う」

 炊事場は二人が立っている場所から談話室、食堂の扉を通り過ぎた先にあった。そこまで急ぎ足で進むと警備のために開け放してある入り口から中を覗き込む。上級神官の居住区と言ってもここに住む人間自体は13人と少数だ。側仕えを含めても26人。食堂は広く作ってあるがあまり上級神官が入ってくることの無い炊事場はそこまで広くは無い。だが狭い空間を最大限利用するために収納を多く備え付けられた炊事場は遮蔽物が多く入り口からの明かりでは奥まで光が届かなかった。

 「多分、鍋か何かが落ちたんだと思うが…俺が見てくるから、お前はここで廊下を見ててくれよ」

 「ああ、分かったよ、早く戻ってきてくれよ。じゃないと俺は立ったまま寝る」

 若干ふらふらした様子でそういう同僚に神官はため息を吐いて炊事場の中に入っていった。


 炊事場の中は雑然としてはいるが、散らかってはいない。そんなに広くない炊事場の通路をすいすいと進みながら何か異常は無いか点検していく。特に何事も無く奥までたどり着くと神官は炊事場の奥の扉を見つめた。何の変哲も無い、木製の扉だ。奥は食料庫になっている、普通なら虫やねずみを入れないために閉め切っておくものだが虫もねずみもこの洞窟には居ない。そのため普段はこの扉は夜は開けっ放しになっているのだが今日に限って閉め切られている。まあそんな日もあるかと通常なら思うところだが今日は勝手が違った、さっきから断続的に聞こえてくる音はこのドアの向こうからしている。倉庫の向こう側は上級居住区の外になっており、勝手口でつながっている。一応外には警備の下級神官がいるはずなのだがもしもということもある。

 神官はごくりと唾を飲み込みドアの取っ手に手をかけた、口の中で祈りの聖句を唱え不審者がいた場合対処のために神術の準備をしておく。

 神官がドアを開けた。


 そこにはざらざらと口の開いた麦袋からこぼれ落ちる麦の姿があった!


 おもわず脱力する神官の体から不発になった神の力が霧散していく。神術を用意するために捧げた魔力は無駄になったがそれ以上の疲労感が押し寄せてくる。

 神官は一応手に持った明かりであたりを照らし他に異常が無いことを確認すると、麦袋の口紐を閉めなおし、これ以上麦が地面に零れ落ちるのを止める。

 そのまま勝手口を開け目と鼻の先にある居住区入り口の下級神官に声をかける。

 「おい、何事も無いか?」

 「いえ?特に異常はありませんでしたよ」

 下級神官の返事に一つ頷くと中級神官は倉庫に戻りかんぬきを架けなおし同僚の元へ戻っていった。


 神官は気づいていなかった。神官が最初に聞いた音は決して麦が地面へ零れ落ちる幽かな音ではなく、もっとはっきりとしたドアが閉められるような音だったことを。門番の下級神官の顔ぶれがいつもと違う事を。


 「音がしてたから飛ばしたけど談話室と食堂の方は見てなかったな。」

 「それなら待ってる間に俺が見といたぜ」

 「なんださっきまで眠そうにしていたのに」

 「だから眠気覚ましにしたんだよ、じっと立ってたら寝ちまってたからさ」

 「で、眠気は取れたかよ」

 「いや、全然。早く巡回終わらせて戻って休もうぜ」

 そうぼやく同僚の顔つきが数分前に比べて嫌にはっきりとしている事に。




 本当は誘い出した中級神官を襲って『精神支配』しようとしていたのだが廊下に残った方があまりに眠気でふらふらしていたのでそっちを先に『精神支配』にかけてみたのだ。半分夢の国にいた中級神官はリンゴが坂を転がるように『精神支配』に落ちていった。

 後はさっきと同じ方法で今度はもう一人の方をもう一度風呂場に連れ込んで『精神支配』した中級神官に背後から口を塞がせると、そろそろお馴染みになった空中首吊り落としで気絶させる。そろそろ私のステータスに必殺仕事人の称号が追加されそうだ。

 そんな方法で中級神官二人を『精神支配』にかけた。うとうとしかけていた最初の中級神官と違って二人目は随分『精神支配』に抵抗があった。同じ中級神官でも中級神官Dとは抵抗の時間が長かったのでやはり魔力量とかで抵抗力が違うのだろう。隠れていた皆で羽交い絞めにしておいてよかった。

 ちなみに中級神官は全部で3人いて、最後の3人目は玄関横の警備室にいたので『精神支配』にかけた二人で襲って『精神支配』をかけた、首を絞めて酸欠状態にして『精神支配』をかけたので二人目よりも抵抗は少なかった。下級神官BCと中級神官Dの時にも感じていたがやはり『精神支配』は魔力の高さ、意識の鮮明度で効きが変わってくるのだろう。だとすると上級神官を『精神支配』にかけるのは相当大変だと言うことになる。


 ならどうするか?

 奴隷の話によると上級神官13人に側仕えが一人づつであるらしい、それは私のソウルイーターの感覚でも知覚することができた。恐らくこの時間なら上級神官たちは眠っているのだろうが中級神官たちは起きているだろうしどこかの部屋で深夜に人が争うような音がすれば隣り合った部屋の中級神官たちがすぐに様子を見に来るであろう事は想像に難くない。

 中級神官だけを部屋から波風立てずにおびき寄せることができればいいのだが…



 「すいません、アルホです」

 控えめなノックの音が部屋に響く、こんな遅い時間に何の用だろう?と側仕えの中級神官は思う。アルホは確か警備担当の中級神官だっはずだ、あまり話をしたことは無いが同じ居住区で働いているのでさすがに名前は知っている。

 中級神官はそれまで呼んでいた本を閉じドアの前まで行く。

 「今何時だと思っているんですか、一体なんの用ですか?」

 警備の中級神官はもともと側仕えだった神官がなることが多い、つまり現在側仕えの者にとっては先輩になる。序列としては上も下も無く同じ中級神官なのだが、年も上の者が多いので自然と敬語になる。しかし、それでもこんな時間に部屋にこられて不機嫌にならない訳がない、側仕は執務室の奥の扉に視線をやった、上級神官ももうお休みになられているのだ。

 「その…ちょっとご相談したいことが」

 アルホと名乗った中級神官は扉の前で歯切れ悪く答えた。側仕えはため息を付くと少し扉を開ける。そこには名前と顔の一致する想像どうりの人物が立っていた。手には抜き身の短剣を手にしている。

 別にそうおかしい事でもない。短剣には光の魔法がかかっていた。室内でろうそくや松明をつけるとすすで室内が汚れてくる、そのため上級神官の居住区では明かりは魔法でつける事が推奨されている。警備のものなら不審者が居ればすぐに対処できるように短剣に魔法をかけるものが多いのだ。

 「どうしました?」

 部屋に入れるかどうか迷ってから側仕えはとりあえずその場で用件を聞くことにした、あまり上級神官の私室に他人を入れたくは無い。それが自分の仕える人間の希望の人物だとしても。

 「その、フィオレが来ていまして」

 「今日は呼んでいないはずです、それに上級神官様はもうお休みになられている。帰ってもらってください」

 「私たちも勿論そういって帰そうとしたんですが、いやに強情で…上級神官様たちもお休みになられているのにこんな所で暴れられても困るので確認をと思いまして…」

 フィオレというのはある奴隷の名前だ。フィオレの身でありながら何故こんな強気な行動をとっているのかと言えば一重に上級神官たちの『お気に入り』だからだ、そしてその上級神官は側仕えの上司も当てはまる。

 側仕えはあの奴隷が嫌いだった。普段はろくすっぽ奴隷の仕事もできずに叫びまわっては奴隷部屋に押し込まれているくせにいざ夜になると我が物顔で上級神官たちの部屋に入り浸る。もちろん当の上級神官がそれを赦しているからなのだがそれもこれもあの奴隷が上級神官たちを誘惑したからだ。高潔な神官たちを誑し込む悪魔。側仕えの自分が奴隷と直接話すことはほとんど無い、せっかくの機会だ、ここは一つガツンといってやろう。

 「私がフィオレに直接話します、そうすれば彼女も分かってくれるでしょう」

 「助かります」

 そういって側仕えは部屋を離れた。

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