16.懸念と魔法
所で話は『魂運用』に戻るのだが本来なら『魂運用』は『魂吸収』をして魂を増やしてから行使する特性なのだろう。でなければ自分の魂をあっちこっちにやっている間自分の体が無防備になる。いくらあまり物理が聞かないソウルイーター体でも、魔法があるこの世界なので攻撃魔法のようなものを浴びせられたらきっと傷を負うだろう。
そのために『魂吸収』をして自分の魂をふやして自分の体を動かせるだけの魂を所持しておいて『魂運用』で余剰分の魂を使ったりするのだ。多分。
と、いうことはこの一人分余剰魂が増えた今なら、私はソウルイーター体と死体(暫定)両方を操る事ができるのでは?
その結果、私は今、死体(暫定)の私が下級神官の死体その2をその1の隣に並べるのをソウルイーター体で首にぶら下がったまま眺めているのだ。
さてそれで残った下級神官その2の魂なのだがこれは一旦扱いを保留にしておこうと思う。わざわざ『魂狩り』で魂を私の中に取り込めるのは何も『魂吸収』をするためでだけではないと思うのだ。もし私が中に魂を取り込むことが『魂吸収』をするためにあるのなら『魂狩り』をした時点で『魂吸収』出来るようになっていても可笑しくないわけだし魂も私の中に入った時点で私に吸収されてもいいはずだ、それなのに私の中で刈り取った魂が別個として存在しているのには何かまだ私の知らない理由があるのではないかと思う。それにいざ『魂吸収』をしたいのであれば私の中での作用なので、事は一瞬ですむ。
邪魔なら後で吸収すればいいのだ。今はまだ選択肢を残しておこう。
「上級居住区のものには気づかれていないな?」
私は下級神官の死体を適当に角の隅に固めておくと上級居住区の入り口前に戻ってきた。本当なら死体はもっと目立たない所においておきたいがもう時刻も遅い時間なのでここまでである手来る人間は今宵はいないだろう。もし見つかるなら明日の朝。そして私はこの作戦行動を朝までに終わらせるつもりだ。
「上級居住区から出てる者はおりませんでした」
「上級居住区は他より厚く作られていますので、恐らくあの程度の音なら聞こえていないと思われます」
下級神官Aと中級神官Dが口々に言う。
「誰かこの中で上級居住区に入ったことのあるものはいるか?もしくは上級居住区の構造を知っているものは?」
下級神官は上級居住区に縁が無い―精々門番を請け負うぐらい―そうなので中級神官が何か知っていればと思って聞くと、手は意外な所から挙がった。
「私は何人かの上級神官の寝所まで行ったことがあります」
奴隷だった。そういえば上級神官のお気に入りの奴隷は夜の相手なんかをさせられているんだった。初めて会った時は錯乱状態で暴れていたのでそういった、『お気に入り』になっているかなんて考えもしなかった。
しかも他の神官の話による所、5年前にここに神官が移ってきた時に一緒に連れてきた奴隷の一人らしく一番私の圧力の影響を一番受けているそうで、ここ一年ぐらい昼夜をとわずあんな感じであるらしい。どおりであんな叫んでいるのに誰も顔を出さないはずだ。
「最後にここに来たのは何時だ?」
「5日前です」
夜伽の仕事をしたのが何年も前ならその時と中の状況が変わってるかもしれないかと思って聞いたのだがどうやら驚くことに彼女は今もなお上級神官たちの『お気に入り』のままであるらしい。あんなに暴れててまともに出来るのだろうか?
「ここに来る時は薬で大人しくさせられます」
えぐい。
そこまでしてか。
今は『精神支配』をしているから淡々と喋ってるけど薬付けにされている事を堂々と本人の口から喋られるのは結構きついものがある。なるほど私が『精神支配』をした時に感じた違和感が分かった。彼女は薬であれ、魔法であれ『支配』される事に慣れているのだ。
そして慣れているという事は往々にして抵抗が出来てるということでもある。
彼女何かの拍子に『精神支配』から抜けられてしまうかもしれない。
正直不安しかないのだが結局奴隷は連れて行くことにした。連れて行っても不安。置いていっても不安。なら目の届く所にあった方がましかと判断した。正直『魂狩り』で喰べてしまう事も考えたのだがそうすると死体が増えるし奴隷の彼女は神官たちとは違って積極的に殺したい相手じゃない。それにそこまで上級神官たちの『お気に入り』にされてる彼女ならいざというときに人質になるかもしれない。ならない場合はまあその時考えよう、『支配』に慣れている彼女は『精神支配』にかけられ易くもなっているので側にいれば魂のリンクが切れそうになったらすぐに『精神支配』をかけ直すことも可能だ。
奴隷の話によれば居住区の中は入ってすぐにホールと談話室をかねた作りになっていてその並びに上級士官用の食堂や炊事場、沐浴室等生活に必要な設備があり、その奥に上級神官個人個人の部屋が固まって作られているらしい。
居住区に入ってから思っていたが洞窟の中にどうやってこんな施設を用意したのだろう。洞窟の中は土と岩で構成されているのにもかかわらず居住区はホール状の広い場所に岩とも土とも付かないコンクリートのような頑丈な壁で、空間を区切って使われている。たしかコンクリート自体は古代ローマにもあったそうなのでこの文化圏でコンクリートが使われていても不思議ではないと思うのだが神官たちはここに隠遁しているはずなのでこの場所に大工や建築者たちを呼んで建設させたとも思いがたいし、神官たちの中に建築に造詣のあるものがいたとしてもコンクリートを扱うには技術が必要だと思うので専門職でもない彼らがこんな綺麗に居住空間を作れるはずが無いと思うのだが…
「図面は口の堅い建築士に金を握らせて引かせました。実際の施工は土を操れる術に長けた者達で手分けして建設しました」
今まで使っている神官がいなかったので失念していたが、そういえば彼らは魔法―本人達は神術と言っていたかーが使えるんだった。
「貴方達は神術は何が使えるの?」
それはこれから乗り込む上級神官たちも同じなわけでよく知りもしない魔法で迎撃されれば上級神官を同行することは難しいだろう。
「神術は神に祈りと魔力を捧げて顕現する神の力の一旦なので、選ばれた神官しか使うことはできません。下級神官が使える術は基本的に生活魔法と属性魔法のみです」
生活魔法というのは、小さな火をおこしたり、明かりをつけたり、手や顔を洗う程度の水を呼び出したりする、基本的にあったら生活が便利になる程度の魔法で属性魔法とは生活ではあまり使いようが無い、生活魔法を更に大きくしたもので、コンクリート壁や土壁を作ったりするのはこれにあたるらしい。土木作業員や、火のコントロールが必要な鍛冶職人など専門職に使える者が多いそうだ。確かに鉄を溶かすほどの炎を出しても一般生活では必要性が無いだろう。
そして神術はまたそれとは別で神への祈りが強いものに与えられる神からのギフトのようなもので、それを行使するには下級神官では足らないほどの魔力が必要であるらしくひとたび上級神官がそれを使えば一般市民の暴徒が100人いても無効化できるとか。
さすがにちょっと話を盛りすぎている感がしたが、つまり属性魔法なんて目じゃないぐらい強い魔法だよという事らしい。そして上級神官居住区に詰めている側仕えの中級神官も神術は使えるそうだ。
まあでも魔法を使う隙を与えなければただの人だよね。