1.目が覚めたら、あたりを見渡す
ダンマス物にはまって書いてみました。
目の前に人間の死体が落ちていた。
いや、正確にはもうすぐ死体になる人間が落ちていた。
元は真っ白だっただろう白いシャツも、丈夫そうなジーンズ生地のズボンも、黒々とした髪も、健康そうな手足も今は唯、泥にまみれて地に伏している。感情の抜け落ちた弛緩した体のあらゆる隙間から体液とゆう体液が流れ落ち、まるでその体から一緒に生命さえも流れ落ちているようであった。
だが、それだけだ。
死に向かってまさに落ちていくその体は、唯その一点さえ除けば非常に健康な状態であった。致命的な外傷も無く、病巣もなく、心臓はいまだ健気に体の隅々にまで血液を送り出し、血液から酸素を受け取った臓器はかろうじてまだ生命活動を続けている。
だがそれももうじき止まるだろう、なぜなら、その体には魂が無かったから。
さて、それを観測している私は一体何者なのだろう?
私は私についての知りうる限りを並べてみよう。
…………
なんということだろう、私には私に関する情報を何一つ持っていなかった。これはいわゆる記憶喪失というものだろうか。いや、記憶喪失と安易に考えて良いものだろうか?
私は再度目の前の死体(暫定)を見下ろし、その死体(暫定)の周りも見回してみた。むき出しの地面にむき出しの土壁。いわゆる洞穴というものだろうか出口のようなものは私の斜め前にある壁に上へ向かう傾斜のついた穴があるだけだ。穴がどこへ続いているかは不明だが穴の奥は薄暗くその先に何があるのか見通す事はできなかった。
土の中にいびつに掘られた直径6mほどの楕円形。そして死体(暫定)。それが私の周りのすべてだった。つまり私の他にこの空間には死体(暫定)しかないことになる。とするとすぐに浮かんでくるいくつかの疑問がある。疑問の幾つかは直ぐに答えは出てこなさそうなので一番簡単そうな疑問から片付けていく。
何故この部屋は明るいのか?明らかに閉じた空間で照明も無く唯一の出口である上へと続く穴の先は闇に閉ざされている。にも関わらずこの空間は私が端から端まで観察するに足る光量があるのだ。明るさとしては一般家庭の40型円形蛍光灯程度だろうか。もちろんこの洞穴には蛍光灯も電線も存在しない。なら何が光っているのか?光源はどうやら部屋の中央にあるらしかった。そして部屋の中央には私以外何も存在しない。
私は確認のために足元をもう一度見下ろす。そこには死体(暫定)しかない。地に足をつけている生き物なら必ず存在する私の体さえもない。
つまり私は部屋の中央に浮遊する40型円形蛍光灯程度の何かであるらしかった。
私がどうやら人間、もしくはそれに類する生命体でないことが確認できた所で他の疑問に移ろう。
ここは一体何処なのであろうか?
周囲を見渡す限りここは恐らく何者かによって掘られた穴の中であり、出口の方向から察するに地下に存在するだろうということしか分からない。
出口の先は光が届かずここからでは見通せないが光源が私自身だと分かったのだから私がその穴を覗けば穴の先も見通せることだろう。
足も無いのにどうやって移動したものだろうかと思ったが進行方向に重心を移動させると簡単に私の体は空中をゆっくりと漂っていく。心持ち、より体を前に倒すようにしてみると移動のスピードが上がる。私の体はひょっとしてゲームコントローラーの十字キーレバーなのだろうか。
そんなことを考えながら穴の入り口まで進み穴の奥を覗き込む、穴の先はどこか更に別の洞穴に続いているようだ。
さっきから思っていたのだがひょっとしてここは洞窟なのだろうか?
洞窟:地中にある、ある程度以上の大きさの空間。ふつう人間が入ることの可能なサイズ以上のものを指すことが多い。洞穴(どうけつ、ほらあな)とも言う。
しまった洞窟と洞穴は同じものだった。いや、そんな事は今はどうでも良い、つまり私が言いたいのはここはいわゆるゲーム世界に良くあるダンジョンなのではないかということだ。
ダンジョン、有名なRPGゲームをした事のある人ならばそういえば自然、ないしは人工的に作られた建造物に宝物ないしはお姫様が閉じ込められているものというイメージがあるかもしれない。
さらに最近の流行のネット小説などを読む人ならば宝箱ないしはお姫様を餌に冒険者を引き込んで殺し吸収してダンジョンを更に大きく拡張していくホラースポットのような物を想像するだろう。ちなみに私が今予想を立てているのは後者である。
ダンジョン風の洞窟、そしてその中にある不思議な発光体、つまり私はこのダンジョンのコアに異世界転生してしまったのでは無いだろうか!