アーナーミッション
嫉妬で形成された人間はとても醜い。
自分が見つめる人間像を追い続けるがゆえに、何かを見失う。
突きつけられた真実はあまりにも酷くて、残酷で。
積み上げられた死体を踏み台にし、頂点に立つとき。
私は、一体何を思うのだろうか。
寒い、とても寒い。
心は分かっていても身体が言うことを聞かない。ここはどこだ…?
誰かが話す声が微かに聞こえてくる。
「でもどうすんの!?こんなところに放り込まれて…もう嫌だよ」
「弱音を吐いたって何も状況は変わらないよ。とにかくそこの女の子が目を覚ましたらみんなで考えよう」
「あーいるねそういうヤツ。みんなで、みんなでって。そんなことに時間をかけるより独裁した方がいいっつーの」
「それはまた偏った考え方をしているね」
言い争いをしているのだろうか?
私はゆっくりと身体を起こすと、黒髪の男の人が私に気が付いた。
「よかった、目を覚ましたみたい。大丈夫?気分悪くない?」
「ほんとにヘドが出るわ!偽善者にもほどがある」
「でも今はこの子を助けるのが先だろ」
「う、うぅ…まあそういうなら…」
「水とか飲む?」
そう言うと彼は私にペットボトルを差し出した。私はありがとうというとペットボトルに口をつけようとする。
「あーあー、大事な水分なのに」
長髪の女の人が私を見ながら言った。私はごめんなさいと言いながらペットボトルを置いた。
「文句は言わないの、気にしないでね。それじゃとりあえず自己紹介からしようか。出来そう?」
「うん、少し落ち着いた」
私は座り直すと改めて周りを見た。
季節は冬なのか、辺り一面真っ白になっている。
そして私を含め男女五人集まっていた。
「僕の名前は桜庭ユウト。お父さんは桜庭建設の社長をしている」
「俺は草津ケンだ。名字でピンと来るだろ?草津銀行、お母さんがその銀行を支えている」
「はあ…あたしは霧崎サキ。霧崎が名字でサキが名前よ。小学生から親が運営する霧崎ホテルのお手伝いをしているの。あたしに会いに来てくれるお客様だっているのよ!」
「わ、私は曽良スミレ…親は電車の運転手をしています…」
「あとは君だけだね、自己紹介してもらえるかな?」
ユウトくんが私に微笑む。
それに反して、私の顔は蒼白になっていた。桜庭?草津?霧崎?曽良…?
どれも日本人なら一度は聞いたことのあるとても大きく有名な会社だ。その子ども…つまり跡継ぎだというのか?
自己紹介…そういえば名前なんだっけ…。ふとポケットに手を入れると、紙切れがはいっていた。とっさにそこに書かれていた名前を読み上げる。
「え、えっと…河島マリです。よろしくお願いします」
「マリちゃんか、よろしくな。俺もケンって呼んでくれていい」
「よ、よろしくお願いしますマリちゃん…」
「なんかキャラが被ってるわねスミレと」
「そ、そんな…!」
「よろしくマリちゃん。ところで一つ質問してもいいかな?」
「うん、何?」
私がそう聞き返すとユウトくんの目の色が変わった。
「河島ってどこの会社?」
「…へっ?」
ユウトくんの変貌と質問の内容についていけない私は、目を白黒させる。
「ユウトナイス。それ俺も聞きたかったわ。河島なんて名前聞いたことねえよな」
「確かにねえ。川島っていう名前のバス運営会社なら知ってるけど。あたしもどこか興味あるかも」
「どこの会社っていうのはお父さんの仕事のこと?うちのお父さんは普通にサラリーマンで…」
「なんで嘘つくの?」
ユウトくんが詰め寄ってくる。その瞳には光など存在してなかった。
ユウトくんと同じようにサキちゃんとケンくんも徐々に迫ってくる。
「あたしも分かっちゃった。きっとこいつそういうの興味ないんだ。そのままエスカレーター式に上がっていくんでしょ」
「俺もサキと同じ意見だね。次期社長争いに揉まれている俺たちとは関係のないこと」
「ど、どういうこと?私本当に何も分からな…」
ドスッという鈍い音が響き渡る。ユウトくんが私のみぞおちに拳を入れたのだ。
いきなりの事で思わず胃液が漏れてしまう。
「知ったかぶりって腹立つわ。僕も思い出しちゃったよ、無能新卒のことを」
「俺のとこにもいたよ。何を言っても出来ないしその割に努力もしない」
「あたしは逆かしら。リーダーは上で指示するだけで意見もまともに出しやしない。と言っても下っ端だって頭空っぽ。毎日毎日ストレスが溜まるばかり」
サキちゃんが言い終わる前に、また私の鳩尾に蹴りを入れた。
視界が朦朧としてくる。これは…やば…いかも……
「お前ら、何してるんだよ!」
誰かが私の身体を抱き起こした。
「なんだミヤ。戻ってきたんだ」
「買ってきたよお昼ご飯。とりあえず場所を移そう。話を聞かせてくれよ」
「話も何も、こいつ吐かねえんだもん」
「違うものは口から吐いたけどね」
「うわあ、サキ。女の子が言うことじゃねえわ」
あははと笑い声が聞こえる。ミヤと呼ばれた男の人は、私の分のお弁当を渡してくれた。
「食べる気分じゃないかもしれないけど、一応渡しておくね。君も仲間だから」
その渡されたお弁当を見て私は絶句した。
値段、三万円…!?
「おーいミヤ。あっちに良さげな公園があったからあそこで食べようぜ」
「さすがケン、ならそこに行こう。今後のことも話しておかないと」
「ミヤくんほんとに頼りになるわあ。さすが総理大臣のお孫さんね」
「そういうのはやめてくれよサキ。ほら急ごう。お腹も空いたし」
「うーん、でもなんかこのお弁当変な味する〜」
「おいおい、あの世界の鞠島フーズに文句つけるのか??」
ミヤくんは総理大臣の孫?
私の中の頭のピースが少しずつ埋まっていく音がした。
集められた聞いたことのある名字を持つ子どもたち、とても高いお弁当、そして全員が今後の日本を動かしていく跡継ぎである…
ならば、どうして私はここにいるのだ?
「新幹線の切符は買ったよ。明後日、一度東京へ向かおう」
「そうね〜何か手がかりがありそうだし」
「私も賛成」
「そういえばこの新幹線、運転してるの曽良貴教さんだって聞いたな」
「もしかしてスミレちゃんのお父さん?」
「貴教なら私のお父さんだよ」
「あたしたちスミレのお父さんの運転で東京まで行けるんだ!嬉しいなあ」
「ほんと光栄に思わねえとな!特に…」
視線を感じる。おそらく私に向けられているのだろう。
「はいはい、そういうのは無しだって。みんな跡継ぎになりたいんだろ?」
「まあそうだけどミヤくん〜」
サキちゃんはミヤくんにベタベタとくっついていた。
なんだろう、心がもやもやする。
「さて、ご飯を食べたらホテルに戻ろう」
「それは霧崎ホテルだよな?」
「そりゃあね。なんたってお嬢がここにいるんだし」
「やだ、ミヤくんったら照れる」
「私も霧崎ホテルにはお世話になってる」
「なんてったってサービスがいいから何回でも行きたくなるよね」
話についていけない。私は視線を地面へと落とした。
みんなはパクパクと三万円もする弁当を食べている。一方、私は封すら切っていない。腐るのはもったいないけどこんなもの食べられないだろう。
庶民が高価すぎるものを食べるのは身体によくない。それに…それに?
他にまだ理由がある?私がお弁当を食べられない理由?
「ごちそうさまー!早く霧崎ホテルに行こう」
「ああそうだね。行き方は把握してるんだけどここはサキに譲ったほうがいいかな」
「サキちゃんは全国の霧崎ホテルならどこでも知ってるもんね」
「当たり前じゃない!それじゃみんなあたしについてきて」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながらサキちゃんは歩き始めた。私はその最後尾を歩く。
「マリちゃん大丈夫?お弁当食べなかったらお腹すくよ」
「うん…でもなんか食べる気しなくて」
「無理して食べなくてもいいよ。でも体力はつけておかないとね」
ミヤくんは笑った。先ほどまでのユウトくんとは違い、まっすぐで綺麗な瞳だった。
ミヤくんの優しさに触れた私なら、今起こっているこの状況を理解出来るような気さえした。
「さあついたわよ!霧崎ホテルはようこそ!」
「もう何十回と来てるんだけどね僕ら」
「それは秘密にしておこうぜユウト」
ゾロゾロと受付に入っていく。ミヤくんがチェックインをしようとしたが、これはあたしの仕事だとサキちゃんが受付へ向かった。
その立ち振る舞いはまさにホテル業界を生きる女の人そのものだった。
とんとん拍子に、慣れた手つきで書類にサインをしていく。
それではこちらが部屋のキーになります、と受付嬢が言った瞬間異変が起きた。
急にサキちゃんがその場で泡を倒れたのだ。
「サキちゃん!?」
ユウトくんとケンくんがサキちゃんに駆け寄る。私も慌てて近づいた。
「…だめだ、もう死んでる」
「なんで…こんな…」
スミレちゃんも口を押さえている。
「と、とりあえず救急車を!」
「いや、その必要はない」
ミヤくんは静かにサキちゃんに近づき、目を開いた。瞳孔の確認をしていたのだろう。
「霧崎ホテルはサキの大切な場所だ。最期くらいここで居させてあげよう」
「なんでだよ!なんでサキなんだよ、なんで…」
ミヤくんの言葉をきっかけに、ユウトくんは泣き崩れた。まるで赤ん坊のように泣き叫ぶユウトくんを、みんなは見守っていた。
「もっと早く君に出会いたかった…そうすれば僕の気持ちも伝えられてたのに…」
消え入るような声でユウトくんは呟く。
ああ、ユウトくんはサキちゃんのことを…
「ここは二人きりにさせてあげよう。僕らは部屋に…」
ミヤくんの提案に私たちは無言で従った。受付を離れてからも、ユウトくんの泣き声は聞こえていた。
喉が渇いたので何か買いに行くというと、ミヤくんも行くと言い二人で行くことになった。
私はお茶、ミヤくんはミルクティーを買った。
一口飲むと、ミヤくんはゆっくりと語り出した。
「サキは気づいてないだろうけど、ユウトは気づいてたんだね」
「どういうこと?」
「二人の関係だよ」
ユウトくんとサキちゃんの関係…?
「サキの霧崎ホテルはサービス中心なんだ。つまり、建設会社と繋がっていけなければならない」
「もしかして、その建設会社って…」
「そう、桜庭建設会社だよ」
桜庭…ユウトくんの名字だ。
「ユウトは知っていたんじゃないかな、このことを。サキにとってはたった三日間共にしただけだけど」
「三日?私は三日間も眠っていたの?」
「うん、そうだよ」
三日も眠るなんてよっぽど疲れていたのだろうか。
ミヤくんは飲み干したミルクティーの缶をゴミ箱に入れた。
「そろそろ戻ろうか」
「うん…」
それから私たちは言葉を交わさなかった。
夜ご飯にユウトくんは来なかった。泣き疲れて部屋で休んでいるか、まだサキちゃんのそばにいるかのどちらかだろうとミヤくんは言った。
ご飯を済ませると私はすぐに部屋に戻った。霧崎ホテルはとても綺麗で居心地の良い場所だ。まだ半日しかいないがそれでも断言出来る。
今日はもう休んで明日に備えよう。ユウトくんも元気になってくれればいいな…
ユウトくんとサキちゃんを思い出すとみぞおちがキリキリと痛み出した。それを無理やり忘れるように、私は布団を頭まで被った。
眠りについてから何時間たっただろうか。大きな音がして私は目が覚めた。
個室のドアの外から人の声が聞こえる。私も恐る恐るドアを開けた。
「マリちゃん!?よかった、無事だったんだね…」
「これはどういうこと?何が起こってるの?」
「ホテルの、支柱が脆くなってたみたい」
「支柱?」
支柱って確か、ホテルを支える大切な…
「おい、お前ら!ユウトを見なかったか?」
「ユウトくん?私は見てないけど…」
「スミレも知らないのか…部屋に戻ってないんだよ」
「ということは、まだサキちゃんの隣にいるんじゃないかな?」
スミレちゃんの言葉にケンくんの顔は青ざめていった。それに気付いたミヤくんが聞いた。
「どうしたんだケン。顔色が悪いぞ」
「み、ミヤは聞いてないのか?さっきの大きな音、一階が潰れた音だって…」
ケンくんの言葉は震えていた。
一階には受付もあるはず。もしかしてユウトくんはサキちゃんとそのまま…
理解したらしいミヤくんは冷静に言った。
「一日予定を早めよう、荷物をまとめてくれ。今日、東京行きの新幹線に乗る」
サキちゃんとユウトくんが死んだ。
ユウトくんの死体は見ていないが、彼がつけていた高そうな時計が瓦礫の間から見つかった。おそらく圧死だろう。
サキちゃんの隣で死ねたのならよかった、のかな。私はそんなことを思いながら二人の幸せを願った。
新幹線のホームに着いた私たちは新幹線を待っていた。会話は、ない。
ミヤくんはまた自販機でミルクティーを買って飲んでいた。好きなのかな。
「ミヤ、このまま東京行ってどうするんだ?」
「行ってから考える。ここにいたくないだろう?」
「それもそうだな」
空気が重い。スミレちゃんは遠くの空を眺めていた。
新幹線が来るまで、あと三分。
「ねえミヤくん、確か次来る新幹線って私のお父さんが運転してるんだよね?」
「うん、確認したから間違いないよ」
「…私のお父さんね、鬱を患ってるの」
突然の告白に私は驚いた。
「一度人を轢いてしまって、それから。嫌だ嫌だとどれだけ訴えても許されることはなかった」
「でもスミレのお父さんなんでしょ社長は」
「それは昔の話。今はもう、違う」
遠くを見つめていたスミレちゃんは、今度は地面に視線を落とした。
新幹線が来るまであと二分。
「今度人を轢いたら死んでやる、それがお父さんの口癖だった」
「スミレ?何言ってるんだよ」
ケンくんがそう言うと、スミレちゃんは荷物を床に置いた。
「もう、やめようよ。こんなことしても利益なんてない」
「何がだよ」
「もう知ってるんでしょ?跡継ぎの話」
「おいやめろスミレ、早まるんじゃない」
「日本が誇る企業の社長の子どもなのに、満足してないんだもん。私でも分かるよ、みんながどこを目指しているのか」
「スミレ」
スミレちゃんが何を言っているのか、私には全くわからなかった。
新幹線が来るまであと一分。
「楽しかった日々はもう戻ってこない。お父さんの運転で、家族みんなで電車に乗って遠出したりしたあの頃はもう戻ってこないから」
「お前に何の過去があろうが俺たちは関係ねえよ!」
新幹線が来るまであと三十秒。
「この七人の中で、一人だけ何も感じない人がいる。その人が裏切り者」
「裏切り者?仕組まれてるっていうのか?」
何か、何か言わなきゃ。
喉がカラカラで声が出ない。こんなことなら自販機で何か買っておくべきだった。
新幹線が来るまで、あと十秒。
「終わりにしよう私も、お父さんも、みんなも」
スミレちゃんの身体は、闇へと落ちて行った。そしてその次の瞬間、スミレちゃんのお父さんが操る鉄塊に飲み込まれた。
本当に一瞬だっただろうか?
否、それは嘘。
スミレちゃんが落ちていく間、私の頭の中にいろいろなことが渦巻いていた。
裏切り者がいる?そもそも裏切りとはなんだ?
私たちは無作為で選ばれ、自宅を目指しているだけではないのか?
『この七人の中で、一人だけ何も感じない人がいる』
何も感じない?ということは他のみんなは何か目的があってここに存在している?
少なくとも私は違う、何も覚えていないし目的なんてない。ということはスミレちゃんが示した裏切り者は私?
いや、それはない。だって私には裏切る行為すら分からないのだから。
ということはサキちゃんとユウトくんの死は偶然じゃなかった?
二人の不自然な点を暴き出せ。ユウトくんは圧死、サキちゃんは…
あれ?サキちゃんってなんで死んだんだろう。突然泡を吹いて倒れたんだ。窒息や打撲ではない。だとしたら考えられるのは…毒?
サキちゃんは毒を口にしていた?いつだ?サキちゃんの行為を思い出せ。
『うーん、でもなんかこのお弁当変な味する〜』
あれだ、あの時だ。
お弁当に毒が入っていた。でも他のみんなは死んでいない。ということはサキちゃんのお弁当にだけ毒が入っていたということか?
お弁当の毒を把握してみんなに渡すことが出来たのは一人だけだ。
そしてその人物は、サキちゃんの死因を知られないように私たちを個室へ誘導した。
ユウトくんとサキちゃんの関係を知っていて、霧崎ホテルの支柱事情を知っていればユウトくんを殺すことが出来る。
その全てに当てはまる人物は…
パチンパチンと音を立ててはまっていくパズルのピースはそこで動きを止めた。
こ の 七 人 ?
きっとスミレちゃんは、ケンくんかミヤくんが助けてくれるだろう。そう思っていた。
私はもう足がすくんで動けなかった。なので二人に希望を託していた。
しかし、二人も私と同じだった。呆然と立ち尽くしていただけ。
救急車が鳴り響く。私たちは警官の誘導の元、駅の外へと運び出された。処理が終わるとすぐに調査に来るだろう。
沈黙を破ったのはケンくんだった。震えた手には一枚の紙切れを持っていた。
「な、なあミヤ。お前総理大臣の孫なんだろ?もうやめよう、これ以上死人を出したくねえんだ、な?これで手を打てないか」
その紙切れが何なのか、すぐに理解できた。小切手…
ケンくんは銀行の社長の息子だった。
どれだけ小切手を差し出しても、ミヤくんは受け取ろうとしなかった。
「こ、これでも足りないっていうのか!?なら…なら…」
ケンくんは自暴自棄になりながら小切手に0を足し続けた。その姿はあまりにも滑稽だった。
笑いながらケンくんはひたすらペンを動かし続けた。
「ハハハ!!みんな消えた、あとは俺が総理大臣の地位をもらうだけ。もうあんな詐欺銀行とは縁が切れるんだ!!!ハハハ、ハハハハ!!」
私の中に記憶が残っていたのだろう、ケンくんの言葉であるニュースを思い出した。
『草津銀行、横領疑惑浮上後、社長は首吊り』
その責任はまだ幼いながらも息子であるケンくんに委ねられた。毎日毎日押しかけてくるマスコミ、大量の借金。
その全てをケンくんは背負っていたのだ。
「サキやユウトとは違う、あいつらよりも俺の方が総理大臣に対する思いが強い。総理大臣になってこの腐った世の中を変えるんだ!!」
「け、ケンくん落ち着いて…」
「お前に何がわかるんだよ!!」
ケンくんは近くにあった看板を蹴飛ばした。
「こんな家に生まれたくなかった…普通の家の子どもに生まれたかった。お前がのんきに寝てる時にずっとサキとユウトで話してた」
ケンくんは正気を取り戻したのか、急に静かに話し始めた。
「お前を殺せば…俺が神になれる」
確かにそう言ったように私には聞こえた。
「死ね!!地獄から俺の革命を見ていろ!!」
そう叫ぶとケンくんはナイフを取り出し、私に向かってきた。
「マリちゃん、危ない!」
ミヤくんの声に我に返った私はケンくんを右に避けた。鬼のような形相をしたケンくんは、振り返りまた走ってこようとした。
しかし、そこには罠があった。
さっき蹴飛ばした看板につまずいたケンくんは、手を誤りナイフを自分の喉元へ向けた。肉にナイフが食い込んでいく。
声にならない声をあげたケンくんはそのまま倒れた。ヒュー、ヒューという音を立てている。
そんなケンくんをミヤくんは冷たく見下ろしていた。
「蛙の子は蛙、か…」
「み、ミヤくん…」
「おめでとうマリちゃん。勝者はキミだ」
「えっ?」
ミヤくんはニコニコしながら言った。
「君が次期総理大臣の座につくんだよ」
「待って、どういうこ…」
その時、私はあるものに気づいた。
違う、この人はミヤくんじゃない。こんなあざ初めて会った時にはなかった。
「気づいちゃった?まあ、スミレが言っちゃったからね。僕の名前はミヤじゃなくて、ミユウ。僕らは双子なんだ。改めてよろしくねマリ」
頭が追いつかない。ミユウ?それじゃあミヤくんは?
「ミヤは君に毒入り弁当を勧めた悪いヤツだよ」
「毒入り…?ってことはやっぱりサキちゃんは…」
「うん、あの子は毒殺された。ユウトも、ね。まんまとミヤの策にハマったって訳さ」
一度ミユウから距離を取る。
それならいつミユウとミヤくんは入れ替わった?
毒の弁当を勧めてきたのはミヤくんだった。サキちゃんとユウトくんを殺したのもミヤくん。
入れ替わったのは…ユウトくんが死んだ時、全員が個室で寝ている時だ。ミユウがミヤくんを殺して入れ替わったのか。
それなら合点が行く。
「そんな難しい顔をしないで。僕は君を助けに来たんだから」
「助けにって、何から?」
「ほら、君の名前。もう一度言ってごらんよ」
私の名前?
名前は河島マリ、河島マリだ。
「河島マリ、よ」
「いいや違うね。君の名前は河島マリじゃない。それは君のポケットのメモに書かれていただけだろう?」
「な、なんでメモのことを知っているの!?」
「それは僕が入れたからだよ」
ミユウはペンと紙を取り出して、私の名前をひらがなで書いた。
河島マリ
かわしままり
カワシママリ
カわしマ…………
「…!!」
「どうやら気付いたようだね、鞠島フーズのお嬢さん」
目の前が真っ暗になった。
思い出した、私はただの人じゃない。海外にも名を馳せていた鞠島フーズ会長の娘…
「かわしままり、なんてアナグラムすぐに気づくと思っていたけどね。鞠島わかさん」
「鞠島、わか」
それが私の本当の名前。
ミユウは私が思い出したことにニヤニヤしながら真実を語り出した。
「そこからは僕が教えてあげよう。鞠島フーズは大きい企業だったけど、忘れてはいけないことがあるよね」
「そう、毒混入事件。世界へと放たれた弁当の中に毒が入っていた」
「何人がその弁当を腹の中に入れたんだろうね?遅効性の毒だったけれども、確実に死ぬ毒だった」
「権力で揉み消した鞠島フーズは、娘である君だけでも罪から逃れてほしいと両親は田舎の親戚へ預けることにした」
「君は小さかったから覚えてなかったのだろうね」
「ああ、なんて素晴らしい親子愛なんだ…。話をしているだけで恍惚とするよ」
「違う」
私はミユウの言葉を真正面から否定した。
「お父さんとお母さんは殺されたって聞いた。それも毒殺…私は覚えていなかったから、なぜ毒殺なのかわからなかった。でもその謎が解けたよ」
「さすがだね、でも今更謎が解けても何も変わらないよ」
「いいえかなり変わってくるわ。ねえミヤ、私の推理聞いてほしい」
私ははっきりと言い切った。
目の前にいる人物を『ミヤ』と。
「ねえ、あなたなんで半袖に着替えたの?」
そうだ、初めて会ったミヤは長袖を着ていた。それも保護色の服だ。だからあざに気づかなかったのだろう。ミヤは少し驚いていた。
「あなたが途中でミユウと入れ替わっていたのなら、誰も知らないはずなの。七人いたなんて。でもスミレちゃんは知っていた」
「ミヤを殺すのを見てたのかもね」
「ええ、それは合ってる。でもミヤを殺したのはその時じゃない」
「それはどういうこと?」
「あなたがミヤを殺したのは、私が目覚める前…」
私はもう確信していた。そしてはっきりと思い出していた。
総理大臣には双子の息子がいた。兄を跡継ぎにするのが普通だったが、出来の良さは弟の方が勝っていた。
総理大臣は迷った末に、兄を跡継ぎにすることを発表した。弟は自信家で、自分が受け継ぐと思っていたためショックは大きかった。
ユウトくんたちはすぐに分かっただろう。ミヤとミユウが何者なのかを。
そして、全員でミユウを殴り蹴りしたんだ。
「ただちょっと腹から早く出てきただけなのに!」
「なあどうだ?その腹を痛めつけられている今の気持ちは」
「はじめから譲ればよかったのにねえ」
それで、最期の攻撃をミヤが…
「…そうだよ、ミユウは、兄貴は僕が殺した。ユウトもサキもだ」
「どうして、どうしてそんなことをしたの?」
「あいつらは分かってないんだ、この地位がどれだけ苦しい地位であるかを。そんな簡単に出来るもんじゃないってことを」
ミヤくんは、泣いていた。
静かに泣いていた。
「羨ましかった、親に愛されているお前が羨ましかっただけなんだ…。サキを鞠島フーズの毒入り弁当で殺したのは、お前に気づいて欲しかったからだ…」
「でも、人殺しはよくない」
「わかってる…だから、ここで殺してほしい」
そう言うとミヤくんは私にナイフを差し出した。
「このゲームは総理大臣地位争奪戦、生き残った者が次期総理大臣になる。だから、僕を殺して」
「く、狂ってるよ!なら、みんな殺し合いをする気だったっていうの!?」
「思い出して、君が死ぬ機会は何度もあった」
死ぬ機会だって?
「ユウトが偽善者を装って君に渡したペットボトルの飲み口に、異常な量の毒が塗ってあった。血眼になりながら毒を塗るユウトの姿も見たよ。サキが君を蹴り飛ばした時、ポケットから拳銃を取り出そうとしていたよ。防犯のために親から持たされていたんだろうね。ケンは…」
「もうやめて!!」
私はうずくまりながら叫んだ。
「僕だって同じだ、何度も君を殺そうとした。そうすれば次期総理大臣は僕の手のうちだ。でも、出来なかった」
ミヤくんはそう言うと、私に無理やりナイフを持たせようとした。
「愛されて育った子は、僕には眩しすぎた」
「なんで笑ってるの?おかしいよ、こんなのおかしい。こんなのって…」
「もう、終わりにしよう、マリ」
「やだよ、終わらせたりしない。だって、だってミヤくんはまだ」
パァン。
乾いた音が鳴る。耳がキンキンする。
ミヤくんはそのまま倒れこんだ。
「ばかめ、トドメを刺さなかったのが悪いんだ」
そこにはミヤくんにそっくりな顔をした女の人がたっていた。
ああ、この人はきっとミユウだ…
「情に負けるようなヤツが務まるわけがないだろう!さあ、ここで死んでもらうわよ。これからも私がこの国を守」
もう一度、あの乾いた音が鳴った。
今度は私の手元からだった。
「ごめん、ミヤくん……」
私は拳銃を落として、膝から崩れ落ちた。
ミヤくん、元気ですか?
私は…これから元気ではなくなります。
ミヤくんが言っていたのは本当だったのですね。
跡継ぎを集めて殺し合いをさせて、生き残った者を総理大臣に任命する…
あの後、私はすぐに総理大臣への手続きへと連れて行かれました。
人を殺したのに、馬鹿げた話です。
偉いからと言って幸せなわけがない!とみんな言っていました。普通に生まれたかったとも。
ならばなぜ、総理大臣にはなりたいんでしょうか。
同じことの繰り返しだと思います。
それからの日々についていろいろ書こうと思いますが、長くなりそうなので省きます。
言いたいことも山ほどありますが、そっちへ言ってから伝えます。
人間ってほんとに馬鹿ですね。ブーメランですか?それもそうかもしれません。
普通の家で生まれていたら、ユウトくんもサキちゃんもケンくんもスミレちゃんもミヤくんも、そしてミユウさんも幸せになれたのかな。
彼らが真実の愛を受けていたのなら、こんな悲しいことはなかったのでしょうか。
それではそろそろこの狂った世界にさよならをする時間みたいです。
また会う日まで。
鞠島わか
筆を置いた私は、改めて机に向かった。
見慣れたお弁当箱を開ける。
そして、横に置いていた特別なふりかけをかけた。
このふりかけは、いくつの命の芽を摘んできたのだろうか。
「いただきます」
手をあわせると私は箸を持った。
やっぱり日本人だし、ご飯から食べようかな。
一口、口の中に入れる。
「…おいしい………」
思わず涙が出る。お父さんとお母さんの味だ。
私は弁当を完食した。
あとはその時を待つだけだ。
少しは弁当屋さんの娘っぽいこと、出来た、かな。
頭の中で走馬灯が蘇っては消えていく。
最後に出てきたのは笑いながら死にゆくミヤくんの姿。
その時の彼の言葉がこびりついて離れない。
「愛されたかった、だけなのに」
その言葉を噛み締めながら、私はゆっくりと瞳を閉じて、長い長い眠りについた。
アーナーミッション、いかがでしたでしょうか。
この話の元ネタは、夢です。人が寝ている時に見る夢のことです。
私は神視点で、マリたちを見下ろしている夢を見ました。場所は北海道、そこから金持ちの子どもが日本一周するという壮大な夢でした。それを改変したのがこのゴールドミッションです。
マリのアナグラムは結構手こずりました。小説の小ネタは、執筆している途中で変更したり追加したりしたものがほとんどです。
例えばミヤとミユや毒入り弁当がそれにあたります。そのため、マリのアナグラムも急いで組み込んだものです。
マリという名前を変えてもよかったのですが、夢の中に出てきたあの女の子は紛れもなく『マリ』だったのでこれだけは譲れませんでした。
私の創作物は基本色がありません。
その時期にハマっているものや印象に残っているものが直に影響されています。
今回のアーナーミッションは、完全にミステリです。モヤモヤしてくだされば幸いです。
それでは長々となってしまいましたがこの辺で。ご静聴ありがとうございました。