ふとした異変、身に振る事件
精霊、それは人の目には見えないけれどもたしかに人間と共存している存在。この世界、『パンテオン』には多くの精霊が存在している。パンテオンの自然や建物、ひいてはあかりにすら少なからずの精霊が関わってできているのだ。多くの人はその精霊の恩恵によって生きているといっても過言ではない。現に精霊信仰教まで出来上がっているのだから一部の人の間では神扱い。
そんな世界の名の知れた大きなお城や大きな噴水、風車と様々な形で水と風の精霊が祭られている街、『トータティス』の多くの人の交流・商売の場いわゆるマーケットの中をにぎわう人とは裏腹にその場にあまり似つかわしくないような身形整った少年が駆けていた。
「すみませーん!あぁまずいよー!姫様にどやされる!」
少年の名はアルド・フィーナ。このトータティスのお城にすむお姫様の執事である。
「大体、あの上司も上司だ!こんなに買い物をまかせるなんて!しかも今の時間帯、かつ今の時期はセールなんだから人も多いっていうのに―!」
手に持っている多くの食材や日用品を落とさないように人込みをかき分けながら手首に巻いた腕時計を見るとアルドは時間が本当にないのかより一層人ごみの中を駆けて行った。約束の時間は3時、今は2時半を回っているところだ。
すこし先に進むと道がだいぶ開けたとおりに出ることができる、そこからならお城まではそんなに時間もかからずに城に戻れるはず。ただそこの問題点としては…
「はいよ。アールド君♪」
この言葉とともに知り合いの商人のおばさんに差し入れをいただくこと。しかも投げ渡すもんだからキャッチも大変。
「うわ!良い林檎ですね。あー…いつもありがとうございます」
「いいのよぉ。今日もお姫様のとこに行くんでしょ?大変ねぇ」
そういいながら二個目三個目と次々に飛んでくる林檎をキャッチしながら、荷物の袋に入れていく。たしかにここの果物は仕入れている環境がいいのか知る人ぞ知る店なのだ。
こういったことも執事の役目、どこの商品がよいか悪いか自分たちで見聞きして選ぶようにと上の者からきつく言われており、アルドもここの店のお気に入りになるため個人で何度も通っていた。
「いえいえ、にしてもいつもありがとうございます。姫も美味しいと言って召し上がってくださいました。」
「あらぁ。良いこと言うわね!もう一個サービスしちゃうっ!」
おばさんが店から林檎をもう1個もって通りに出てくる。これは軽い談笑になりそうな予感。というか間違いなく井戸端会議の開始の鐘が鳴りかねない。
「ありがとうございます!!!あぁーっと僕は仕事の時間がまずいのでそろそろ御城に戻らなくてはいけません。それではまた!」
「あら…そうなの?アルドくんにすこし聞きたいことがあったんだけど…」
また走り出そうとした矢先におばさんが少し曇った顔をうかがわせる。普段明るい姿を見せる人がこんなに顔を見せるのはあんまり良いことではなさそうだ。
「聞きたいこと?なにかあったんですか?」
急ぐ気持ちを抑えおばさんに向き直る。ここがきっとこういった人にアルドをよく思わせている行動の一つなのだろう。おばさんはほっとした顔で胸をなでおろした。
「実は最近この街に違和感を感じててねぇ」
「違和感?」
「そう。違和感よ。お城のほうはたぶんそんなことはないとは思うんだけど、街の街灯の調子がよくなかったり農繁期なのに仕入れ先の出荷量が減ったり…ほらすこし前に起きた魔工品の暴発だって変じゃない?暴発の被害に対して幸いにも負傷者はいなかったみたいだけど…」
おそらく出荷量の件については今季はあんまりよくなかったと考えることで納得はできるだろう。
だが街灯や魔工品の話は少し違和感だ。本来、魔工品は元となる道具に小精霊のまじないを彫ってそのまじないの恩恵で使うことのできる道具のこと。まじないは小精霊に無理のない範囲で彫られているはずだから道具の暴発なんて起こりようがない。ましてや街灯も魔工品のひとつ、不調なんてものも起こることはまずないだろう。
「確かになんだか不思議ですね…」
「それにあの暴発の騒ぎ、鎮静化がいつもよりえらく早かった気がするのよねぇ…あ、あとこれはあくまで噂になってることで下町に長く住む人の言い分なんだけど、『精霊が減った気がする…』なんてことも言ってたわ。精霊がいなくなることなんてないとは思うんだけどねぇ」
さすが下町、きっとその噂は街の人にも知れ渡っていることなのだろう。
きっとこういった話は背びれ尾びれついてしまっていることが主だから勘違いだという線もあるとは思う。
ただ、おばさんの言った発言に気になることがあった。
「精霊がいなくなる…?」
「まぁあくまで噂だから!アルドくんにもわかんない問題みたいだから大丈夫よ。きにしないで!それより、急いでるんじゃないの?引き止めて悪かったわね。」
「あぁ…ええ、それでは失礼します。」
そういっておばさんに頭を下げ会話を終えるとアルドはお城へ向かった。先ほどのどうしても拭えないおばさんの言葉とともに。