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解決屋

 解決屋。

 

 解決屋は文字通り、何でも解決してくれると云う。問題に大小は関係なく、落とした財布から手紙の受け渡し、喧嘩の代行、恋愛相談、人捜し、果ては人殺しまで。ありとあらゆることを解決してくれると云うものだった。眉唾だと笑った。法螺話にしても幼稚だと友人に話すと、彼も同じくそうだよなと笑った。

 

 しかし初めてその話を聞いた後、意外にもそれは至る処で話題になっていることに気が付いた。意識するのとしないのとでは雲泥の差がある。正にその通りで、漏れ伝わってくる情報は断片的ではあるが、確かにそれは存在しているように思えた。それ程に信憑性と具体性が巧く融合していたのだ。安曇新町。天蓋商店街。喫茶店。アイスコーヒー。全部乗せ。これらが巧く交わった噂は最早都市伝説としては具体的すぎた。

 

 その存在を知ってから、里貴の胸にはどうしても調べて欲しい事柄が湧いてきた。否、以前からあった、と云うべきか。

 それを調べて欲しくてここを訪れたのだ。先程の注文をすれば辿り着けると思っていた。しかし結果はこの有様だった。結局は眉唾だったのだ。噂は噂でしかなく、昔流行ったチェーンメールと同じだ。何時しか消えていく。その程度の存在でしかない。嘘がまことに変貌することは無い。

 

 里貴は大量のクリームを掴むと手当たり次第にそれを開けてコーヒーに流し込んだ。黒い珈琲に白が混じっていく。最後にミルクを注ぐと黒が浸食されていると里貴は思った。上手く交わらないことは世の中幾らでもある。

 

 知ったことか。

 

 カップ一杯になった珈琲を喉の奥へと流し込んだ。

 何とも云えない、どろっとした液体が喉を通過する。甘ったるさに胸が詰まる思いがした。慌てて傍にあったお冷やを口に流し込む。氷まで飲み干して、ようやく一息付けた。


「ご馳走様でした」


 立ち上がる。もう此処に用はないとばかりに、伝票をむしり取ると、会計へ回った。先程とは違う女性店員がにこやかな笑顔で値段を告げる。驚愕の値段だった。そういえばチェーン店とは違い、こういった純喫茶ではコーヒー一杯が千円近くすると云うのを聞いたことがある。マスターは先程からずっと豆を選別している。おそらく良質な豆を更に振るいにかけているのだ。その苦労の末がこの値段と云うことか。


 二千円を出すとお釣りは五百円しか返って来なかった。店内に居た時間は二十分にも満たない。千五百円という、まるでかつあげにでもあったかのような沈痛な思いで店を出た。二度と来るものか。ステンド硝子の扉に向かってそう呟いた。


 噴水広場まで戻ると、スマートフォンが鳴った。液晶画面には非通知の文字が躍っている。知らない人には番号を教えていないはずだ。間違い電話だろうか。里貴は不思議に思ったが、とりあえず出てみることにした。

 耳に当てると直ぐに声が聞こえた。


「もしもし。どういった御用件ですか?」


 男性からだった。

 若い、と思う。もしかしたら自分と同じか、少し上。伸びのある高音気味の声質。一瞬だけなら女性だと云っても通用するかもしれない。ではどうして男性だと判断できたのか。それは里貴にも説明できなかった。


「間違い電話じゃないですか?」

「北長瀬里貴君だよね。清陵高校一年二組。北長瀬里貴。出席番号二番」

「……え」


 巧く声が出なかった。周囲を見渡す。駅前には大勢の人が居て、誰がこちらを見ているかどうかの判断はつかない。正常な判断ができないまま立ち尽くす。


「さっきはごめんね。一応、そういう決まりになっているから。依頼したいんだよね。私たち、解決屋に」

「解決屋、本当にあったんだ」

「はは、良く云われる」


 依頼と聞いてすぐに先程の女性店員を思い出す。しかし声が違う。黙っていると向こうが続けてきた。


「依頼内容を教えて貰えるかな。受けるかどうかはそれで判断する。勿論、報酬は頂くよ。些細なことから重大なことまで。勿論、話すだけでも良い。話してすっきりする悩みもあるしね。もしかしたら何気ない話から繋がる場合もある」

「それはそうかもしれないけれど」


 何とも云えずに逡巡する。


 通話の相手の口調、態度が好きになれない。上手く云えないが、軽いのだ。およそ相談事を生業にしている人間とは思えない。放課後、友人とハンバーガーでも食べながら談笑しているようである。もしかしたら新手の詐欺かもしれない。胡散臭さと云う点に置いては既に己の判断基準の上限を突破している。


 教えたはずのない番号を、五分程度の短時間で調べ上げたこともそうだが、通っている高校の組や出席番号まで識っている。恐らく他のことも調べているだろう。己の個人情報が明け透けになっている。そう思うと背筋がぞっとした。


 ……否、違う。


 逆に云えばそれだけ調査能力があると云うことだ。

 それならばと、里貴は思い切って話すことにした。


「報酬ってどれくらい払えば良いんですか」

「とりあえず依頼内容を。判断はそれからします」

「判りました」


 里貴は噴水広場の石を切り出して作ったベンチに腰を下ろすと話を始めた。


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