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マイ・フェアリーテール『赤ずきん』の章

作者: 月草

ちょっと変わった『赤ずきん』をお楽しみください。

 目を覚ませばそこは森の中だった。

広葉樹の葉の間からは暖かな木漏れ日が地上に降り注ぎ、色とりどりの花が日光浴をしていた。

 小鳥のさえずりがどこからか聞こえてくる。

 とにかく平和だ。

 このまま昼寝をしていたいぐらいだ。


「でも、やることはやらないと……」


 俺こと『御伽おとぎ 玉子たまね』はとある目的があって、自分の元々いた世界とは違う世界にやってきた。

 勘違いをしないために最初に言っておくが、俺の名前は『たまご』ではない。『たまね』である。そして『玉子』を『王子』と読み間違えられることもよくある。


「さて、こんな森の中だとどっちへ進めばいいのか検討がつかないぞ?」


 一回転しながら辺りを見回しても、同じ風景が広がっているばかり。誰かが道案内をしてくれれば便利なのだが。

 とりあえず歩いてみること約三十分。

 ちょっとした小道に出る。舗装はされておらず小石もあちらこちらに転がっていた。こんな道で自転車でも走ればすぐにパンクしてしまうだろう。自動車なんかもってのほかだ。

 そもそもこの世界には自転車や自動車などという物はないのであろうが。


 なんと言っても俺が今いる世界は――童話の世界――なのだから。


 その数ある童話の中でも有名な『赤ずきん』の舞台。

 有名だから知っている人は多いと思うが、一応簡単な解説しておく。


――主人公、赤ずきんはおばあさんのもとへお使いを頼まれる。しかしその途中、一匹のオオカミと出会って、道草をするように誘導される。あかずきんが道草をしている間に、オオカミはおばあさんの家に先回りして食べてしまう。後から来たあかずきんをおばあさんの格好をして出迎え、赤ずきんも食べようとするが、最終的には猟師に撃たれて、おばあさんも助かり、めでたしめでたし――


 ただ童話というものは必ずしもいつでも同じ完成された話ではない。

 人に語り継がれていくため、様々な逸話があったりする。子供には聞かせられない残酷な描写だって存在する。

 例えば『赤ずきん』においては猟師が登場せずに赤ずきんが食べられるという結末。

 実は俺がこの異世界に来た理由とそのことが深く結びついていたりする。

 つまり俺はこの世界で猟師のような役割を担っているということだ。

 赤ずきんをオオカミから守る。おばあさんを助ける。

 先ほど『猟師のような』と言ったのは、この世界に別に猟師がいないと決まっているわけではなく、それに俺は銃も持っていないないし触れたことすらない。


「いざオオカミと会っても、どうやって倒せばいいのやら……」


 最近クローゼットから出したばかりの春着を身につけ、ここへ手ぶらで来てしまった、しがない若者にできることなのか。

 思わずため息が出る。

 こうなったのも自分の世界における謎の妖精との出会いが事の発端である。



   ■□■□■



 『赤ずきん』の世界で森をさ迷う前の話。


 春休み中で外も晴れ晴れとしていたので、その日は図書館に来ていた。

 自分の生まれるよりもっと前、祖父祖母が生まれる以前から建てられていたという図書館。大きくて蔵書された本の数も多い。

 もちろん老朽化はしているのだが、まだまだ大丈夫という様子を見せる。今まで改築は一度もされたことがないとういうから驚きである。

 館内へ入ると人はまばらだった。隣町に新しい図書館が去年できたばかりなので、そちらへ人が流れてしまったのかもしれない。


「何を読もうかな」


 ここに来るまでの道すがら何を読もうか考えていたのだが決まらなかった。

 当ても無く本を眺めながら歩き続けていると、童話コーナーに来ていた。

 意外に知っている作品よりも知らない作品のほうが多い印象だった。


「童話か……、ん?」


 図書館に入ってから初めて本の前で立ち止まった。自然と一冊の本へと手が伸びる。

 背表紙に手を掛けたのをそのまま本棚から引き抜いてみると、金色の表紙をしていた。背表紙もその色をしていたから手に取ったのかもしれないが、俺はこの本を取らざるをえなかった?

 金色をしているものだから他の童話本と比べて異様に目立つ。

 なぜこんな本がここに?

 表紙に書いてある字は全く読めなかった。たぶん俺の知らない字。


「ちょっと気になるなあ――――――」


 そう口にしながら表紙をめくった瞬間。

 視界が光に覆われた。

 何も見えない。

 何が起こったのかわからずとりあえず本を閉じようとした時だった。


「閉じるな!」


 確かに誰かの声が聞こえてそれが自分に言っているのだと理解する。

 本を閉じなければいいのか、でもそうしなければ光が出続けるぞ? 

 光はやがて収束し消えた。

 瞑っていた目を開けると、羽の生えた『何か』が本の上に乗っていた。それを虫だと思った俺は「うわっ!」と声を上げて本を咄嗟に閉じる。


「ぎぃやぁっふん!」


 本は何かを挟んでいて完全に閉じなかった。昔から虫は苦手だったので、本で潰したのかと思うと全身に鳥肌が立つ。手から力が抜けてその本を落としてしまった。

 俺は慌てて一歩後ろに下がる。

 本が落ちた衝撃で(おそらくさっき何かを挟んだページで)開いた。死骸でも見たくないので目を逸らす。


「痛ってー」


 足元のほうから可愛らしい声が聞こえる。

 そう言えばさっきも同じ声がしたような……、と声がしたほうに恐る恐る目をゆっくりと向けると、


「閉じるなって言っただろうがぁ」


 透き通った羽が背中から生えた人形のように小さな生き物がいた。

 その小さな生き物が俺の顔を見上げる。見るからに随分ご機嫌が悪いようだ。


「あの、どちらさまですか?」

「開放してくれたことには感謝するが、少年よ、まず先ほどの無礼を我に謝ってはどうだろうか?」

「え、何この上から目線……」

「上から見ているのはお前だろうが!」

「ごもっともです。さっき虫だと思って挟んでしまったことは謝ります。ごめんなさい」

「我を虫けら扱いするか!」

「そこまでは言ってない。後から見たらその羽、綺麗だと思う」

「ほう、褒めるか。そうか、虫けら扱いの分はなしにしてやろう」

「やっぱり上から目線」

「何か言ったか?」

「いえ、何も」


 人間以外の生物と会話したのは初めてだった。人間は別の生き物ともちゃんとコミュニケーションが取れる。そう考えると内側から感動が湧き上がってくるようで――――――


「じゃなくて、えっ?! 俺ってさっき一体何と話してたの?!」

「何とはつくづく失礼な奴だなあ。我は妖精だ」

「妖精? 確かに見た感じ思ったけど、でも、そんなのありえないでしょ?!」


 図書館の中でも俺がいるところは奥のほうであり、周囲に人の気配が一切なかった。大声を上げてしまったが誰にも注意はされない。そしてこの妖精も俺以外の人に見られていない。


「信じろ。ここにいるのだからな」

「頬を引っ張っても痛いだけだな、うん。これは現実か、現実なのか……」

「ようやく落ち着いたようだな」

「ああ、それよりどこから現れたんだ?」

「この本だ。若造がこの本を開いたから、我は開放されてここにいる」


 妖精は腰を下ろしている金色の表紙の本を叩く。開かれているページには何も書かれておらず何も描かれていなかった。ちょっと古ぼけた白紙の本。


「この本を開いたことにより今や所有権が若造となった」

「所有権はこの図書館にあると思うけど」

「知るか。開いたのが若造である限りこの『自分が描く童話マイ・フェアリーテール』の所有権はお前だ」


 妖精曰く金色表紙の古本は『自分が描く童話マイ・フェアリーテール』という名前らしい。その本を手に取るように言われ俺は妖精が乗ったまま床から拾い上げる。

 間近で見ると妖精の顔はとても整った顔立ちで美しいことがわかり、惚れてしまいそうなほどだった。


「早速ではあるのだが、若造には童話を完結してもらわねばならない。試しに童話の題名を一つ言ってみよ」

「え、童話? えーと、『赤ずきん』とか?」

「うむ、わかった。では、『赤ずきん』にしよう」

「『うむ、わかった』とか、いやいや、さっきから俺は言っていることに理解が追いついていないんだけど? 完結する?」

「そうだ、若造は話を完結させればよい。それが目的であり使命とも言える」

「使命って大それたことを言うね、妖精さん」

「では若造を今から『赤ずきん』の世界へ送り出す。童話を完結させれば勝手に帰って来られるようになるから安心せい」


 妖精が笑みを浮かべた直後、また本を開いた時と同じで開いているページが光りだす。光は見る見る視界を満たしていく。


「ちょっ、待っ――――――」

「健闘を祈る」


 その妖精の言葉を最後に俺の意識は途切れた。



   ■□■□■



「ったく、あの妖精勝手なことしやがって。帰ったら憶えとけよ」


 妖精の言葉通りなら『童話を完結させること』が元の世界に帰るための条件。

 『赤ずきん』を終わらせるには、おばあさんの家であかずきんを襲おうとしたオオカミを倒せばいいと考えた。

 だからまず『赤ずきん』の登場人物に遭遇しなければいけないのだが、この世界に来てから誰一人として会っていない。

 これではまずい。

 でこぼこ道に出たはいいが、どちらに進めばおばあさんの家なのか検討もつかない。迷っていても日が暮れてしまうので、二択を勘で選び、それからは歩き続けている。


「おばあさん、お花摘んで行ったら喜ぶかなぁ」


 陽気な女の子の声が聞こえた。

 道から逸れて俺は茂みに隠れて影から様子を窺う。草が音を立ててしまったが少女には気づかれていないようだった。そっと茂みの間から覗くと、赤い布、いや頭巾が見えた。

 間違いなくこの世界の主人公である【赤ずきん】だろう。

 茂みから出て行こうとしたが俺はふと動きを止める。


「待てよ……、【赤ずきん】が花畑で花を積むシーンって」


 物語の構成を頭の中で整理する。

 俺の記憶では【赤ずきん】が花を摘むのは、【オオカミ】が時間稼ぎをするために彼女に勧めたのではなかったか? ということならば【オオカミ】は既に【おばあさん】の家に向かったことになる。先回りして【おばあさん】を食べてしまうのだから。

 素直に【赤ずきん】の元へ今すぐ出て行けないのにはある疑問があるからだ。

 どうやって【オオカミ】のお腹から【おばあさん】を助けるのか、という疑問。

 そりゃあ、【オオカミ】のお腹を切り開くんじゃないの?

 と、簡単に考えてしまうのは待って欲しい。

 今の俺にとってこの童話の世界は現実と等しい。実際に見て触れる世界。

【御伽 玉子】という一人の登場人物としてこの場に存在している。

さてそのことを踏まえた上で先ほどの疑問に立ち戻ってみるとどうだろう。


 悪いが俺にはグロテスクな光景しか思い浮かべられない。


 童話なのだからというご都合主義はなしだ。

 仮に【おばあさん】が【オオカミ】に食われたとして、その後に生きて助け出せるのか?

 そのような芸当の仕方は学校でも教わらない。無理だ、断固として不可能だ!


――【おばあさん】が食われる前に【オオカミ】をどうにかしないと!


 【赤ずきん】が遅れて【おばあさん】の家にやってきて、お亡くなりになりましたなんて結末は洒落にならない。

 そんな結末があってたまるか、という思いで【赤ずきん】は後回しで【オオカミ】の後を急いで追いかけることにした。



   ■□■□■



「オオカミ……じゃねぇええええええええええええええええええええええっ!」


 思わず大声を上げてしまったために焦げ茶色の毛並みをした動物がこちらに顔を向けた。三角形の耳、鋭い牙に爪、獲物を逃さんとする獰猛な眼。

 そのどれもが狼を特徴付けるものであることは認める。

 しかし、納得がいくものか。


「クマだろっ! こいつ絶対、アラスカにいるヒグマとかの仲間だろっおおおおお!」


 背丈は俺の約二倍。横幅は役三倍。そしてとどめは二足歩行。

 予想とまるで違う。百パーセント予想の上を行った。俺の知っている狼は四速歩行で背丈は腰よりちょっとくらい高い動物。しかしそれは狼であって【オオカミ】ではない。

 これだけ巨大ならば【おばあさん】を丸呑みにするのも可能かもしれない。いや丸呑みの前に殺されるに違いない。襲われて生きていられるはずがない。


「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォオオッ!」

「鳴き声もどこが狼だよ! 遠吠え? 咆哮の間違いだろ!」


 こちらを見た熊ならぬ【オオカミ】は俺に狙いを定める。

 本能が逃げろと告げている。

 【オオカミ】は二足歩行で追ってくる。それもそれで迫力があり身も凍るような恐さなのだが、走る速さが俺と比べて五分五分だった。普通に四速歩行で追われたら数秒で間を詰められておしまいだろうが、これなら競争になる。ただ、命がけで。

 茂みに飛び込んで森の中へ。

 ジグザグに走ってまこうとする。

 後ろを振り向きたくないが【オオカミ】がまだ追ってきているのを確認した。

 思考をフル稼働。

 手足もフル稼働。

 必死で考えようとしても冷静になれなくて、どうにも良いアイデアが思い浮かんでくれない。

 体力も限界に近い。


「グゥオッ!」

「えっ?!」


 背後で【オオカミ】の鳴き声と盛大に木々と衝突した音が。

 走るのも限界で後ろの様子を再び確認すると、二本の樹木の間に【オオカミ】が挟まっていた。どうやら動けないらしい。

 【オオカミ】のでかい図体がここで功を奏した。

 間抜けな【オオカミ】の姿を見て俺の口元には安堵と嘲笑の笑みが浮かぶ。


「助かった……」


 しめた、この隙に【オオカミ】の視界に入らないところまで逃げよう。

走る体力が回復するまでは歩いて移動することにした。

 段々と【オオカミ】からは遠ざかっていき、遂には見えなくなった。

 けれどもまた新たな問題が浮上する。


「ここ、どこ?」


 【オオカミ】との遭遇で振り出しに戻されたのだった。



   ■□■□■



「着いた……」


 体には葉っぱとか枝とかをつけて道なき道を突き進むことでようやく目的地――【おばあさん】の家に到着できた。一時はどうなることかと思ったが、一安心。

 しかし、休憩している場合ではない。


「【おばあさん】はどうなった?」


 まさか再び森をさ迷っていた間に【オオカミ】に先を越されてしまったのだろうか。

 【おばあさん】の家の戸をたたく。


「あのー、【おばあさん】はいますかー」


 個人名は知らないため『おばあさん』で呼んでしまったがたぶんそれでも伝わるはずだ。その人が自分を『おばあさん』だと意識していなければ別だが。

 返事はない。

 鍵は元から無いらしい。なんと無用心な。


「入りますよー」


 小声でそっと戸を開ける。

 造りはキッチンと寝室だけとシンプルにできていた。当然、木造建築である。

 寝室まで行くと布団が山になって膨らんでいる。【おばあさん】だけが中にいるとは思えないような膨らみよう。


「誰……だ」


 ゆっくりとした口調で俺に語りかけてきた。その声は女性っぽくあるがとても低音で、かつしゃがれている。

 これではまるで【おばあさん】に変装した【オオカミ】の描写そのままではないか。

 嫌な予感しかしない。


「孫……か?」


 孫。一瞬誰のことを言っているのかわからなかったが【赤ずきん】のことだと理解する。

 【おばあさん】は【赤ずきん】のことを『孫』と呼ぶのか?

 これって家に入る前から聞かされる台詞じゃなかったっけ?

 【赤ずきん】は【オオカミ】の特徴を『おばあちゃんはどうして~なの?』と聞くんじゃなかったか?

 どうしてここから耳や尻尾が見えない?

 俺も【赤ずきん】のような質問をすればいいのか?


――駄目だ、どうしていいかわからない。


 【おばあさん】(?)の質問にすぐ答えが出せない。

 万が一、変な言動をすれば【オオカミ】に食われる可能性もある。

 俺はパニック状態に陥り、万事休す。

 と、幸か不幸か転機が訪れる。


「きぃやぁあああああああああ!」


 幼い少女の悲鳴。

 それを聞いた俺は慌てて【おばあさん】の家から飛び出ると、家の前では『赤ずきん』の登場人物が出揃っていた。

 【赤ずきん】と【猟師】と熊、ではなくて【オオカミ】の三人(二人と一匹?)。


「猟師やられた?!」


 頼みの綱だった猟師が意識を失って倒れている。起き上がる様子はない。

 この物語の唯一の救世主に向かって心底「何やってんだ、バカヤロウ!」と叫びたくなったがどうにか堪える。

 顔が青ざめ切り、腰を抜かした【赤ずきん】の傍には猟師が持っていたものであると推測できる銃が落ちていた。

 獲物に忍び寄る【オオカミ】と餌として狙われている【赤ずきん】の距離はもうわずか。直立した【オオカミ】の影に【赤ずきん】がすっぽり埋まる。

 知っている展開とは違うが、この状況では気にしている暇は無い。【赤ずきん】を救えさえすればなんだっていい。

 俺は足元の小石を手に取った。


「【赤ずきん】! その銃を取って【オオカミ】に撃つんだ!」


 叫びつつ【オオカミ】の頭部に小石を当てて意識をこちらに向ける。そうすることで隙を作り、その間に【赤ずきん】に銃で倒してもらうしか咄嗟に判断できなかった。

 【オオカミ】の標的が俺に移る。これで完璧な囮役になることに成功した。

 家の周りは開けた土地で、前回みたいに障害物として利用できるものがない。追われ失敗すれば最後、俺は殺される。

 全ては【赤ずきん】の手に委ねた。


――頼む、その銃で【オオカミ】を倒してくれ!


 叫んだ声はしっかり聞こえていたようで【赤ずきん】は小さな手で銃のグリップを握る。右手の人差し指は引金に掛けられた。

 そして、


「グゥアオオオアオアオアオアオアオオアオアオアオオアオアオアオッ!」


 銃から連射で放たれた無数もの弾丸が【オオカミ】の背中を打ちのめす。

 【オオカミ】の悶える苦しみの叫びと弾丸の発射する炸裂音とが、穏やかな森に囲まれたこの場所を中心にして広がっていく。

 炸裂音が止んだ時には【オオカミ】も叫び終わり、前かがみに力を失って倒れた。地面から生えた草のクッションがせめてもの慰めになった。

 【オオカミ】は倒し、【赤ずきん】も【おばあさん】も無事。ということは家の中にいたのは本物だったのか、と後から明らかとなる。

 一時はどうなるのかと心臓が止まる思いで【赤ずきん】を見ていたけれども、見事に彼女は期待に応えてくれた。おかげで俺の命も救われた。

 感謝の言葉を述べようと【赤ずきん】に駆け寄る。


「協力してくれてありがとう」

「――――――で」


 俯いているため、彼女のトレードマークである赤ずきんに顔が隠れてしまって表情が見えない。小さな声で何かを言った気がするが聞き取れなかった。


「――――ない、で……」

「ごめん、もうちょっと大きな声で言ってくれないかな?」


 やっぱり聞き取れない。でもどこか声が震えている気がする。

 無理もない。こんな子供が【オオカミ】に襲われるという恐い目にあったのだから、泣いたっておかしくはないだろう。

 そんな【赤ずきん】に対して俺は優しく接してあげる。



「近づかないで!」



 ツキュン!

 耳元で確かにそのような効果音がした。

 一体全体何が起こったのかわからなかった俺は「へ?」と間が抜けたどうしようもなく情けない声をこぼす。

 目の前には目尻に涙の雫を溜めた【赤ずきん】の顔。

 弱めの縦ロールのブロンドヘアーが頭巾の中から顔を出す。また俺を見る彼女の瞳は青空のように透き通ったブルー。ふっくらとした頬がまたなんとも幼さがある。

 しばし見惚れてしまっていたが、事態は最悪であった。

 彼女が手にしているのは熊モドキの【オオカミ】を撃ち殺した銃。焦っていたために気に留めている余裕はなかったけども、この銃は連射をした――つまり、マシンガン?

 銃口の一直線上の先にあるのは俺の胸元。

「動いたら……撃つ」

「ちょっ――」

「しゃべらないで!」


――この子、なんで可愛らしい声でこんな恐いこと言っているの? どうして俺が幼い女の子に銃を向けられる展開になっているわけ? 俺は別に少女相手に犯罪らしきことした憶えもないぞ?!


 銃を手に牽制する【赤ずきん】に話すことを禁じられたため、俺は固く口を鎖す。黙りながらも心の中では叫び続ける。


――あれー? 『赤ずきん』ってこんな恐いお話だったけ?


「だって、おばあちゃんはよく私に教えてくれるもん」




「『男はみんな狼だから気をつけなさい』って」




――えぇええええええええええええええええええええええええええっ?!


「あか、」


 カシャリ、と銃が音を立てると慌てて口を閉じざるを得ない。俺には反論の権利も与えられていないのかと体がうずうずしていた。なんとかして誤解を解いてもらわないと困る。このままだと変な罪を着せられてしまう。


「特に年上の男の人が近づいてきた時はわたしを狙っているんだ、って。そういう人はわたしみたいな女の子に、よく……ぞう? あれ、違うかな? よく……じく?」


――君が何を言いたいのかは、わかるよ。世の中には色々な人がいて、そういう人も中にはいるんだよね。でも、俺は違うから。そんなんじゃないから。断じてロリコンではないっ!


「と・に・か・く! わたしを食べたいんだって! わたし、食べてもおいしくないと思うのに……」


――こんな小さな女の子になんてこと教えてやがる、クソババァ!


「あなたかわいそうだから撃たないであげる。さっきは助けようとしてくれたもの」

「どうもありがとう。なぜなのかな、涙が出そう」

「でもわたしに触ろうとしたら撃つから」


――【おばあさん】もあれだが、この女の子も相当だな、おい!


 銃の標的から外されて、ほっとして胸を撫で下ろす。

【赤ずきん】は落としてしまったバスケットを拾うが、重そうなのにどうやら銃は手放さないらしい。世の中、いや異世界には物騒な女の子もいたものだ。ちなみにバスケットの中にはお使いの品であろう林檎などのフルーツ。風邪気味の【おばあさん】にあげるものだ。

 俺は肩よりも低い【赤ずきん】の後をついて歩くのだが、ちらちらと近づいていないか頻繁に監視される。

 ふと横目に忘れていた人が映った。


「あのさ、って……違う違う! 何もしないから」

「……どうしたの?」

「あそこに倒れている人は? あれ、猟師さんだよね? あのままでいいの?」

「あの人は【オオカミ】が出てきたら、一緒に出てきたの。それで近づいてきたから恐くて石投げたら頭当たっちゃってね、そしたら寝ちゃったの」

「お前が犯人か!」


 猟師はずっと少しも動いていない。まさかそれはありえないだろう、と俺は真実を確かめようとせず見て見ぬ振りをして【おばあさん】の家に入る。


「おばあちゃん、果物持ってきたよ」

「おお……、孫かい?」


 【オオカミ】ではないと明らかになった今でも、これが本物であると信じられなかった。どうしてこんなに布団が膨らんでいるのかも知りたい。

 【赤ずきん】に触れてしまわぬように壁伝いで【おばあさん】の顔のところに行く。


「は?」


 【おばあさん】の顔を見て愕然とした。

 もう頭がおかしくなりそうだ。本気で頭が痛くなってきた。早くお家に帰って休みたい。寝て朝起きて、「ああそうか全部、夢だったんだぁ」と思いたい。


「もう、おばあちゃん。また太ったんじゃないの?」


 顔に大量の脂肪がついている。馬鹿にして笑う程度を超えてしまっている。

 【おばあさん】は自分で生活するのが困難になるほどの肥満体型だったのだ。

 これで布団が膨らんでいる理由にも説明がつく。しゃべり口調がゆったりなのも。彼女が寝たきりなことにも。


「お肉ばかり食べているからそうなるのよ。ほら果物も食べなきゃだめだと思ったから持ってきたんだよ?」

「果物はね……嫌いなの。いつも言っている……でしょう?」

「食えよ!」


 我慢できなくなってツッコミを入れてしまった。

 【赤ずきん】は一見おとなしそうに見えるが、実はぶっ飛んだ性格の女の子。

 【おばあさん】は肥満体型で寝たきりで、孫には変なことまで教える人。

 【オオカミ】はまるで熊。

 【猟師】に限っては助けようとしたら逆に倒される始末。

 俺の知っている『赤ずきん』がどのような話だったのかうまく思い出せなくなった気がする。こんなものでは無かったことくらいわかるが。


「誰だね……君は? 孫は……嫁に……やらんぞ」

「もう! おばあちゃんったらぁ! 一応、この人は命の恩人なんだよ?」

「そう……なの、かい? うーむ、それなら……」


 俺は既に【赤ずきん】と【おばあさん】の会話に耳を傾けてなどいなかった。どうにもこうにも妖精に元の世界に返してもらいたい一心だった。


――【オオカミ】も倒したんだから『赤ずきん』は完結しただろ? 妖精さーん、いい加減に元の世界に返してくださーい。



《うむ、良かろう! これにて『自分が描く童話マイ・フェアリーテール「赤ずきん」の章』完結!》



    ■□■□■



 相変わらずである上から見る態度の声がしたと思ったら目の前が光に包まれた。それが消えた時には例の図書館にいた。


「おつかれさん」

「おつかれさん、じゃねぇよ。どうなってんだよ、あの『赤ずきん』は!」

「童話とは限られた話にあらず。時には捩れることもある」

「捩れすぎだろ……」

「どうだ? 楽しかめたか? 若造よ」

「疲れたよ……、まあ、でもちょっと楽しかったかな」

「そうかそうか、ではこの先も大丈夫そうだ」


 先? と、引っ掛かった言葉の意味を妖精に迫ろうとしたときだった。

 妖精がいたり、童話の中に入ったりと不思議なことが立て続けに起こってきたが、それはまだ終わっていなかった。


「あれ? ここはどこ? わぁー、本がいっぱーい」


 聞いた事のある声。またそれは幼げな少女の声。

 声の主は俺の中の記憶では特徴的な……そう赤い頭巾を被った女の子で――――――





 めでたしめでたし。





「めでたし、じゃないっ!」





――――――To be continued?

 読んでくださった方々、ありがとうございました。

 余談ですが、『赤ずきん』という作品は『ペロー童話集』に初めて掲載されたそうなのですが、それ以前の類話では【赤ずきん】も【おばあさん】も【オオカミ】に食べられてしまう結末だそうです。その他カットされた(ちょっと危ない)シーンもあるとか。

 続編は書くかもしれません。その際は短編集にするか連載にするかはわかりませんが、お付き合いいただけるとうれしいです。

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