First
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登場人物
亀有 すみれ
戸上 白
背景
遠恋
ストーリーの構成上、序盤と中盤以降で視点が代わります
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改札を出て、小さな待合室を覗く。
もちろん彼女が待っているはずはない。
それもそのはず。
約束より一本早い電車で来てしまったのだから。
まぁ、彼女に合うのが待ちきれなかっただけなのだが。
約束の時間まであと20分程度。
彼女の家にこちらから行って驚かせるのも良いかもしれない。
そんな事を考えながら駅を出ると。
「ん?」
通りを歩いてくるあのシルエットは…。
間違いない、すみれだ。
でも何で?約束の時間にはかなり早いはず。
とっさに近くの物陰に身をひそめた。
すみれは駅前につくなり、手鏡を取り出して髪をいじり始めた。
鏡を閉じたかと思えば、また開いて今度は顔のチェックを始める。
自分の服をチェックをしたり、時計を見たり、また髪をいじって…。
落ちつきなくそわそわしている彼女を見ると、少し嬉しくなる。
「ったく、あいつは…」
思わずにやけてしまった。
というか、一分おきに時計を確認しても、たいして意味は無いだろうに。
そろそろ驚かせてやろうか。
いや、どうせならもっと…。
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一分一秒がこれほどまでに長く感じたことはなかった。
何度も何度も身だしなみをチェックする。
彼と会ったら、まず何と声をかけようか。
毎日のようにメールして、毎晩のように電話してはいるものの、直接会って話すのは…三ヶ月ぶりだ。
電車はまだだろうか…。
時計を睨み付ける。
そしてようやく、待ち焦がれた電車がホームに滑り込む。
降りてきたのは…五人。
彼の姿を探すが、見当たらない。
…おかしいな。
もう一度、ホームを見渡す。
約束の時間は、何回も確認した。
間違っていないはず…なのに。
「はぁ…」
楽しみにしてたのになぁ。
もしかして電車に乗り遅れたのだろうか。
電話してみようと携帯を取り出した時。
――視界が覆われた。
「だ〜れだ?」
「…え?」
パニクる。
でも、この声は。
絶対に聞き間違えるはずはない。
「…白…君?」
「正解」
目隠しを取った先にいるのは、間違いなく彼。
「あれ?何で?」
いつの間に私の背後に回ったのだろう。
電車から降りてきた人の中には、彼は居なかったはずなのに。
「ん〜…実はな」
少しはにかんだように笑う彼。
「待ちきれなくて、一本早い電車で来ちまったんだ」
つまり…。
「まぁ、ずっと見てた…かな」
気まずそうに目をそらされた。
どうやら、ずっと観察されていたらしい。
髪をいじっている所も、薄くのせた化粧をチェックしている所も、彼を待ちきれずそわそわしている所も、全部。
…ありえない。
「あ〜、悪い。声をかけるタイミングがつかめなくてだな…。怒った?」
うつむいた私を、心配そうに覗き見る彼。
「…」
顔を見られないように、背を向ける。
恥ずかしすぎてどうにかなってしまいそうだった。
「悪かったって…」
右から回り込んでくるが、
「…」
背を向ける。
「すみれ…」
今度は左から。それでも顔をそむける。
「…すーみーれ!!」
後ろから、抱きつかれた。
「…ありえない」
彼の手の甲を、思い切りつねってやる。
「痛え!?」
これくらいの仕返しは許される…はず。
「うん、可愛かった」
真顔で言われた。
「――っ痛ぇぇ!?」
これ以上赤面させるな、このアホ。
「…行くよ?」
顔を見られないように、先に立って歩き出す。
「待て待て…」
慌てて駆け寄ってくる彼は、
「ほら」
手を差し出す。
「…ん」
手を重ねて、歩き出す。
「だいぶ寒くなったなぁ…」
呟くような彼の言葉。
「まぁ、冬だし」
…しまった、会話が続かない。
話したいことはたくさんあったはずなのに、なぜか言葉が浮かんでこない。
…困った。
「どこ行こっか?」
彼がふと立ち止まって、そう訊ねてくる。
「…さぁ?」
自慢じゃないが、ここはド田舎だ。
「さぁ、っておい…」
苦笑する彼に、一つ提案する。
「…公園?」
この辺のデートスポットと言ったら、中央公園しか思い付かない。
「よし、じゃあそこに行こう」
――という訳で来たものの。
「何もないな…」
この寒い中、公園にいるのは私達くらいだ。
「春には桜が満開で綺麗なんだけど」
花見のシーズンになると、大勢の人で賑わうものの、今は閑散と静まり返っている。
「んじゃあ春にまた来ようか」
「…うん」
裸の桜並木を見上げる。
「…まぁ俺は、とびっきり綺麗な桜の花びらが咲いてる所、知ってるんだけどな」
自慢げに話始めた彼。
「へぇ…おすすめの花見場所?」
そんな場所があるのだろうか。
「おすすめっつうか…。この公園で、咲いてるんだぜ?」
「咲いてる…って、今も?」
「あぁ、今も咲いてる」
彼はしれっと言うが。
「えぇ〜、ないない。今から冬だよ?」
冬に咲く品種の桜なんてあっただろうか。
「それがあるんだよな〜」
得意げに笑う。
「じゃあ見せてよ」
ぜひ見てみたい。
「それは駄目、俺専用の花だからな」
「いいじゃん…ケチ」
口を尖らせる。
「桜色の、綺麗な花びら。見たこと無いか?」
「無いよ…ねぇ、私にも見せて?」
「う〜ん…」
悩み始めた彼に、追い討ちをかける
「ねぇってば、見ーせーてー」
軽く地団駄を踏む。
「分かった、分かったよ…。教えてやるから、ちょっとこっち来い」
――よっしゃ。ガッツポーズ。
手を引かれるままに、公園の隅に移動する。
「今から教えてやるから、ちょっと目ぇつぶれ」
思わせ振りな要求。
目をつぶるふりをして、薄く目を開けていると。
「つ・ぶ・れ!…教えてやらんぞ?」
バレていたようだ。
今度こそ目をつぶり、彼の指示を待つ。
「…少し上向いて」
言われた通り、顔を上げる。
「…ここだ」
不意に、唇を、塞がれた。