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First

作者: 木花開耶

――――――――――


登場人物

亀有 すみれ

戸上 白


背景

遠恋


ストーリーの構成上、序盤と中盤以降で視点が代わります


――――――――――







 改札を出て、小さな待合室を覗く。

 もちろん彼女が待っているはずはない。


 それもそのはず。


 約束より一本早い電車で来てしまったのだから。

 まぁ、彼女に合うのが待ちきれなかっただけなのだが。


 約束の時間まであと20分程度。

 彼女の家にこちらから行って驚かせるのも良いかもしれない。


 そんな事を考えながら駅を出ると。

「ん?」

 通りを歩いてくるあのシルエットは…。


 間違いない、すみれだ。

 でも何で?約束の時間にはかなり早いはず。


 とっさに近くの物陰に身をひそめた。




 すみれは駅前につくなり、手鏡を取り出して髪をいじり始めた。


 鏡を閉じたかと思えば、また開いて今度は顔のチェックを始める。


 自分の服をチェックをしたり、時計を見たり、また髪をいじって…。


 落ちつきなくそわそわしている彼女を見ると、少し嬉しくなる。

「ったく、あいつは…」

 思わずにやけてしまった。


 というか、一分おきに時計を確認しても、たいして意味は無いだろうに。




 そろそろ驚かせてやろうか。

 いや、どうせならもっと…。




**********




 一分一秒がこれほどまでに長く感じたことはなかった。

 何度も何度も身だしなみをチェックする。

 彼と会ったら、まず何と声をかけようか。

 毎日のようにメールして、毎晩のように電話してはいるものの、直接会って話すのは…三ヶ月ぶりだ。


 電車はまだだろうか…。

 時計を睨み付ける。


 そしてようやく、待ち焦がれた電車がホームに滑り込む。


 降りてきたのは…五人。

 彼の姿を探すが、見当たらない。


 …おかしいな。

 もう一度、ホームを見渡す。


 約束の時間は、何回も確認した。

 間違っていないはず…なのに。


「はぁ…」

 楽しみにしてたのになぁ。

 もしかして電車に乗り遅れたのだろうか。

 電話してみようと携帯を取り出した時。




 ――視界が覆われた。




「だ〜れだ?」


「…え?」

 パニクる。

 でも、この声は。

 絶対に聞き間違えるはずはない。

「…白…君?」


「正解」

 目隠しを取った先にいるのは、間違いなく彼。


「あれ?何で?」

 いつの間に私の背後に回ったのだろう。

 電車から降りてきた人の中には、彼は居なかったはずなのに。


「ん〜…実はな」

 少しはにかんだように笑う彼。

「待ちきれなくて、一本早い電車で来ちまったんだ」


 つまり…。


「まぁ、ずっと見てた…かな」

 気まずそうに目をそらされた。


 どうやら、ずっと観察されていたらしい。

 髪をいじっている所も、薄くのせた化粧をチェックしている所も、彼を待ちきれずそわそわしている所も、全部。


 …ありえない。


「あ〜、悪い。声をかけるタイミングがつかめなくてだな…。怒った?」

 うつむいた私を、心配そうに覗き見る彼。


「…」

 顔を見られないように、背を向ける。

 恥ずかしすぎてどうにかなってしまいそうだった。


「悪かったって…」

 右から回り込んでくるが、

「…」

 背を向ける。

「すみれ…」

 今度は左から。それでも顔をそむける。


「…すーみーれ!!」


 後ろから、抱きつかれた。


「…ありえない」

 彼の手の甲を、思い切りつねってやる。


「痛え!?」


 これくらいの仕返しは許される…はず。


「うん、可愛かった」

 真顔で言われた。

「――っ痛ぇぇ!?」


 これ以上赤面させるな、このアホ。


「…行くよ?」

 顔を見られないように、先に立って歩き出す。


「待て待て…」

 慌てて駆け寄ってくる彼は、

「ほら」

 手を差し出す。


「…ん」

 手を重ねて、歩き出す。


「だいぶ寒くなったなぁ…」

 呟くような彼の言葉。

「まぁ、冬だし」

 …しまった、会話が続かない。


 話したいことはたくさんあったはずなのに、なぜか言葉が浮かんでこない。

 …困った。


「どこ行こっか?」

 彼がふと立ち止まって、そう訊ねてくる。

「…さぁ?」

 自慢じゃないが、ここはド田舎だ。

「さぁ、っておい…」

 苦笑する彼に、一つ提案する。

「…公園?」

 この辺のデートスポットと言ったら、中央公園しか思い付かない。

「よし、じゃあそこに行こう」




 ――という訳で来たものの。




「何もないな…」

 この寒い中、公園にいるのは私達くらいだ。

「春には桜が満開で綺麗なんだけど」

 花見のシーズンになると、大勢の人で賑わうものの、今は閑散と静まり返っている。

「んじゃあ春にまた来ようか」

「…うん」

 裸の桜並木を見上げる。


「…まぁ俺は、とびっきり綺麗な桜の花びらが咲いてる所、知ってるんだけどな」

 自慢げに話始めた彼。


「へぇ…おすすめの花見場所?」

 そんな場所があるのだろうか。


「おすすめっつうか…。この公園で、咲いてるんだぜ?」


「咲いてる…って、今も?」


「あぁ、今も咲いてる」

 彼はしれっと言うが。


「えぇ〜、ないない。今から冬だよ?」

 冬に咲く品種の桜なんてあっただろうか。


「それがあるんだよな〜」

 得意げに笑う。


「じゃあ見せてよ」

 ぜひ見てみたい。


「それは駄目、俺専用の花だからな」


「いいじゃん…ケチ」

 口を尖らせる。


「桜色の、綺麗な花びら。見たこと無いか?」


「無いよ…ねぇ、私にも見せて?」


「う〜ん…」


 悩み始めた彼に、追い討ちをかける

「ねぇってば、見ーせーてー」

 軽く地団駄を踏む。


「分かった、分かったよ…。教えてやるから、ちょっとこっち来い」


 ――よっしゃ。ガッツポーズ。


 手を引かれるままに、公園の隅に移動する。


「今から教えてやるから、ちょっと目ぇつぶれ」

 思わせ振りな要求。


 目をつぶるふりをして、薄く目を開けていると。


「つ・ぶ・れ!…教えてやらんぞ?」

 バレていたようだ。


 今度こそ目をつぶり、彼の指示を待つ。


「…少し上向いて」

 言われた通り、顔を上げる。


「…ここだ」




 不意に、唇を、塞がれた。






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