第一話
淋しいなぁ
一人口に出してあたしはなんだかさらに寂しくなった。
京都に、帰りたい。
最近こう思うことが増えた。
東京の大学に通うために親元を離れてそろそろ2ヶ月がたつ。
ここしか受からなかったから、という理由で入った大学で何をするでもなく日々を過ごして。
いつの間にか夏が始まろうとしている。
私は東京の乾いた空気が嫌いだ。
標準語で話す人が嫌いだ。
京都のじめじめ鬱陶しい空気に慣れてしまっていたんだと気づく。
ゆっくりとした京都弁も恋しい。
そんなの京都にいたころには一度も思わなかったのに。
でも故郷が恋しいほんとの理由は、東京が嫌いだからとかじゃない。
故郷が恋しいのはあの人が、そこにいるから。
あいちゃん。
ふざけた声で私を呼ぶあの人の声が頭から離れない。
彼はいつもふざけて私のことを名前で呼んでくれた。
私のことを名前で呼ぶ男の子なんて他にはいなかった。
呼ばれる度に頬が熱くなって私はいつも下を向いた。でも真面目な話になるとあの人は私を名字で呼んだ。
好きやねん。
精一杯の勇気を振り絞っていった言葉は重い沈黙をつれてきた。
そしてあの人はいった。
『ありがと。でも俺は田中の気持ちには応えられん。めっちゃいい友達やねんからずっとこのままでおってや…』
私は笑った。
『そうゆうやろなって思てた』
笑ってるのに頬が濡れていた。
悲しかったのはあの人が『あいちゃん』って呼んでくれなかったこと。
たぶんもう二度と呼んでくれないだろうということ。
そして私はあの人から逃げるように東京にやってきた。
それでもまだ私の心はあの人を探している。
いつも笑いを含んでいるあの人の声が今でもはっきりと思いだせる。
あいちゃん、と呼ぶ人は東京にはいない。