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Node14.1:未完の幸福論

挿絵(By みてみん)


第四クォーター。『グランド・ハルモニア・スタジアム』は、もはや単なるスポーツの枠を完全に超越していた。そこは、人類の「不屈の意志」とシステムの「絶対的な演算」が臨界点で火花を散らす、極限のバトルフィールドと化していた。


逆転を許したアル=ナジールに対し、勢いに乗る『PENTAGRAM STARLIGHT』は、一切の容赦を捨てた「フルリンク・オールコート・プレス」を仕掛ける。

ウォッチャーは、網膜上に展開されたチェス盤を操るように、冷徹かつ完璧なタイミングで味方を配置。シルキーとアンドレが、鉄壁の「ダブルチーム」で相手のパスコースを確率的に、そして物理的に寸断していく。

データ上の勝率予測によれば、アル=ナジールの敗北確率はすでに80%を超えていた。その絶望的な「確定した未来」の濁流を、たった一人で押し留めていたのが、満身創痍のHare Show――翔太だった。


「……ハァ、ハァ……っ!まだだ……まだ、終わりじゃねえ……ッ!」


翔太の精神メンタルは、限界領域レッドゾーンを遥かに突破していた。視界の端々には警告のアラートが血のように赤く点滅し続けている。

AIによる高速演算アシストと、極限の「ゾーン」を同期させ続ける行為は、高電圧の電流で脳を直接焼き続けるような、文字通りの自傷行為だ。

NOVAが繰り出す、目にも止まらぬクロスオーバー。本来なら抜き去られているはずのタイミングで、Hare Showの身体が、物理法則を無視した「バグ」のような挙動を見せる。HARMONIAによる精神保護の介入さえも魂の咆哮で跳ね除け、彼は無理やりスライド・ディフェンスを完遂させる。

「先読み」という概念すら超越した、執念の残像。Hare Showは、NOVAの鋭いドライブを、チャージング寸前のゼロ距離で封じ込めた。

もつれ合うようにしてボールを奪い取ると、Hare Showは反転。そのままPENTAGRAMのゴール下へと猛然と斬り込んだ。

立ちはだかるのは、鉄壁の守護神アンドレだ。逃げ場のないペイントエリア、絶望的な体格差。だが、Hare Showの身体が、加速と減速を同時に行うような、不気味なほど滑らかな「揺らぎ」を見せた。

右への鋭い肩のフェイク、左への深いピボット。さらにそこから、重力を無視したような不自然な滞空時間のポンプフェイクを重ねる。

伝説のセンター、アキーム・オラジュワンが極めた足捌き――『ドリームシェイク』。

システムと極限まで同期した彼が放つそれは、もはやフェイクの域を超えていた。アンドレの網膜に投影されたHare Showの実体が幾重にも重なり、バグのようにブレる。


[Error: Object Location Ambiguous] [Calculation Failed]


「……どこを見てやがる、デカブツ!」

硬直したアンドレの脇を、Hare Showは、逆サイドへしなやかに身を翻し、放たれたボールが吸い込まれるようにリングを潜った。 スタジアムが、一瞬の静寂ののちに爆発的な歓声に包まれる。

「翔太、もうボロボロじゃない!どうしてそこまで……無茶をするの!」

遥の悲痛な叫びが、激しい熱気のこもったスタジアムに響く。だが、Hare Showは獣のような眼光を湛えたまま、不敵に笑った。その瞳の奥に明滅する青い光は、システムに制御されたものではない。システムそのものを燃料として燃焼させ、己の「熱」へと変換しているような、狂気的な輝きだった。


「……るせえ!俺が……俺がここで踏ん張らなきゃ、あいつらの……この国の連中が積み上げてきた『祈り』が、行き場を失くしちまうんだよ!」


残り一分を切った。スタジアムの熱気はデジタル処理の限界を超え、投影されたホログラムがノイズで激しく歪み始めている。

現実の汗の臭いと、オーバーヒートしたサーバーのようなオゾンの香りが混じり合う。

スコアは92対89。NOVAたち『PENTAGRAM STARLIGHT』が、三点のリードを死守している。残り時間を考えれば、その点差はアル=ナジールにとって、数字以上に重くのしかかる。

そしてその直後、Hare Showが見せたプレイは、会場にいたすべての人間――そして、誰よりもアミールの魂を根底から震わせた。


コーナーでフリーになったシルキーが、勝負を決定づける3ポイントシュートを放つ。

ボールの青い先行軌道が空中で完璧な放物線を描き、誰もが「決まった」と確信したその瞬間。ゴール下から対角線上のコーナーまで、Hare Showが地を這うような加速から、ありえない高度での跳躍を見せたのだ。

AIの演算パラメータさえも一時的にオーバーフローさせる、命を削り取った「クローズアウト」。ボールの放物線の最高到達点に達する直前、Hare Showの指先が、わずかにボールの皮を掠めた。

軌道が狂い、ボールは無情にもリングの縁に嫌われて跳ねた。

着地と同時に、Hare Showは受け身も取れずに床へと激突する。鈍い衝撃音が全方位スピーカーを通じてスタジアムに響くが、彼は止まらない。床を転がりながらも、跳ね返ったボールの行方を血走った瞳で追い、叫んだ。


「アミール!拾えぇッ!!」


アミールは、Hare Showの咆哮に弾かれたように、こぼれたリバウンドを、彼のこれまでの「計算された優雅さ」をかなぐり捨て、剥き出しの闘争心でアンドレと衝突しながら奪い取った。

アミールは、目前で肩を上下させ、壊れた機械のように荒い息を吐き続けるHare Showを見つめた。Hare Showの全身から放たれる青い光は、もはや美しい演出ではなく、深刻なシステムクラッシュ寸前の「激しい震え」となってアミールの視界をかき乱している。

だが、そのノイズはアミールにとって不快なものではなかった。これまで彼を包んでいたHARMONIAの完璧な静寂――「正解」だけが提示される孤独な世界に、土足で踏み込んでくるような、無作法で、熱く、泥臭い鼓動。一秒ごとに命を切り売りするようなHare Showのプレイが、データパケットではなく、純粋な「痛み」と「願い」として、アミールの閉ざされた心核コアへ流れ込んでくる。


(これが……バグか。計算できない、理不尽なまでの生への執着……)

アミールの瞳から、最後の一片の「冷徹さ」が剥がれ落ちた。彼の内側にあった、凍りついた使命感という名の氷床が、翔太の放つ「熱いノイズ」によって急速に融解していく。心拍数が、システムの許容範囲を軽々と超えて上昇する。


残り15秒を切った。アル=ナジールのカウンター。

アミールは、高速ドライブでNOVAを抜き去り、ボールを運ぶ。しかしゴール下は既にアンドレたちのゾーンディフェンスによって固められていた。HARMONIAの最適解によれば、この状況でのシュート成功率はわずか0.8パーセント。


だが、アミールは笑った。

3ポイントラインの外で、シュートモーションに入る。しかし、アミールは放つタイミングを、あえて一瞬だけ遅らせた。

NOVAが追いつき、その跳躍を阻止するために空へ舞う。その瞬間、アミールは自ら接触へと飛び込んだ。HARMONIAが「シュート成功率、0パーセント」へと確率を書き換えた――。


「――っ!?」

空中で、遥の体がアミールに接触し、審判のホイッスルが鳴り響く。同時に、アミールの手から放たれたボールは、0パーセント確率の向こう側で美しい放物線を描き、リングの中央に吸い込まれた。


「バスケットカウント・ワンスロー……!?」

YUTAが呆然と叫ぶ。それは、AIが導き出す「最も効率的なプレイ」では断じてなかった。相手の心理を逆手に取り、自らの体を危険に晒してファウルを誘う――あまりにも人間的で、狡猾な、泥臭いプレイ。

アミールはフリースローを確実に沈め、奇跡の「4ポイント・プレイ」を完成させ逆転。一点差とした。

残り三秒。遥はエンドラインからボールを受け取り、最後の祈りを込めて超長距離シュートを放った。ボールは時間を止めたかのような静寂の中を飛び、リングの縁を叩いた。


――ガコンッ。

無情な金属音がスタジアムに響き、ボールは非情にも外側へと跳ねた。

試合終了のブザー。92対93。NOVAたちは、敗れた



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