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Node12.2:静寂の前の予兆

中東リーグ開幕を翌日に控えた、アル=ナジールの市街。砂漠の太陽は、嵐の前の静けさを嘲笑うかのように、白銀の街並みを無慈悲なまでの光で焼き尽くしていた。

街の至る所には「明日、世界は変わる」という傲慢なキャッチコピーと共に、アミールとNOVAが対峙する巨大なホログラム広告が浮遊し、祝祭の熱狂と刺すような緊張感が、熱気となって大気を震わせていた。


「……悪い、俺、ちょっと外の空気吸ってくるわ」

昼下がり、滞在先のホテル。翔太がふらりと部屋を出ていった。いつもなら「砂漠の美女でもナンパしてくるぜ」と軽口を叩くはずの彼が、どこか落ち着かない様子で視線を泳がせていたのを、遥は見逃さなかった。


残されたメンバーは、それぞれのやり方で明日の「戦場」に備えていた。

遥はホテルのトレーニングルームで、バッシュの紐を何度も締め直していた。5×5(フルリンク)。かつてない情報密度、かつてない意識の連動が求められる極限のコート。

(……怖い。でも、それ以上にワクワクしてる。この5人なら、きっと――)

フルリンクへの不安を、未知なる戦いへの高揚が上回っていく。指先に残るボールの感触を確かめながら、彼女は静かに、だが熱く闘志を燃やしていた。


美月とシルキーは、ラウンジの隅でホログラムの戦術ボードを囲んでいた。

「サポーター(観客)の熱狂的な視線そのものが、システムへの負荷になるわ。私たちの『華』を見せつければ、演算を狂わせるノイズ(隙)を作れるはずよ」

美月の自信に満ちた言葉に、シルキーが不敵に口角を上げる。

「MIZUKIのアバターがあんなに小さいなんて、まだ信じられないけれど……あなたのパスの精度だけは本物ね。いいわ、その『華』、私が派手に咲かせてあげる」


一方、優太は自室で、中東リーグの過去の演算ログを幾度も繰り返し検証していた。しかし、その指先はわずかに震えている。

(この街の『静寂』が、どうしても気になる。完璧すぎて、まるで呼吸することさえサジェストされているようだ……)

誰もが明日を信じ、勝利を求めている。だが、その足元で巨大な何かが蠢いているような、拭い去れない違和感が、澱のように彼を支配していた。


その日の夜。ホテルのミーティングルーム。重苦しい沈黙の中、大樹(X)がメインモニターを展開した。そこに映し出されたのは、つい数時間前、アル=ナジールの市街地で発生した「惨劇」の記録映像だった。


「……昼過ぎ、データセンターへ続く幹線道路で爆破テロが発生した。ターゲットは、スタジアムへ向かっていたアル=ナジール代表チームの移動バスだ」

メンバーに戦慄が走る。

「テロ……!?そんな、だってこの国は完璧に管理されているはずじゃ……」

遥の言葉を遮るように、画面に赤い速報テロップが躍る。

『アル=ナジール代表チーム、襲撃を受ける。守護神サリム、爆発に巻き込まれ重傷。他のメンバーも負傷者多数。明日の開幕戦への出場は絶望的か――』

美月が青ざめた顔で胸を押さえた。

「これ……この前、私たちに接触してきた『解放戦線』の仕業なの?もし、あの時私たちが彼らと同期ハンドシェイクしていたら……」

「今頃、僕たちはテロリストの共犯者として、拘束を受けていたかもしれない」

優太が苦しげに付け加える。

だが、大樹だけは冷徹な瞳で、犯行現場を電光石火で制圧する治安維持部隊のログを見つめていた。

「……奇妙なのは、治安部隊の反応速度だ。爆発から制圧完了まで、わずか百二十秒。まるであらかじめ、ここで『イベント』が発生することを知っていたかのような、最適化された動きだ。……これは、本当に単なるテロなのか……?」

その時、会議室のドアが重くスライドした。

「……ただいま」

現れたのは、翔太だった。

「翔太!どこに行ってたの!?外ですごい騒ぎがあったのよ、あんた……大丈夫なの!?」

遥が駆け寄るが、翔太はその手をわずかに避けるようにして、部屋の隅のパイプ椅子に深く沈み込んだ。

「……ああ。ちょっと、遠くまで歩きすぎただけだ。……ニュース、見たよ。大変なことになってんだな」

翔太の声は、感情の起伏が完全に削ぎ落とされたかのように平坦だった。

仲間たちが口々にサリムの容体や明日の試合の行方を案じる中、彼はただ一人、モニターに映し出されたアミールの「絶望に歪む表情」を、食い入るように見つめ続けていた。

「翔太……?本当に大丈夫?」

優太の問いかけにも、翔太は答えない。ただ、膝の上で握りしめた拳が、骨が浮き出るほどに震えていた。

「悪い。……今日はもう寝る。……明日の朝には、全部、決まっているだろ」

それだけ言い残すと、彼は一度も遥たちの目を見ることなく、幽霊のような足取りで部屋を出ていった。

残されたメンバーの間に、言葉にできない不穏な予感が広がっていく。解放軍への加担を免れた安堵。サリムを襲った悲劇。大樹が抱く、治安部隊への疑念。


窓の外、完璧な秩序を維持し続けるアル=ナジールの夜景。その輝きの裏側で、歯車が狂い始めたことに、まだ誰も気づいていなかった。



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