モテすぎる彼女と言いだせない僕
わたしが長く物語を書いてきて思うのは、人の “恋の迷い “ほど始末の悪いものはないということだ。迷う者は勝手に期待し、勝手に落ち込み、勝手に物語を作り上げる。
昔の彼女もそうだった。あの娘は、周囲の男たちが勝手に抱く理想像に囲まれ、本人はただ静かに生きたいだけなのに、気づけば恋の渦の中心に立たされていた。
現代にも似た娘がいる。わたしは少し同情しつつ、同時に「まあ、うまく斬り捨てなさい」と肩をすくめたくもなる。男たちの熱に巻き込まれぬよう、しなやかに、軽やかに。昔の彼女のように、そして彼女とは違う強さで。
***
美琴と初めて会ったのは、大学の新歓コンパだった。その場にいた誰もが息を呑むほどの美人。ただ綺麗なだけじゃない。空気のまとい方が違う。落ち着き、余裕、そしてどこか達観した静けさ。
その夜、彼女の周りには男が群がった。だが美琴は、誰に対しても同じ距離で微笑むだけ。媚びない。焦らない。期待させない。それでいて、なぜか惹きつけられる。ああ、この人はきっと子供の頃からモテていたのだろう。そして、モテても自分を見失わないタイプだ。
僕はその瞬間から、彼女に惹かれていた。でも、その気持ちは胸の奥に押し込んだ。だって、彼女は“僕にとって、別格で高嶺の花”だったから。
*
美琴の大学生活は、ほぼ毎週のように告白されるところから始まった。サークルの先輩、ゼミの同期、他学部の男子、バイト先の社員。彼女はそのたびに、淡々と、しかし誠実に断った。
「ごめんなさい。あなたの気持ちは嬉しい。でも、私は今、誰かと恋愛する気持ちじゃないの」
その言い方がまた絶妙だった。相手を傷つけず、期待も持たせず、余計な言い訳もせず。まるで恋愛のお作法を知り尽くしているかのようだった。
断られた男たちは、なぜか彼女を恨まない。むしろ「仕方ないよな」と納得してしまう。それどころか、彼女のファンになっていく者までいた。
そんな光景を横で見ながら、僕は思った。僕が告白しても、きっと同じように断られる。いや、彼女にとって僕は“告白される対象”にすら入っていない。だから僕は、気持ちを隠すことにした。彼女のそばにいられるだけで十分だと、自分に言い聞かせて。
*
「なんでそんなにモテるのに、誰とも付き合わないの?」美琴は少し考えてから、静かに言った。
「本当はね、好きな人がいるの」え、マジか。
「なーんちゃってね。私ね、自信がないの。付き合ったら、つまんない子だって思われたら嫌なの。みんなすっごい高い理想、ハードル持っていて、それに答える自信がないの」その言葉を聞いた瞬間、胸が痛んだ。それって美人な彼女の贅沢な悩みじゃないのか?
待てよ、僕も彼女の外見と同じように彼女の内面、性格も高い理想を期待してはないだろうか。勝手に好きになって、勝手に期待して、けれど深く付き合うとがっかりする?いやいや、そんなことあるわけないよ。
「でも、断るのって疲れない?」
「疲れるよ。でもね、曖昧にして相手を迷わせる方がもっと嫌なの。だから私はバサッと切るの。潔くね」
その言い方があまりに爽快で、僕は笑った。でも心の奥では、こう思っていた。僕も告ったら、バサッと切られるんだろうな。
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「あなたは素敵。でも、ごめんなさい。好きにはなれないの」
「あなたの優しさは好き。でも、私たち合わないと思うの」
「泣くほど好きになってくれてありがとう。でも、私のタイプじゃないの」
みんな、潔く散っていく。僕は、散る勇気すらない。
*
「強く見えるだけだよ。 私だって、本当は誰かに甘えたいし、頼りたいし、恋もしたい。彼氏ほしいよ。でもね、この人なら私のことありのまま受け入れてくれそうな人がいないのよ」僕ならありのままの美琴を受け入れるよって、言いたかった。僕は、彼女に選ばれたいと思っている。でも、選ばれない未来が怖くて、気持ちを隠している。
*
「もしさ、本当に好きな人ができたら、どうするの?」
「そのときはね、逃げないよ。ちゃんと向き合う」その笑顔は柔らかくて、優しかった。僕じゃないんだろうな。でも、彼女が幸せならそれでいい。そう思った瞬間、胸の奥で何かが静かに落ち着いた。
美琴は今日も、誰かの告白を断っているかもしれない。でも彼女は冷たいわけじゃない。むしろ誰よりも誠実だ。そんな彼女を、僕は静かに好きでいる。伝えないまま、好きでいる。
***
そもそも、男というものは自分の 恋心の物語化 が好きすぎるのだ。
光の君も例外ではない。彼女が庭に立ち、風に髪を払っただけで、
「この世に、これほど絵になる娘がいたか」と息を呑んだ。だがその感激は、彼女本人よりも、自分の美意識に酔っただけのこと。男というものは、往々にして“自分の感動”を相手の魅力と取り違える。さらに困ったことに、彼女の周囲には、光の君以外にも“勝手に盛り上がる男たち”が列をなした。
「この娘こそ理想の姫君」
「彼女の沈黙こそ高貴」
どれもこれも、彼女の実像とは関係がない。彼女は、ただ静かに暮らしたいだけだったのに、周囲の男たちが勝手に理想像を積み上げ、勝手に燃え上がり、勝手に失望していった。彼女が本当に望んでいたのは、誰かの理想像ではなく、ひとりの人間として扱われる日常だった。
だからこそ、わたしは現代の娘にも言いたい。期待に応える必要などない。近くにいる心優しい「僕」に早く気づいてあげなさい。
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