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転生人語 ー紫の語りー  作者: 岩田 ヒロ
末摘花(すえつむはな)

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外見よりも確かなもの

 わたしは昔から、人の外見というものを信用していない。美しい顔は時が経てば翳るし、評判の悪い容姿も、心の在りようひとつで光を帯びる。けれど世の人々は、どうしても外側ばかりを見たがる。


 ある女性のことを思い出すたび、わたしは苦笑する。彼女は人に揶揄されるほど外見を笑われたが、心は誰よりも澄んでいた。にもかかわらず、世間は彼女の内側を見ようとしなかった。


 そんな中、ただ一人、光の君だけは彼女の外見について一言も触れなかった。優しさというより、美意識の問題だ。外見を気にしないで、優しく接することが出来るのは、時に最も強い愛情になる。


 今回の「僕」の物語にも、その沈黙の美学がある。わたしはそこに少し期待している。


 ***


 彼女と初めて会った日のことを、僕は今でもよく覚えている。会社の研修で地方支社を訪れたとき、案内役として現れたのが彼女だった。背は少し低く、髪は肩に届くか届かないかの長さで、前髪が少し不揃いに見えた。派手さはまったくない。むしろ地味で、どこにでもいそうな人だった。けれど、彼女が僕に向けて「遠いところをありがとうございます」と言ったとき、その声の柔らかさに、僕はなぜか胸の奥が少しだけ温かくなった。


 研修は三日間。彼女はずっと僕たちのサポート役として動いてくれた。資料の準備、会議室の段取り、食事の手配。どれも丁寧で、過不足がなく、気配りが行き届いていた。ただ、周りの同僚たちは彼女に対してどこか距離を置いているように見えた。悪意ではない。けれど、彼女が話しかけても、返事はどこか事務的で、必要最低限。僕はその空気が少し気になった。


 二日目の夜、懇親会が終わったあと、ホテルまでの帰り道を歩いていると、彼女が少し離れたところで僕たちを見送っていた。

「今日もありがとうございました」

 そう言う彼女に、僕は自然と声をかけていた。


「いつも丁寧だね。助かるよ」彼女は一瞬驚いたように目を丸くし、それから少し照れたように笑った。

「いえ、そんな……。私、要領が悪いので、丁寧にするしかできなくて」その言葉を聞いた瞬間、僕はなぜか胸が少し痛んだ。誰かにそう言われてきたのだろうか。丁寧であることは、欠点なんかじゃないのに。


 翌日、研修が終わり、僕たちは東京へ戻ることになった。最後の挨拶のとき、彼女は少しだけ寂しそうな顔をした。

「お疲れさまでした」その言葉が妙に心に残った。


 東京に戻ってからも、彼女のことを思い出すことがあった。派手さはない。華やかさもない。けれど、彼女の声や仕草は、なぜか僕の記憶の中で静かに光っていた。そんなある日、支社の担当者からメールが届いた。業務連携の件で、再度打ち合わせをしたいという。僕はすぐに了承し、再び彼女のいる支社へ向かった。


 再会した彼女は、以前と変わらず控えめで、丁寧で、そして少し照れたように笑った。

「あ、ご無沙汰してます。また来てくださったんですね」その言葉に、僕はなぜか胸が熱くなった。


 打ち合わせのあと、彼女と少しだけ話す時間があった。支社の休憩室で、コーヒーを飲みながら、彼女はぽつりと話した。

「私、あまり人に好かれるタイプじゃないんです。地味だし、話も上手じゃないし……。だから、こうして声をかけてもらえて嬉しいです」僕はその言葉に、少しだけ怒りに似た感情を覚えた。誰がそんなことを言ったのだろう。誰が彼女にそんなふうに思わせたのだろう。


「そんなことないよ。僕は支店で君のような知り合いがいるだけで安心するよ」僕がそう言うと、彼女は驚いたように目を見開き、それからゆっくりと俯いた。

「……ありがとうございます」


 その日を境に、僕たちは時々連絡を取り合うようになった。仕事の相談、日常のちょっとした出来事、好きな音楽の話。彼女のメッセージはいつも丁寧で、言葉を選びながら送られてくる感じがした。


 ある日、彼女がこんなことを言った。

「私、鏡を見るのが苦手なんです。自分の顔が好きじゃなくて」僕はその言葉を読んで、しばらくスマホを握ったまま動けなかった。


 彼女は自分の容姿に強いコンプレックスを持っていた。周りの人が彼女に距離を置いていた理由が、なんとなく分かった気がした。けれど、僕は彼女の容姿について何か言う気にはまったくならなかった。むしろ、言ってはいけないと思った。彼女が傷つくようなことは、絶対に言いたくなかった。


 僕は彼女の声が好きだった。

 彼女の仕草が好きだった。

 彼女の丁寧さが好きだった。

 そして何より、彼女が人を大切にしようとする姿勢が好きだった。


 周りの同僚は、僕が彼女と連絡を取っていることを知ると、不思議そうな顔をした。

「なんであの子なの?」

「もっと他にいるだろ」そんな言葉を言われたこともある。僕は笑ってごまかした。彼らには分からないだろう。彼女の良さは、外見とはまったく別のところにあるのだ。


 ある日、彼女が僕にメッセージを送ってくれた。

「私、誰かに大事にされたことって、あまりなくて……。だから、あなたが優しくしてくれるのが、時々怖くなるんです」僕はその言葉を読んで、胸が締めつけられるような気持ちになった。

「怖くないよ。僕はただ、君を大事にしたいだけだよ」そう返すと、彼女はしばらくしてから短いメッセージを送ってきた。

「嬉しいです」


 季節が変わり、支社との合同プロジェクトが始まった。彼女と会う機会が増えた。彼女は相変わらず控えめで、丁寧で、そして少し照れたように笑った。僕はそんな彼女を見るたびに、胸の奥が静かに温かくなるのを感じた。


 ある日、仕事が終わったあと、彼女と駅まで歩いた。夕暮れの光が彼女の横顔を照らしていた。

「私、あなたと話すと、自分が少しだけ好きになれる気がするんです」その言葉を聞いた瞬間、僕は彼女の手を取りたい衝動に駆られた。けれど、彼女を驚かせたくなくて、そっと言葉だけを返した。

「僕も、君と話すと、優しくなれる気がするよ」


 彼女はゆっくりと笑った。その笑顔は、派手ではない。華やかでもない。けれど、僕にとっては、世界で一番優しい笑顔だった。


 周りの人は、僕が彼女を大事にする理由を理解できないかもしれない。

「何か下心あるんじゃないの」とか「前世からの因縁なんじゃないか」そんな冗談めいた噂を言われたこともある。けれど、僕はそんなことをどうでもいいと思っていた。


 彼女が傷つかないように。

 彼女が自分を嫌いにならないように。

 彼女が少しでも笑えるように。

 僕はただ、それだけを願っていた。


 そして今、僕は思う。彼女の容姿について、僕は一度も言葉にしたことがない。言う必要がなかった。彼女の魅力は、そんな表面的なところにはまったくないのだから。


 彼女は今日も丁寧に笑う。

 その笑顔を見て、僕は静かに思う。

 ――僕は、彼女を大事にしたい。

 それだけで十分だ。


 ***


 そもそも、人の容姿というものは、他人が勝手に値踏みし、勝手に傷つけるための道具になりがちだ。だからこそ、言わないという選択は、時に最も深い思いやりになる。


 昔、ある女性がいた。彼女は人々から容姿を笑われ、陰で噂され、時に哀れみすら向けられた。けれど、彼女自身はそのことを知らなかった。周囲が彼女の耳に入れなかったのではなく、ただ一人、彼女に最も近い男が、決してその話題を口にしなかったからだ。


 彼は、彼女の外見を語ることを徹底して避けた。褒めもしないし、否定もしない。ただ、彼女の声や仕草、手紙の文の丁寧さ、心の真っ直ぐさだけを見ていた。


 周りの人々は不思議がった。「なぜあの女性を大事にするのか」と。中には「前世からの因縁だ」と冗談めかして噂する者もいた。だが、彼は気にも留めなかった。


 彼にとって、彼女の美しさは世間の尺度とはまったく別の場所にあった。だからこそ、彼女は傷つかずに済んだ。彼が外見を気にしないことで、彼女は自分を嫌いにならずに生きられた。


 今回の「僕」も同じだ。周りがどう言おうと、彼は彼女の声や仕草や丁寧さを、美しいと感じた。人の心がどこに惹かれるかなんて、他人が決めることではない。


 外見ではなく、内面の美しさを気づいてくれたことは、最も強い愛情のかたちで、彼女をしあわせにする。


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