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僕たちにはエラがない  作者: あめのすけ
僕たちは、まだ途中にいる
3/7

2、窓に降る雨と君

ポツ、ポツ、ポツ。


雨粒が窓ガラスにあたり、筋を描きながら水の膜を作る。

僕は顔を上げて、それを見ていた。


店内のざわめきに混じって、氷の当たる音が小さく鳴る。


あっという間に、雨脚は強くなる。


「ほら、雨強くなったじゃない」

「そうだね」

「だから早く帰ろうって言ったのよ」


向かいの席に座る彼女も、顔を上げて窓の外を見た。


テーブルの上には、半分ほど減ったドリンクバーのグラスがふたつ。

ストローが、かすかに揺れている。


「ネットの天気予報見た?」

「さっき、夜まで上がらないらしいって言ったわよね?」

「えっ?」

「……ほら、聞いてない」


彼女は目を細める。


「本当にあんたは、本を読み出すと人の話を聞かないんだから」

「それは、お互いさまでしょ?」


僕が彼女の手元の文庫本を見る。


「わっ、私は聞いてるわよ」

「本当に?」

「なによ。今はそんな話じゃないでしょ? まったく」


小さくため息を吐いた彼女は、アイスティーに口をつける。

氷が、カランと鳴った。


「ごめんね」

「いいわよ、別に。本も読みたかったし」


彼女が黙ったので、僕は窓の外に目を戻す。


雨が窓に張った膜で、外の光景はぼやけている。


信号機の色も。

止まっている車も。

歩道を行き交うカラフルな傘も。


輪郭がじんわりと曖昧になって、すべての物の形があやふやになっている。


行き交う傘が、水族館の魚みたいだ。


背後では、食器の触れ合う音と、誰かの笑い声が重なる。


テーブルに頬杖をつきながら、ぼんやりと、窓枠に切り取られたその光景を見ていた。


だけどもしかしたら、あちらから見れば、僕たちの方が、底でじっとしている魚みたいに見えるかもしれない。


僕は、ふふっと笑う。


「なにがおかしいのよ」

「いや、窓の外が滲んで見えるでしょ?」

「そりゃあ、そうよ。だって、ガラスに水の膜ができているんだから」

「だからさ。カラフルな傘が滲んで水族館の魚みたいだなって」

「窓枠が水槽の枠ってことね」

「そう」


僕が短くうなずく。

彼女はチラッと僕を見た。


「それが、面白かったってわけ?」

「いや、もしかしたら、あちら側から見たら、僕たちの方が、水槽の底の魚みたいに見えるのかなって」

「それのどこが面白いのよ」


彼女が頬を膨らませる。


「面白いじゃないか?」

「そもそも、外を歩いている人たちにはそんなふうに見えないわよ」


彼女がまた、文庫本に目を向ける。


「なんで?」


僕が首をかしげる。

彼女は本を持ったまま、上目使いで僕を睨む。


「アホね」


彼女はしおりを文庫本に挟んで、それをテーブルに置いた。

それから、アイスティーの入ったグラスを手に持つ。


「このグラスのアイスティーを見てどう思う?」

「えっと……まだある?」

「あんたはそうよね」

「どういうこと?」

「人によっては、『もうこれしかない』って思うのよ」

「ああ、なるほど」


僕はうなずく。


「見る角度で文字が変わる筆文字みたいだね」

「違うわよ」

「なんで?」


彼女は少しだけグラスを見つめる。


「……そういうのじゃなくて」


小さく言って、指先でグラスの縁をなぞった。


「うまく言えないけど」


一瞬だけ言葉を探すみたいに視線が揺れる。


「……まあ、いいわ」


息を吐いて、グラスをテーブルに戻した。

文庫本を手に取って読み始める。


「でも、あんたの感性は面白いと思うわ」

「そう?」

「おかしいけどね」

「おかしいって」

「そうでしょ?」


彼女がまた、ちらっと僕を見る。


「でも、ちょっとだけうらやましい」


彼女はそう小さく言って、本を読み始めた。


「あのさ」

「慰めはいらないわよ」

「そうじゃなくて」

「いいから、あんたも本を読んで、本が進まないわ」

「わかったよ」


僕はひと口メロンソーダを飲んだ後で、本を手に取った。


しおりを挟んであるページを開くと、大きく息を吸い込んで、本の世界に潜る。

活字を追っているうちに、気づけばその世界に入り込んでいた。


しばらくして、顔を上げる。

気づけば、グラスの氷はほとんど溶けていた。

向かいの席の彼女は本を脇に置いて、テーブルに頬杖をつきながら窓の外を睨んでいる。


「どうかした?」

「まったくやまないわ」

「そうだね」

「開き直るんじゃないわよ」


彼女は、外を睨んだ目のままで僕を見る。


「僕は一緒にいられる時間が長くなるから、うれしいけど?」


僕が首をかしげる。

彼女は、口をパクパクとして目を見開いた。


「なっ、何言ってんの? バカじゃないの?」


彼女は頬を少し赤くした後で、テーブルの脇に立てかけてあったメニューをひったくるとそれで顔を隠した。


「お腹すいたから何か食べる」


メニューの向こうから小さな声が聞こえる。


「そうだね」


僕はうなずいた。


パラ、パラ、パラ。


店内のざわめきも、少し遠くに聞こえる。

窓の外の雨は、まだやむ気配がない。

僕はメニューの上から少しはみ出している、赤くなった耳を見て、また少し笑った。


読んでいただき、ありがとうございました。


短い話ですが、

どこか一つでも引っかかるものがあれば嬉しいです。


よければブックマークや評価をいただけると励みになります。


他の話も、言葉や景色が少しずつ繋がっています。

気が向いたときにでも、覗いてみてください。

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