表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

少女は復讐のマッチを放つ

作者: K子
掲載日:2026/03/06

 雪の降る大晦日、少女はマッチを持って大通りにいた。

 それは、街で一番大きな“オーブン”に火を入れるための、少女が用意した地獄の種火。


「マッチはいりませんか……」


 大通り沿いにそびえたつ、豪邸の窓から響く笑い声が、少女のかすれた声をかき消す。

 屋敷の主は、慈善家として街では名が通っていた。

 しかし裏では人の命や生活が壊れていく様子を肴に、ワインを飲むような男。

 マッチを売る少女に、寒ければそのマッチで自分に火をつけたらいいと嗤ったのを、

 一日たりとも少女は忘れたことはなかった。


 少女は震える指で、一本目のマッチを擦った。

 シュッ、という乾いた音が闇に響き、小さなオレンジ色の炎が踊る。


 その小さな光の中に浮かぶ”幻”を、少女は見た。

 今頃、仲間たちは手筈どおりに動いているはずだ。


 街一番の資産家の屋敷の厨房。

 メイドが、オーブンに何かを押し込んでいる。

 メイドの目は笑っていない。

 押し込まれたものは、七面鳥ではない。

 油を染み込ませた大量の古布を詰め込み、温度設定のツマミを力任せに引き抜いた。

 一度火が付けばもう、熱を止める術はない。


 最後に暖炉に火を入れたあと、メイドが窓の外を見て、小さく頷く。

 少女は満足げに微笑み、息を吹きかけてマッチを消した。


 少女は二本目のマッチに火を灯す。

 闇を切り裂く小さな光の中に、少女の瞳はまた別の”幻”を捉えた。


 庭園の暗がりに潜む、一人の男。

 屋敷の広大な庭を管理していた庭師だ。

 彼は今、剪定バサミではなく重い鉄槌を手にしていた。

 男は冷徹な手つきで、屋敷の正面玄関と非常用の裏口の鍵を叩き潰していく。

 内側からも外側からも開かなくなった屋敷は、逃げ場のない檻へと変わった。


 屋敷の大広間。

 忙しなく動き回る給仕が、祝杯用のボトルを運んでいる。

 だが中身は、芳醇な赤ワインではない。

 重厚なベルベットのカーテンの裾や豪華な絨毯に、無色透明の液体を撒いていく。

 まるで聖水を撒くかのような敬虔な仕草で。

 給仕の口元が、歪な形に吊り上がるのを少女は静かに見ていた。


 少女は二本目の火を吹き消す。

 消えた後の匂いが心地よく感じられた。


「暑い! 誰だ、暖炉をこんなに焚いているのは! 窓を開けろ!」


 屋敷の二階、ひときわ豪華な窓が乱暴に開かれた。

 顔を真っ赤に上気させ、首元を緩めた資産家の男が身を乗り出している。


「おい、そこの薄汚いガキ! 何を笑っていやがる!」


 傲慢な瞳が、屋敷の入り口に立つ少女を捉えた。

 少女は黙ってゆっくりと、最後のマッチを擦った。

 シュッ――

 闇を照らす鮮烈な火花。

 少女はマッチを高く掲げ、男の瞳をじっと見つめ返した。


「これが最後のマッチ」


 少女の口角が、緩やかに上がる。

 彼女の足元に這う一本の”黒い紐”。

 仲間たちが屋敷の中から外まで密かに繋いだ導火線。

 火は蛇のように地を駆け、屋敷の中へと吸い込まれていく。

 数秒の静寂。

 次の瞬間、ゴォッという重低音を響かせ、豪邸は巨大なオーブンへと変貌した。


「な、なんだ!?」


 屋敷はオーブンから燃え広がり、カーテンや絨毯を這い、炎に飲み込まれていく。


「扉が開かない! 窓も熱くて触れ……ぎゃあああああ!」


 男の悲鳴は、建材が崩れる音にかき消された。

 黙って炎を見つめる少女の背後から、庭師、メイド、給仕が近寄っていく。

 かつて屋敷の男に全てを奪われ、凍える夜を過ごした者たちが、

 少女の隣で赤々と燃える炎を見つめていた。


 轟々と燃える屋敷から放たれる熱気が、雪を溶かし、彼女たちの頬を赤く染める。

 少女は汚れたエプロンを脱ぎ、仲間に差し出された厚手のコートを羽織った。


「……火って暖かいわね」


 母の尊厳を奪い、父の人生を狂わせた男の最期を、少女は笑みを浮かべることなく見つめていた。


「もうマッチはいらないわ」


 マッチの箱をその場に放り投げると、少女は屋敷に背を向けて歩き出した。

 仲間たちも、それぞれ別の方向へと散り散りに歩き出す。

 街一番の金持ちで、贅と悪の限りを尽くした男のことを、もう二度と振り返ることはなかった。


ご一読いただきありがとうございます。

誰もが知るマッチ売りの少女を、「もしも少女が復讐するとしたら」という視点で再構築してみました。

短いお話ですが、最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。

感想などいただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ