お迎えさん 〜最後にゾッとする怖い話〜
「ヤダヤダっもっと遊びたい!」
「え~いいのかな~、今日の夜ご飯ハンバーグなんだけどな~」
「ハンバーグ!? やったやった! お母さん、早くお家帰ろ!」
お母さんと手を繋ぎ、空いた方の手を元気に降って帰る女の子。
私も負けずに手を笑顔で振り返す。
「センセイ、バイバーイ!」と揃って言う子供たちは、日々の疲れの癒しになるのだ。はあ尊し子供ら……せめておもちゃの片付けはしてくだせえ。
私は先月から保育園士に務めることになったピッチピチな28歳、彼氏募集中のイケ女である。
保育園のお迎えは親御さんの仕事の事情で、午後六時を過ぎる事も珍しいことじゃない。
お母さんお父さんを待ち侘びる子供らに必死に昼寝をさせたり、たたかいごっこという名の私フルボッコ遊びをしたり、泣いちゃいそうな子をあやしたり……それはもう忙しいったら忙しい。
子供たち、そろそろ手加減というものを覚えようか?
大の大人が大声で泣きわめいたらどうするんだい?
「ねえセンセイー、お迎えまだー?」
私の裾を引っ張る天使が一人。おめめをうるうるにするわけでも無く、かまって欲しいアピールをする女の子、エミちゃんだ。
「んーそろそろかなぁ? ね、エミちゃん、暇つぶしに先生とおままごとしようよ!」
「…………はあ」
と思いっきりため息を付き、小さな背中を向けてひとつでお絵描きを始めた。
この子、いつもこんな感じでマセているのだ。
構って欲しいくせして、私は一人で遊べますと言わんばかりな態度を取る、そんなお年頃らしい。
エミちゃん、ため息付きたいのはこっちだよ。てか泣いちゃうよ。
大人はね、着飾ってるだけで心はよわよわなの。
「先生、エミちゃんと遊びたいな~。一緒にお絵描きなんてどうかな~」
「……仕方ないわね、私が彼氏もいない寂しい先生と遊んであげる」
ふぐッ……な、なんて切れ味!
いやいや、エミちゃんの言葉に惑わされてはいけない。
分かってて私をからかっているだけなんだ。ひっひっふーして落ち着け私、この先ひっひっふーする事前練習をしておかなくちゃならんのだ! ……は、はは……ふぐ……
エミちゃんはお絵かき張を私に寄せて、「ここからここまでがセンセイが描いていい場所ね」と忠告を入れてくる。
分かってますよもう。
1/4くらいの範囲で、私はエミちゃんの似顔絵を描いてみる。
可愛いにっこり笑顔なエミちゃんの爆誕よ!
「エミちゃん、この子だーれだ?」
「え……ワガママでお転婆時代なセンセイ? あ、センセイは今でもお転婆さんだったわ」
誰がおばさ、あ、お転婆さんね。最近『おばさん』に良く反応するようになって来た気がする。怖いわあ。
お転婆発言なエミちゃんは、クスクスと笑いながらも、私に身体を寄せてお絵描きを続けている。
なんだかんだでエミちゃんは楽しそうにしてくれるから、私としてはとっても嬉しいことだ。
言葉と裏腹な可愛い行動も、エミちゃんらしくてたまらない。
エミちゃんと幸せタイムを堪能している時、ふとドア先から視線を感じる。
顔をあげると、なんてことは無い、わが子を見守る微笑みを浮かべた親御さんだ。
迎えに来た親御さんは、すぐ子供たちを連れてゆく事もなく、少しの時間遊ばせてあげることもある。
今いいところだから! と声を上げて遊びまくる子供たちを、親子同士で世間話しながら待つのだ。
実際に、何人かの親御さんは今だ遊び呆ける子供たちを気長に待っている。
ただなあ、もう4時過ぎなんだから、帰らせてあげましょうよ。
主に私が疲れちゃうのでねえ。
「みんな、よく家に帰らずに遊んでるわよね。私だったら今すぐこの場から走り出してお母さんに飛びつくのに」
頬を膨らましながらそう言うエミちゃん。握ったクレヨンをグルグルと豪快にお絵かき張に殴り描きしている。
「いいの? エミちゃんもう少し私と遊びたいんじゃない?」
「そんな訳ないでしょ。調子乗らないで」
生意気なエミちゃんも可愛いなあ。相も変わらず私にピッタリくっ付いて何言ってるんだかあ。
そんでもって、騒ぎに騒いだ子供ボーイズや、おままごとグループの子供たちがいい子にっ帰って行く。
時間が過ぎるのはあっという間だ。
時計の針は一周し、五時半を過ぎようとしていた。
待ち侘びる子供が、エミちゃんだけになった時まで私は気づかなかった。
「あれ? エミちゃん、お母さん来てたじゃん!」
私が視線を感じて見上げた時、エミちゃんに微笑みを向けていたあの親御さんがいたのだ。
未だに親と子の顔を結び付けられてない新人28歳の私は、エミちゃんの母親の顔を覚えていなかった故、消去法というなんとも失礼な形になってしまった。
まさかこの人がエミちゃんのお母さんだなんてね。
言ってくれればいいのに、気恥しい人なのかな。
それにエミちゃん、ずっと帰りたいとか言ってたのに……ふふっ実は私と遊んでいたかったなんて。
私の声に反応したエミちゃんは、クレヨンを握ったまま、ドアの方に顔を向けると。
「あっ! お母さんだっ!!!」
顔をパアッと明るくして駆け出して行った。
ちょいちょい、お絵描き張がほっぽりっぱだぞ、気持ちは分かるけどお片付けしないと。
私がエミちゃんに声をかけようとした。
が、その声は出ず喉につっかえて止まってしまった。
エミちゃんは微笑みをかけていた親御さんを素通りし、今来たばかりの母親に飛びついていたからだ。
素通りさせた見知らぬ人物は、エミちゃんそっちのけで私の方をまっすぐに見つめて笑っている。
そうだ、最初っからそうだったんだ。
「迎えに……来たよ……」
エミちゃんではなく、私に笑みを向けていたんだ。




