金魚すくいで君と出会った
お祭りの空気っていいよね。遠くで演奏するお囃子の音。ソースが焼けた香りとか綿あめの香りとかの美味しそうな香り。それに子供にとってはお面とか数字合わせとか誘惑がいっぱいだから、楽しそうな声がいっぱい。
みんな、楽し気で、私もあの日はウキウキしちゃっていた。
私ね、大昔、お祭りのお店の中にいたんだ。水色の平べったい水槽の中で仲間と一緒に泳いでいたんだ。
前にいた水槽よりも、とっても狭くて小さくて、それなのに仲間がひしめき合うくらいたくさんいたの。もっと広い所で泳ぎたいって仲間は言っていたわ。
更に最悪な事に何かが私たちの方にやってきて捕まえに来るの。それは二つあって柔らかい白い壁で、もう一つは網だった。
白い壁は全然、怖くなくてすぐに破れちゃう物が多かった。でもたまに壊れない壁もあって仲間がスルッとすくい上げられてしまってびっくりした。
もう一つの網は本当に脅威で確実に捕まっちゃう。
捕まった仲間はきっと二度と、ここには帰ってこないんだろうなって思った。
私はみんなより泳ぎが遅かったんだ。頑張って尾びれを振って必死に泳ぐんだけど、周りは余裕でスイスイと泳いでいく。こういうのを見るといつも悲しい気持ちになって行く。
だから気分を変えて、水の外を眺めようと思ったの。
キラキラとライトが光って綺麗だった。
たくさん並んだお面屋さんや甘い香りの綿あめ屋さん、そしてたくさんの人達。水の外は怪しくて、でも楽し気なお祭りだった。
そんな時、私は君と目があったんだ。
君は水槽をのぞき込んで私を見下ろしていた。興味津々で不思議そうな顔をして。
ずっと見ていたかったけど、私は恥ずかしくてスッと目を逸らして何も思っていない風に泳ぐふりをしていた。
「お母さん! 金魚すくい、やりたい!」
君がそう言ったのを聞いて、すぐさま君の近くに来た。
真剣な顔をして金魚たちを見ていて、白い壁を水槽に入れた。私は捕まえてほしいって思って、白い壁に向かって行った。周りは逃げているのに、逆に捕まえられるなんて変な子って思われていたかも。
そして君が入れた白い壁に私は飛び込んでいった。
「あー……、破けちゃった……」
白い壁が破れてしまって、私はスルッと通り過ぎてしまった。水の外では君が悲しい声を聞こえてきて、私も悲しくなっちゃった。
するとおじさんの声で「じゃあ、おまけであげるね」と言う声が聞こえてきた。
まだ君とお別れじゃない! と思って、私は必死に泳いで網の中に飛び込んだ。そうして小さな透明の袋の中に私は入って、君の所に来た。
君と歩いたお祭りの道はとてもワクワクした。色んなお店がいっぱいあって、見ているだけで楽しくなってきた。
遠くでお囃子が聞こえてきて、君も楽し気に笑っていて、私も楽しかった。
君のお家に着いたら、青いバケツに水を入れて私は入った。私一人だけだったけど、その方が嬉しい。みんなより私は遅いから一人でマイペースに泳げるから。
それに君が覗き込んでくれて、すごく嬉しかった。
だけど時間が経つにつれて、私の体調が悪くなった。何だか病気になっちゃったみたいで、泳ぐのが辛くなってきちゃった。
私の異変にすぐに君も気が付いて、すぐにお母さんに伝えに言っていたね。でもお母さんもどうしたらいいか分からなくて……。
うまく泳げなくなってバケツの底に行けなくなって、どんどんと水の上の方に体が上がってきてしまう。
もっと元気に泳ぎたかったし、君が覗き込む顔を見たかった。
これから死んじゃうのかな? って思うと悲しくなってきちゃった。
そして次に生まれる時も金魚だったら、また君の傍にいたいなって思った。あの日のお祭りみたいに、透明な袋に入れてもらって出店やお囃子を見たりしたかった。
そう思って私は死んじゃった。
ごめんね、すごく悲しい話をしちゃったね。
でも夢は叶ったよ。こうして、あの日みたいに君と一緒にお祭りを見て回ってすごく楽しかった。
一緒にお祭りを見てくれてありがとう。
***
早めに仕事が終わって家路に就くと、近くでお祭りをやっていた。マンションの回覧板やネットにも情報が無かったので、ちょっと不思議だった。
でも行ってみると昔、行った時の懐かしさを感じた。祭りって独特な雰囲気があって、大人でも楽しいって思える。
とりあえず夜食に食べるお好み焼きか焼きそばを買って行こうかな? って思っていると金魚すくいがあった。
金魚すくいは、苦手だ。一回やって金魚を飼おうとしたけど、次の日には亡くなってしまって悲しくなっ た。大人になって調べてみると、金魚すくいの水槽にいる金魚たちは病気だったりしてみんな弱っているらしい。
だけど死なせてしまって可哀そうな事をしてしまった。
真っ黒な出目金の子。
他の真っ赤な金魚より、ちょっと遅く泳いでいるのに、なぜか外を眺めていた子。出目金なのでクリクリの大きな目が合うとスイッと逃げてしまった。
ポイで捕まえられずおじさんに捕まえてもらったんだけど、あの子は自分で飛び込んでいてちょっと面白かった。
透明な袋に入れてもらって一緒にお祭りを見て回った時、楽しかった。
不意に何となく金魚すくいの水槽から視線を感じた。俺が水槽の中を覗き込むと、出目金と目があった。だけどすぐに逸らされて何でもないように泳いでいった。
ちょっと懐かしい気持ちになって、金魚すくいをやりたくなった。
そして
そこから記憶が無くなってしまった。お酒も飲んでいないのに……。狐にでも化かされたのだろうか?
だけど誰かと楽しくお話しして、お祭りを楽しんでいた気がする。
気が付いた時にはお祭りの出口にいた。そして手には金魚が入っている透明な袋が入っている。中には真っ黒な出目金。目が合うとすぐに逸らしちゃう。
今度は死なせないようにしよう。
そう思って俺はこの子と一緒に帰って行った。