第7話 影武者に仕立てられた理由
クラリスさんの眼差しからあたたかさを感じるようになった頃、『大切な話がある』と硬い表情で言われた。なんとなく信頼されたように感じて嬉しさ半分、だけどひどく真剣な表情がとても気になった。
思わず居ずまいを正して聞くと、困惑する言葉を耳にした。
「王妃陛下は懐妊されています。これが影武者を立てた理由です」
…懐妊って、え?白い結婚ではなかったということだよね?影武者を立てるのって…あれかな?安定期に入るまでとか、無事に出産するまでとか、そんな理由だった?
「それは、おめでたいことですね」
なんだ、そうなんだ。お二人はちゃんと夫婦だったんだな。今まで影武者になる理由は聞けなかったけど、これならすぐにお役御免になりそうなんて考えていると、クラリスさんの表情がますます硬くなっている。
「……国王陛下のお子ではありません」
「………は?」
「お腹のお子は国王陛下のお子ではありません」
「………」
聞き捨てならない言葉を耳にして、頭が理解を拒んだ。───『コクオウヘイカノオコデハナイ』。何か異国の言葉だろうか。
シリルが心配そうに足元にすり寄ってきて、ベルヴァルドも膝に乗ってきてくれる。2匹の優しさに自分の手が震えていることに初めて気づいた。
「わたし…は…王様への裏切りに…加担している、ということですか?」
改めて言葉にすると、なんて恐ろしいことなのだろう。
「王妃陛下は退下されることになりましょう。ただ、それは今ではない───だからこそ、セリナ様が必要でした」
国王様夫妻は政略結婚……王妃様には他に想う方がいらっしゃったということだろう。でも、王様もきっとそれは同じだ。
白い結婚でなければ、すぐに分かることがなかった“不義の子”。実際は懐妊した時点で王様のお子ではないのが明白。露見すればスキャンダルどころの話ではない。
「……白い結婚でなかったら、隠し通すおつもりだったのですか?」
だとしたら、王妃様のことを許す気になれない。ご自分だけが耐えていると思ったら大間違いだ。王様の笑いかけた表情が頭をよぎった。
「それは無理でしょう。お生まれになったら、“魔石の儀”がございますから」
「“魔石の儀”?」
クラリスさんはこくりと頷いた。
“魔石の儀”とは王家に伝わる聖なる儀式なのだという。生後30日を迎えた赤子に魔石を触れさせ、光れば正統な血筋、光らなければ王の子ではない証明になるという。
そんな儀式があるなんて、過去に何かあったのだろうな。実際にいま起きているし。
「だから、懐妊自体を隠さなければいけないのですね」
クラリスさんはわずかだが複雑な表情を浮かべている。本当は不本意だったのだろうと思う。
あの王様は最初こそ白い結婚だけど、時間をかけてきちんと夫婦になるつもりだったのではないだろうか。きっと王妃様を慮って。クラリスさんもたぶんそれを分かっている。
「国王陛下には近々真実をお伝えするつもりです。セリナ様には今しばらくお役目に励んでくださいますよう、よろしくお願い申し上げます」
深々と腰を折るクラリスさんにわたしは何も言えなかった。
「なんってものに巻き込まれたんだ…」
「わん」
「にゃー」
クラリスさんが立ち去ったあと、ふかふか絨毯が敷いてある床に座り込んで(←クラリスさんにバレたら怒られる)、右腕でシリルの首にしがみつき、左腕にはベルヴァルドを抱き抱えている。もふもふは癒しになるから…。2匹とも嫌がらずにされるがままなところは本当に優しい。
「何か事情があるんだろうと思って、理由を聞かずに引き受けた結果が王様を騙してるなんて、思わないよねぇ!?」
犬吸い・猫吸いを交互にしながら、愚痴がこぼれる。正直言って吐き出さないとやってられない。
「クラリスさんはああ言ったけど、まさか出産して何食わぬ顔で王妃に戻るなんてことないよね?」
だとしたら許せないけど……そうすると、クラリスさんも許さない気がするな。うん、きっと大丈夫だ。
わたしはわたしでやれることをやるしかない。王家のスキャンダルとならないように頑張って“影武者業”をやるのみだ。
決意を新たにシリルとベルヴァルドをたっぷり堪能した。
シリル: 「セリナ、えらすぎ……っ!!王妃様の“おっきい秘密”を聞いても、ちゃんと真面目に悩んで…すごいよ…」
(膝すり寄り指数:最大値更新)
「靴にびっくり感情が入りすぎた……でも大丈夫、ボクが全部、靴の匂いで消化するよ!」
ベルヴァルド:「あれは記録じゃない、“情報衝撃反応”じゃった。クラリス殿の言葉、ふるえるほど硬かったぞ……セリナが犬吸い・猫吸い交互にやってくれたの、実は“精神安定対応術”からの? 正しい反応じゃ。もふログに記録したぞ。あと“影武者業”という呼び方、かっよすぎじゃ!! 称号にしたいのう!」