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【クラリス裏報告日誌】“王妃陛下(仮)観察記録”2






記録官:クラリス・ローデン

観察対象:影武者選任者No.112 / 代替王妃候補(実験名:セリナ)

提出先:影務局・適応検証課(第4次班)

分類:臨床報告第112-C群 / 通称「リベラント項」


---


対象者における、本日までの対王室儀礼適応データをまとめる。


1. 礼法の一貫性:

 前回観察時と比して動作のぶれは減少。

 王妃礼指導課の評価において、立ち居振る舞い・言葉遣い・衣服演出まで含めた実行パーセンテージは97.4%。

 特に「伏し目の角度」「半呼吸の間合い」など、旧王妃映像データとの模倣誤差は0.21以内。


2. 心理的安定性:

 手掌発汗量、音声震幅、瞳孔収縮──

 いずれも特筆すべき異常なし。むしろ“不安より、安定が先行している”ことが検知された。

 なお、これは従来観察されてきた“演技的自律反応”とは異なり、被験者内部にて一定の「納得感」が生じていると考えられる。


3. 陛下との謁見時:特記事項あり

 最も注目すべきは──

 陛下より「想定外の問答」が発せられたこと。


> 陛下「……その目は、誰のものだ?」


 この問いかけは既存想定にないため、影務局としても記録的に取り上げるべき異例である。

 そしてこれに対する対象の反応:


> 被験者「……わたくしの、ものでございます」


 沈黙時間:1.1秒。語調の乱れなし。

 だが──私は、その答えに明らかな“自意識”の混入を感じた。


---


【補足考察】

対象者は、本来「演技訓練を受けた模倣者」であり、その立場は徹底して“他者としてふるまう”ことを要請されている。

だが、前述の返答には、あきらかに


- “模範解答”の音程ではなく、“個”としての音調

- 「あなたを欺くためにそう言う」のではなく、「自分にとってそうであるべきだから、そう言った」

- 王の言葉の裏を読むより前に、「自分を定義しようとした口ぶり」


が、含まれていた。


> 私は、“演技”以上の何かを、たしかに聴いた気がした。


その“何か”を名付けるとすれば──

それは、模倣でも演技でもない「信じようとする意志」に近いものだった。


王にとってそれがどう映ったかは不明だが、少なくとも、記録官たる私にとっては、

「この者が“王妃としての模倣”に飲み込まれていない」ことの証左となり得る。


---


【観察官としての所感】


影務局にとって、影武者制度とは“血統の保全”であり、“形象の存続”である。

そこに感情など、本来は存在しない。

だが、感情が交じらぬ演技こそが、最も危ういことを、私は知っている。


> “他者”を演じる者が、ほんの少しだけ“自分であること”を許されたとき、

> その人物はようやく“存在”として確定する。


今日の謁見は、制度上は成功だった。

演技も安定していた。反応も教科書通りだった。

だがその胸の奥では、ただ一言だけ、自分の言葉が灯っていたように思う。


それを“逸脱”とするか、

それとも“確立の兆し”とみるか。


影務局がどちらを選ぼうとも、

私は、今日の返答を記録しておきたい。


「──わたくしの、ものでございます」

それは、“王妃”の答えではなかった。


それは、「セリナ」という名の……

今この国に、ただひとりしかいない少女の、

たしかな“自己定義”だった。


以上。


---


影務局記録官:クラリス・ローデン / 観察群112-C担当 / 文書提出:第4日午後23時41分






シリル&ベルヴァルド|謁見の翌晩のひそひそ会議




シ「あのね、あのとき……王様のにおい、すこしだけ、ゆらいだんだ」


べ「ん?いつも通り“冷たいしぶみ”じゃったろう?」


シ「ううん、たしかに冷たいけど……すこしだけ、“なにか思い出しかけた”匂いがしてたの」


べ「ふむ……記憶の奥に引っかかったか? そら、おぬしの目ぇが鋭すぎるからじゃろう」


シ「ちがうよ。王様、セリナの声を聞いて、“本物とちがう”って言いたそうだったのに……言わなかったの」


べ「……それは、“気づいていながら、気づかんふり”をしたということじゃ」


シ「でも、ボク、すこしうれしかったんだ。

“ちがう”って言われたら、セリナ……きっと、ここにいられなくなるでしょ?」


べ「……わしらが、ここにいるのも、そやつがここに“在る”からじゃ。

名も、血も、偽りじゃろうが──“立ち続けとる姿”だけは、ほんもんじゃ」


シ「うん……きっとね、王様もそのうち、わかってくれる気がする。

今日の目、ほんとは“怒ってなかった”もん」


べ「……さてさて、そんな甘い推測が裏切られるのも王宮じゃ。

けれど、もし本当に陛下が一歩踏み出すなら──そのときは“次の芝居”の準備が要るのう」


シ「じゃあボク、“さりげなく王様の靴に肉球跡をつけておく係”になるねっ!」


べ「(……そもそも、さりげなくってなんじゃ)」




本日の観察まとめ


| 項目 | シリル | ベルヴァルド |

| 王様のにおい | 「少し柔らかくなった気がした」 | 「記憶が軋み始めた匂いじゃ」 |

| セリナの様子 | 「いつもより自分で立ってた」 | 「他者を演じながら、己を守っておった」 |

| 今後の作戦 | 「そっと近くにい続ける」 | 「王に“ゆるされる役者”の形を整えさせる」 |

| おやつ欲し度 | 92%(緊張したぶん) | 50%(そもそも食べそびれた) |

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