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第3話 王のまなざしと、影が揺れる夜






『……もうちょっと表情を整えて。そう、3度傾けて、あくまで“自然な微笑み”に見えるように』


 クラリスさんの指示が、耳の奥にこびりついている。“首の角度は7度”“笑みは3度”。料理だったらきっと焦げてる。わたしの顔面。

 でも、今日はそれどころじゃない。だって───。


 王様に呼ばれた。

 国王陛下との対話。それもこのわたくし、正式な「(本物の)王妃」として。いや、正しくは(影の袖にそっくりに仕上げてもらってる)『見た目が似ているから代わりに立っている王妃風の没落令嬢』なんですけど。


 頭の中で復習すると、王様と王妃様はご成婚から1年足らずで夫婦仲は政略結婚のため良くも悪くもない。ただ、初夜ですら形式的なものだけで実質は夫婦でないとか。それって、いわゆる『白い結婚』なのでは……。

 ───こんな重要な秘密を知って、生きて帰れるんだろうか…なんてチラッと思わなくもないけど、家族のために頑張ります!


 ふらつく脚に気合を入れて歩く謁見の間は、思っていたよりも広く、冷たく、静かだった。 足音が響かない。気配ごと飲まれていくような静謐。

 玉座の先に、王様。エルヴィン陛下──静かに、確実に、“何か”を見ていた。

 あ……これ、絶対こわい系の沈黙だよ。でも大丈夫。顔はそっくりに仕上げてもらってるのは確か。“落ち着いた淑女風”演技の特訓もした。少なくとも昨日は紅茶カップを1度も割らなかった!

 なんて自分に言い聞かせながら、お辞儀。ドレスのひだが揺れる。


「お呼びとのことで、参上いたしました。陛下」


 堂々と……したつもり。膝が震えたのは“演技の一部”ということにしてほしい。

 王様は、目を細めた。何秒か黙ったまま、わたしの顔を──いや、たぶん魂の裏側を覗きこむように見てきて──


「……その目は、誰のものだ?」


 は??


 うっかり眉がぴくっと動いた。アウト。たぶんアウト。

 内心ツッコミがフルスロットルなのに、表情だけは3度の微笑みを死守しているこの状況、ものすごくシュール。


「……わたくしの、ものでございます」


 とっさに出たその言葉。どこかの伝統人形かっていう語調。でも、下手に崩すわけにはいかない。

 王様はわずかに視線を動かした。それだけで空気が張り詰める。

 うわ~~~。これ“正解か分からないけど不正解ではない”返答だ……。でもこれ以上の正解が分からない!!


 シリルが、遠くからこっそり小さく尻尾を振った。

 ありがとう、常にわたしの味方でいてくれて。きみはわたしの正体、最初から知ってるもんね。


「王宮の暮らしに、迷いはないか?」

「……未だに学ぶことは多くございますが、クラリスより礼儀作法や心構えなど、日々手ほどきを受けております」


 言いながら、自分でも「あっ」と思った。

 今、うっかり言っちゃった。“王妃が王宮で礼法を学んでる”とか、普通だったら違和感爆発案件でしょ!!

 一瞬空気が止まったような気がした。でも王様は、ただひとこと。


「熱心だな」


 あれ……?ちょっと優しい……いや、優しいっていうか“脳内で何か照合してる”目つき……。

 白い気配が、音もなく近づいてきた。視線を落とすと──シリル。足元に、いつの間に…!わたしの足に前足をちょこんと乗せてきて、ぴとっと鼻先だけ動かした。それ、励ましなの?癒やしなの?応援?それともド根性コント的『行けっ!』なの??

 でも、心がふっとゆるんだのも確かで──わたしはそっと頭を下げ、会話はそこで締めくくられた。





「…………はああああああっっっ」


 部屋に戻って3秒、ソファに倒れ込んで叫んだ。ベルヴァルドが飛び起きて睨んできた。ごめんって。毛が逆立ってるよ。


「わたし、“わたくしのものでございます”とか言った……まじで言った……」


 セリフ思い出すだけで胃が溶けそう。でも、王様の目──あれはどこか、ただの見抜く目じゃなかった。


 ほんとは……“知ってる”んじゃないかな。でも、敢えて気づかないふりしてるのかも。それとも……本当に知らされていないまま、“騙されてる”のだろうか。

 クラリスさんは言っていた。


『王には伝えていない。あの方は“影武者とは知らずに”、日々を過ごしておられる』


 でも、それって。……残酷だよね、なんだか。

 その夜。毛玉2匹に挟まれて寝台に沈み込む私の頭に、ぐるぐるが続いていた。


  “王妃”として呼ばれ、謁見室に立って── けれど、“王妃ではない”と自分だけが知っていて──それを、王様が“どこまで知っているのか分からない”まま、問いかけを受けて──


 あ~~~~~~!!


 心のなかで再び絶叫した。たぶん寝ながら寝返りを5回うった。

 でも。あの一言が、ずっと響いていた。


『その目は、誰のものだ?』


 ……答えられなかったわけじゃない。答えたくなかったわけでもない。でも──わたし自身が、まだ分かってないだけなんだと思う。


 “偽物”に向けられたはずのまなざしが、なぜか“わたし自身”を探そうとしていたみたいで。

 ベルヴァルドの重さ。シリルの寝息。


 足元の小さなぬくもりに「おやすみ」と言われた気がして、わたしはようやく、眠りへと沈んだ。

 ほんのすこし、ほんとうの「わたし」のままで──。






シリルの感想


……ボク、あの空気きらい。ひんやりしてて、息が止まっちゃいそうだった。

でも、セリナさまは震えながらも立ってた。ちゃんと、まっすぐ王様の目を見た。

……怖かったはずなのに。


王様の目はね、ぜんぜん怒ってなかった。冷たいけど、ちゃんと“見よう”としてる目だった。

ボクは、そっと足に手を置いた。それだけで、気持ちが伝わるといいなって。


今日のセリナさま、とても、きれいだったよ。




ベルヴァルドの感想


ふむ。ようやっと“無能な夫”と初対面ってわけか。

……あ、いや。あやつ、目つきは良い。黙ってても、あれは見抜く目じゃのう。


しかしセリナ、ようやったわい。魂の裏まで見透かされかけて、ようぞ“三度の微笑み”で返せたもんじゃ。

わしなら瞬殺で毛が逆立っとる。


王が気づいとるかどうかは知らん。だが、あやつの“目だけが問いかけていた”のは確かじゃな。

わし? わしは昼寝の邪魔をされたから拗ねとる。じゃが、背中を預けられるだけの度胸は、認めてやらんこともない。




おまけ:もふたちの“謁見日チェックシート”


| セリナの勇気 | シ:「堂々としてたよ」 | べ:「まあ、及第点じゃ」 |

| 王様の印象 | シ:「こわいけど、悪い人じゃない気がする…」 | べ:「目で口ほどに語るとは、昔の軍師か」 |

| 緊張度合い | シ:足裏が汗ばむレベル… | べ:毛並み崩れとるわい! |

| 今日のもふ業務 | シ:足ぽんで励ました | べ:ソファの見守り態勢完了 |

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