第2話 笑顔の角度と礼法の地獄
一話目は結構シリアスだった気がしますf(^^;
「──その笑顔、不誠実ですわね」
鏡越しに聞こえたクラリスさんの声に、わたしは息を止めた。
ひええっ、今のもダメ!?ちゃんと口角も上げたし、視線も柔らかくしたんだけど……!
「上唇が引きすぎです。“他人を警戒している笑み”になっておりますわ」
そ、そんな分類があるの!?
わたしは微笑み界の冒険初心者だった。ノーライセンス。今この場で検定落ちそう。
「はい、もう一度。眉の角度は4度、視線は3秒間水平、そして口元には“静かな赦し”を」
赦しって、そんな角度でにじみ出せるものなの!?こっちは笑顔ひとつに内臓全部締め付けられてるんですけど!
「は、はい……!」
鏡の中で、わたしの顔がぴきぴきと引きつる。
笑うって、なんでこんなに難易度高いの。というか“王妃の微笑み”ってカテゴリ、神話時代から伝わる呪式か何かなんですか?ねぇ。
午前の稽古が終わるころには、顔の筋肉がほぼ死亡していた。が、午後の稽古はさらに上をいく死者蘇生コースであった。
「礼法の基本は、“動かないこと”。王妃陛下は“存在そのものが重心”ですのよ」
重心!?わたしは天秤か!置物か!?
「歩幅は五足分、腕は振らず、視線は乱さず、空間に香りを置くように。“香る気配の存在”としてお歩きなさい」
お香か!
“香る気配”って何!?私は気体じゃないよ!笑顔どころか意識が浮いてきたんだけど!
そのときだった。
「セリナ様、お足元……っ」
「へ? ……わ、シリルぅぅぅう!!」
白い犬型兵器が足の甲にぺたーんと伏せた。
きみ、王妃訓練中に足乗っかってきたらダメでしょ!?かわいいけど今じゃない!いや、かわいいけど!
「ワン(とびきりの笑顔)」
あああああ!困るけど、やっぱりかわいい!
「……今の視線、悪くありません」
クラリスさんの唇が微かに動く。
おおお!これはついに“合格判定”!?がんばった。わたし、ほんとがんばった!
「……みゃああぁぁあぁ〜〜〜〜」
このタイミング!?
ベルヴァルド伯爵が棚の上でタイミングばっちりの超豪快あくびをぶっ放した。それ見てクラリスさんの眉がピクリ。
こ、これはまずい展開です。追加訓練の気配がします。撤退です、撤退〜〜〜〜!
ようやく訓練が終わって、私の魂が半透明になっていたころ。シリルがすっと寄ってきて、鼻先で手のひらをつんつん。
「ありがとう……ほんとに、今日も何度くじけそうになったか……」
そして膝の上には、もはや当然のような顔で鎮座するベルヴァルド。
「……あんたね、訓練中のあのあくびはダメでしょ。なんならクラリスさんの魂、5秒くらい抜けてたからね?」
「みゃ」
「“みゃ”じゃない。ほんとに」
わたしはぐったりと椅子にもたれながら、天井を見上げた。
「……こんなことで、ほんとに王妃なんて務まるのかなあ」
ぼそりとつぶやいた言葉に、シリルがそっと尾っぽを私の手に巻きつけてきた。
「……そっか、やるしかないよね」
笑ってるようで、たぶん今にも泣きそうな自分が、そこにいた。でも、膝のもふもふと足元のぬくもりが、ちゃんと支えてくれていた。
明日も“沈黙の笑顔”の練習がある。でも今夜は、甘えて、いいよね。
【もふもふコメントコーナー:第2話】
シリル「今日も読んでくれてありがとう! セリナさま、今日も笑顔の筋肉痛と戦ってました……!」
ベルヴァルド「ふむ……ところで、おまえ。サブタイトル、ちょっと変わってたのに気づいたか?」
シリル「えっ!? 『礼法の地獄と、作り笑顔の稽古場で。』じゃなかったの?」
ベルヴァルド「正解は……『笑顔の角度と礼法の地獄』。タイトルの呼吸、壱ノ型・構成強化だ」
シリル「ひょええ〜! “仮タイトル”ってそういうことだったんだ……!」
ベルヴァルド「まあ、わしのセリフには影響ない。なぜなら、わしが本編を覚えていないからだ」
シリル「ちょ、ちょっと……!読者の前で堂々と…!」
シリル&ベルヴァルド「そんなわけで、次回も“王のまなざしと、影が揺れる夜”予定。お楽しみに!」