「それぞれの道──王女と副団長の新たな決断」
城が落ちて数日が過ぎた。
イザール侯の敗北により、帝国南部は見事なほどに崩れ去り、王女セレスティアと騎士団長の主導で“帝国征服”は大きく前進した。
シチトラは先遣隊として戦いに身を投じ、仲間たちとともに激戦を制してきたが、ここへ来てどうにも気が晴れない。兵を率いて街道を片付けるほど、勝利の余韻ではなく、戦乱の虚無さを強く感じるようになっていたのだ。
「副団長、姫様がお呼びです。大広間へ来てほしいそうです」
ロデリックが大柄な体を揺らしながら俺に告げる。
「分かった、すぐ行く。……みんなも付いてきてくれ」
フェリシアが盾を手にうなずき、ガレットが地図を閉じる。ラニアとベアトリクスは杖をそっと抱え、俺の両脇に並んだ。彼女たちも、これ以上戦いに巻き込まれるのを望む様子はない。
先日の戦闘で負った肩の傷が、まだ少し痛む。ラニアとベアトリクスの治癒もあって不自由はないが、重たい剣を携え続ける身に取っては、今後の激戦を考えるだけで心が沈む。
「戦が終わったら、俺はどうするんだろう……」
誰にも聞こえない声で、そう自問しながら、俺は王女セレスティアのもとへ急いだ。
大広間には、軽装の甲冑に深紅のマントを合わせたセレスティアが立っていた。周囲に文官や騎士団長がいて、南部の統治や外交の話をしていたらしい。
俺が入室すると、彼女の瞳がピリリと鋭い光を放つ。
「来たわね、シチトラ。ここまで南部をまとめてくれて助かったわ。残党も散発的なものだけで、もう大勢に影響はないでしょう?」
「はい。部下たちの働きで、だいぶ落ち着きました。怪我人の救護や難民への対応も進んでいます」
セレスティアはわずかにうなずき、その視線を窓の外へ移す。
「そう。私としても、ここで南部攻略に区切りをつけて、国に戻りたいのよ。いまさら大軍を残しても、反乱の芽を潰す以上の意味はないし……帝国との外交で傀儡化を進めるほうが、戦うよりずっと早いもの。……あなたも引き続き副団長として手伝ってちょうだいね?」
その言葉を聞き、周囲の文官たちが「傀儡化……つまり帝国全域を王女様の意のままに……」などと囁く。
騎士団長が甲冑のまま「まあ、あまり荒れた土地を力で支配するのは面倒ですし、姫様の狙いも分かりますよ」と笑うが、俺は胸の奥に固めていた想いを伝えなければならないと思った。
「姫様……実は、おれ、ここで副団長を降りようと思うんです」
一瞬、空気が凍ったように静かになる。ロデリックが驚いた顔で俺を見るし、フェリシアとガレットも息を呑んでいる。
ラニアとベアトリクスは申し訳なさそうにうつむいたまま、しかし決意の表情だ。
「……どういう意味?」
セレスティアが冷ややかとも取れる声で問い返す。
「おれは……もう戦はうんざりなんです。南部での血を見るたびに、激しい戦場を駆け抜けるたびに、この世界を知る喜びよりも悲しみのほうが増していきました。おれはもとからただの放浪剣士で、元の世界でも“守りたいもの”があるからこそ旅をしていた。副団長としてここで命を張ることが、正直向いてないと思います」
文官や騎士がざわめき、団長が「どうした、急に?」と困惑を浮かべるが、俺は視線を逸らさずにセレスティアを見つめる。
「南部がひと段落した今、姫様たちも大軍で国へ帰り、帝国を掌握するんですよね。おれたちは……旅に出ようと思います。仲間のラニアとベアトリクスも一緒に。家や領地は置いたまま、あちこちの小国や道端の人たちを助けるために、剣を振るいたいんです。微力かもしれないが、それが自分の本懐だと気づきました」
ラニアが一歩前に出て、「王女様、私たちも戦ばかりの日々じゃなく、魔法を使って人を助けたいんです。戦国のような血に染まる戦はもう……苦しくて」と頭を下げる。ベアトリクスも続くように「帝国を支える力にはなれないかもしれないけど、私たちには旅で見聞を広め、必要なところで魔法を役立てる、そんな人生が合っているんです」と声を落とす。
セレスティアの唇が震えるように閉ざされ、一瞬言葉が出ない。しかし、その瞳からは複雑な感情が見え隠れする。
「……そう。じゃあ、私のもとに留まってはくれないのね。いずれ帝国全体のまとめにも力を貸してほしかったけど……」
間を置いて、王女はかすかな笑みを浮かべ、諦観の色を帯びた表情に変わる。「でも、あなたが“嫌だ”というなら、無理に戦いへ引っ張り出すわけにはいかないわね。団長や部下たちも成長しているし、この帝国を動かすのは私の責任だもの」
騎士団長は腕を組んで「おまえ……分かった。それでいいのか、本当に?」と言うが、俺は短く頷く。
「ええ。もう心は決めてました。南部攻略で思ったんです――おれは剣で人を斬るより、剣で人を救いたい。旅しながらいろんな人に出会い、助ける。……あとは姫様と団長にお任せします」
文官たちが口々に「ああ、残念です」と嘆くも、セレスティアは手で制し、「分かったわ。あなたがそこまで言うなら、私も王女として止めない。この帝国を治めるのは私たちの務め、あなたが悪いわけじゃない」と言う。
ただ、ふっと寂しげな色を漂わせ、「もし帰ってきたくなったら、いつでも顔を出して。あなたには……借りがいっぱいあるもの」と付け加えて笑う。
数日後、南部の城の門には、シチトラとラニア、ベアトリクスの姿があった。
ロデリックやフェリシア、ガレットは別れを惜しみながら、「副団長――いや、もう副団長じゃないのか……お元気で!」と声をかける。しちとらは肩の傷を抱えつつ、「おまえらも団長と姫様を頼む。国をまとめる責任は大きいけど、きっとうまくいくよ」と語りかける。
騎士団長が少し照れくさそうに「まあ、おまえほどの男はそういないからな。いつでも戻って来い」と呟き、王女セレスティアが高い城壁の上で見送る姿が遠くに見える。
ラニアとベアトリクスが並び、「さあ、行きましょうか。戦じゃなくて、人を助ける旅。私たちも、剣や魔法を本当に役立てたいんです」と微笑む。
「おう。まずは帝国の外れにある小国を目指そう。そこには魔物が多くて困ってるって話を聞いたから、俺たちなら力になれるはずだ」
笑顔でうなずき合い、三人は馬にまたがり、最小限の荷物だけを持って出発する。
城門を越えて振り返ると、セレスティアが名残惜しげに手を振っているのが分かる。シチトラは片手で挨拶を返し、「ありがとう、姫様。身勝手で本当に申し訳ない。おれはおれの道を行きたい」と心の中で告げた。
いつかまた、ここへ戻ってくるかもしれない。だが、今はただ、この世界を見たい。戦で血を流すのではなく、剣で笑顔を救うために。
肩の傷がまだ少し痛むけれど、それも過去の戦いの証。もう二度と大きな戦には加わらなくていいと願いつつ、三人の背中を陽光が照らしていた。
こうして、王女セレスティアは大軍とともに国へ帰り、帝国を政治で縛ろうと目論む。
一方、シチトラ・ハシダとラニア、ベアトリクスは自らの意思で旅を選び、家や領地を置き去りにして、ただ人助けのため、そして己の力を磨き、この世界で新たな人生を切り拓いていくのだった。
副団長の役目を捨てたしちとらの足取りは、もう戦の足音から自由になり、風に乗ってどこまでも広がっていく。




