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第56話「高まる王女の威光」

城を落として数日が過ぎた。

イザール侯を失った帝国南部は、俺たち王国軍の足音を聞くだけで抵抗を放棄していくという。実際、この数日間の間に、いくつもの村や砦がただ呆然と門を開いたまま迎え入れてきた。

城を守る主力を撃ち破り、指揮官である侯が敗れたとなれば、もう戦意を保てる者も少ないのだろう。王女セレスティアと騎士団長が進めてきた「帝国征服」は、ここで大きく前進したわけだ。


俺たち先遣隊も、当面は城の周囲や各拠点の整理を行う形で動いている。歩みを進めるごとに見えるのは、荒れ果てた街道や放置された死体、あるいは難民たちの悲しげな瞳。

戦いに勝ったとはいえ、この地に漂う寂しさや虚無感は拭えない。王女も団長も、勝ち名乗りを上げるより先に“復興の手を差し伸べるべきだ”と部下たちに指示を出しているという。

俺は、そんな変わりゆく帝国の風景の中で部下を率い、血に染まった刀を握りしめながら複雑な感情を抱いていた。


「副団長、王女殿下の御前に出るように呼びかけがありました」

ロデリックが大きな体を揺すりながら駆け寄ってきて、息を整えるように肩を上下させている。

「姫様が……? 分かった、ありがとう。すぐ行く」

そう答えると、フェリシアが横で盾を下ろし、「よかったですね、あの大怪我を押して働いてるんですから、やはり報告をしに行くべきですよ」と微笑する。

ガレットは地図を手に、「僕も同行します。領内の状況をまとめたので、姫様に直接お見せしたい」と言葉を添えた。


先日の戦いで、俺は肩をかすめていた槍傷がまだ完治していないが、ラニアとベアトリクスの手厚い治癒もあって最低限の痛みだけで済んでいる。

みんなの心配をよそに、いま俺は少しでも姫様や団長の役に立ちたい気持ちでいっぱいだった。

だから、ロデリックたちを連れて馬で移動し、ラニアとベアトリクスをそっと伴いながら、王女セレスティアが逗留している城内の大広間へ向かう。


「ようやく姿を見せたわね、シチトラ。そなたが倒れでもしたかと思ったわ」

広間に入った途端、冷ややかともとれる王女の声が響く。彼女は軽装の甲冑に深紅のマントを合わせて、まるで王の風格を纏って立っていた。付近には騎士団長や文官も集い、何やら議論をしていたようだが、俺たちが来ると一斉に視線が移る。

「姫様、先日はご指示どおり、城奥の制圧から残党掃討まで担当いたしました。すでに周辺の集落も抵抗を放棄し、怪我人の救護や物資の回収を進めています」

そう短く報告すると、姫様はわずかに頷きながら、澄ました瞳でこちらを見つめる。

「よくやってくれたわね。イザール侯が討ち取られたことで、この一帯は完全に私たちのものよ。まだ散発的な抵抗はあるでしょうけど、もはや大勢に影響はないわ」


王女は遠くの窓辺へ視線をやり、「……ちょうど、団長が周辺を巡回して部下の指揮を執っているから、あなたたちの功績をまとめておきなさい。もう、次の手を打つためにも、速やかに領内を安定させたいの」と言い添える。

ロデリックらが「はっ」と背筋を伸ばし、フェリシアが慌てて抱えてきた書類をガレットに預ける。俺は思わず口を開き、姫様を見つめる。

「姫様、これで帝国南部が落ち着けば、次の戦はいったん休止になるんでしょうか?」

セレスティアは小さく笑い、「甘いわね。戦は続くものよ。帝国全部を落とさない限り、敵が勢力を盛り返す可能性は常にある。――とはいえ、ひとまずは大勝利ね。あなたたちが居てくれたおかげよ」と言う。


周囲の文官たちが「万歳!」と喜ぶ様子を見ても、姫様の眼差しはどこか遠く、まだ征服が完了していないことを知っているかのようだ。

「シチトラ、あなたの働きは十分すぎるほど分かってる。団長も怪我なく元気でいてくれているけれど、そろそろあなたが次の地位に就く日も近いかもしれないわよ?」

その言葉に、居並ぶ騎士たちがざわめく。団長が健在とはいえ、王女が直接そのような示唆を口にするのは珍しい。

俺は肩をすくめ、少し申し訳なさそうに言葉を返した。「団長にはまだまだ及びません。……でも、姫様のためなら頑張りますよ」


セレスティアが少し意地悪そうに微笑み、「なら、次の命令があるまで、領内の安定化に尽力なさい。あなたの領地や部下も相当がんばってくれたけれど、この帝国南部をきちんと治めるためには、まだ雑務が山積みなの」と凛とした声を出す。

文官が「はい、各地の村に対しての布告や新たな法整備が必要でして……」と続けると、姫様は軽く手を上げて制し、「まあ、そのあたりは私が調整するわ。あなたは副団長として、傷を癒しつつ次に備えてちょうだい」と言葉を結んだ。


ラニアとベアトリクスが後ろで小さくうなずき、ロデリックたちも感慨深げに空を見やる。見渡せば、ここにいる誰もが疲弊しており、今は戦の狂宴から離れ、少し静かな時間を望んでいるはずだ。

「姫様……承知いたしました。おれは仲間たちと共に、領地の安定も含めて最善を尽くします」

そう伝えると、姫様は満足げにわずかな笑みを浮かべ、「頼むわ。これから先もあなたがいないと困るの」と静かに告げた。


大広間を出ると、外には月が高く昇っていた。燈火の灯る城内を抜け、皆が安堵の息を漏らし始める。

部下たちと目を合わせると、ロデリックが「副団長、ゆっくり休んでください」と心配顔で言い、フェリシアも「わたしは兵のまとめをしておきます」と志願してくれる。ガレットは地図を畳みつつ、「新しい統治区画を考えるの、楽しみかもしれない」と言う。

ラニアとベアトリクスは杖を抱え直して、「あなたも身体をいたわりなさいよ」と口々に言ってくる。


こうして、一旦の戦いがひと区切りついた夜。俺は刀の柄を確認しながら、痛みをこらえて笑みを漏らす。戦の火はまだ完全に消えたわけではないが、帝国南部制圧という大きな成果を得たのは確かだ。あとは王女セレスティアが“さらに大きな一手”をどう打つか……俺はそれを支える役割を、いずれ担うことになるのかもしれない。

空にかかる月がやけに鮮やかで、焼け焦げた城壁に映る影が薄い。平穏はまだ先だとしても、俺は仲間とともに前を向いて歩いていく。それが、命を賭して守ったこの大地への責任だ。

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