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第55話「勝利の夜明け」

イザール侯の城での死闘が終わり、夜の帳がゆっくりと降り始めた。

石造りの廊下に残る血の跡と、焦げついた壁の焼け焦げが、つい先ほどまでの激戦を如実に語っている。

俺たちが倒れ伏すイザール侯を目の当たりにした瞬間、この城をめぐる大きな争いはほぼ終わった。彼が失墜したとなれば、この地域の帝国軍は戦意を失い、もはや抵抗できまい。


「みんな、怪我はないか……? 死者や重傷者の数を確認してくれ」

浅く肩で息をしながら、俺は部下たちへ声をかける。ロデリックが大剣を地に突き立て、一息つきながら「副団長、ご心配なく。そこまで大きな被害は出てない……けど、動けないやつは砦へ運んでます」と報告した。

フェリシアは血塗れの盾を持ったまま壁にもたれ、「なんとか……間に合いましたね。団長や姫様が外から圧をかけてくれたのも大きいでしょう」と安堵の表情を浮かべる。ガレットは書類をかき集めながら兵たちに声をかけ、城内の制圧状況を記録しているようだ。


ラニアとベアトリクスも無事だ。ラニアは喘ぐように魔力を使い果たした様子で額に手を当て、ベアトリクスは杖の先から白い冷気をほんのり漂わせながら、疲労をこらえていた。

「よかった……シチトラさん、あなたこそ大丈夫? さっき肩を槍でかすって……」

ラニアが心配そうに言葉をかけてくる。俺は肩の痛みをこらえつつ頷いた。

「平気だ。まだ腕は動くし、こっちのほうが問題なさそうだ……ありがとうな」

彼女が治癒の魔法を少しかけてくれると、じわりと痛みが和らぐ気がする。たしかに消耗は激しいが、乗り越えられないほどじゃない。


「おまえたちも休んでくれ。これから姫様が到着して、城の完全な制圧を宣言するはずだから」

そう声をかけた途端、城の奥からまた騎士団の大勢がなだれ込んでくる気配を感じた。

「副団長! 姫様と団長がこちらへ向かわれてます!」

兵の叫びが響くと、ロデリックらが素早く整列し直し、俺も刀を収めながら姿勢を正す。やがて、荒れた廊下の突き当たりに、赤い軍旗とともに王女セレスティアの姿が見えた。



姫様は軽装の甲冑を装い、玉座のある部屋を思わせる大扉を目指してゆっくり歩を進めている。騎士団長や重鎧の兵が護衛のように取り囲んでいるが、彼女の高潔な雰囲気は戦闘の疲労など微塵も感じさせない。

「よく頑張ったわね、シチトラ。……そなたたちがイザール侯を倒したと聞いたけれど、事実なら帝国南部はこれで実質的に私たちのもの」

凛とした声が回廊に反響する。俺は深く頭を下げ、返事をする。

「イザール侯は、すでに息絶えました。残党は多少動揺してますが、この城の奥もわずかな抵抗が残ってる程度だと思います」


騎士団長が血染めの甲冑を軽く鳴らし、「姫様、これで当面の抵抗は制圧できましたな。やはり副団長の働きが大きい。まさに王国に栄光をもたらす剣です」と言葉を重ねる。

セレスティアはわずかに目を伏せ、「そう。よくやってくれたわね。……この城を落としたとなれば、私が進める帝国統治に大きく弾みがつく。あなたや団長には多大な恩恵を用意しないと」と感慨深げに微笑む。

その横で兵たちが次々と“万歳”のように声を上げ、王国の勝利を祝福し始めるのが聞こえた。



だが、俺はまだ気を抜けない。

「姫様、団長、ここの奥に捕虜や民衆が囚われてる可能性もあります。すぐに部隊を散らして捜索したほうが……」

姫様がしっかりと目を合わし、「分かってるわ。私が指揮を執るから、あなたは怪我を休めながら少し指示を出してちょうだい。せっかくの働き、倒れてしまえば無駄になるわよ?」と穏やかに言ってくれる。

思わず苦笑しつつ、「すみません、じゃあ……ロデリックたちに細かい探索を頼みます。おれも魔力が回復したら再度動きますんで」と答えた。彼女は満足げに頷き、「無理をしないで」と言い残して団長とともに奥へ消えていく。


ラニアやベアトリクスがホッとしたように大きく息をつき、フェリシア、ガレットらとともに周囲の負傷兵を確認し、味方の兵が手厚く救護や物資運搬を始める。

一方、俺は壁に背を預けながら刀を見つめ、肩の痛みをまた感じ始める。

「けっこう削られたな……でも、この城が落ちたなら姫様の目的もほぼ達成されたわけだし、すべてが終わったわけじゃないけど、大きく前進した」

そう呟くと、ラニアがすぐそばで治癒魔法を展開してくれた。

「ちゃんと治しておかないと、姫様に怒られちゃいますよ、シチトラさん」

「はは、そうだな……助かる」

ベアトリクスが横で笑みを浮かべ、「あなたの無茶を支えるのも大変だけれど、あなたがいないと私たちもここまで来られなかったわ」と補足する。俺は二人の気遣いに感謝しながら息を整えた。


周囲には紅い炎が揺らめき、倒れ伏す帝国兵のうめき声がかすかに聞こえる。圧倒的な戦力差を前にしても、イザール侯は最後まで抗った。

1年前には考えもしなかったこの帝国征服が、こうして着々と現実になろうとしている。あと少しで、姫様は南部を完全に掌握し、王としての道を固めるだろう。



傷ついた身体を起こしながら、外で轟く兵たちの歓声を耳にした。血で染まった床に立ち、傍らには仲間の笑顔。

誰もが疲弊し、息も絶え絶えだが、俺たちは確かな勝利を掴んだ感触がある。

「もう少し休んだら、姫様に報告へ行こう。……これで、南部は王国のものだ」


城外では、さらなる歓呼とともに王女セレスティアの声が高らかに鳴り響く。

そう、今こそ王国が帝国を取り込むための大一番に勝ったのだ。

ラニアやベアトリクスとともに俺は立ち上がり、血染めの廊下を抜けていく。


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