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第54話「刀閃き、決戦の城奥」

体中にこびりつく血と汗、肌を焦がすような戦場の熱気。

俺たちはイザール侯が立て籠ると噂される城奥を目指し、延々と続く回廊を突き進んでいた。死の気配が充満する石造りの壁に、ところどころ焔の熱と崩れた瓦礫の残骸が散らばっている。


「……やっぱり厄介だわね、この城。道が何本も入り組んでる」

ベアトリクスが汗を拭いながら杖を握り、周囲を警戒している。そばではラニアが火の結界を微弱に張って、崩れた天井からの落石や、残党兵の奇襲に備えていた。


ロデリックとフェリシア、ガレットの三人が先頭で警戒しながら進み、俺がそのすぐ後方について刀を両手に構えている。城内の空気は、ほかの戦場とは格段に違う重みがある。

「副団長、もうそろそろ奥の大広間じゃないか?」

ロデリックが大剣を担ぎ直して振り向いた。

フェリシアも盾越しに壁を窺い、「ええ、地図の構造からすると、あちらに大きな扉があるはずです。イザール侯が最後の抵抗を見せるなら、あそこでしょうね」と低く呟く。


ガレットが少し先へ進んでいた偵察兵を呼び戻し、「扉の向こうから大勢の気配を感じるらしい。すでに部下が確認しましたが、精鋭が籠もっているようです」と報告する。

「分かった。……じゃあここが本番ってわけだ」

刀の柄を指でなぞり、心を落ち着かせる。床にはすでに何人もの帝国兵が絶命して転がっているが、まだ決着には至っていない。イザール侯という強敵が残っている限り、城は落ちない。


「シチトラさん、ここから先は魔法もしっかり合わせましょうね。火と氷、風を同時に使えば突入時の負担が減るはずです」

ラニアが眉をあげ、意欲を示す。ベアトリクスが控えめに微笑み、「ええ、わたしたちで道をこじ開けるわ。それがあなたの剣を生かす形になるんでしょう?」と言い添えてくる。

「ああ、助かる。……部下のみんなは散開して扉を取り囲め。突入の合図とともに一気に畳みかけるぞ!」




扉の前に立つと、冷たい空気が肌を撫でる。血と硝煙のにおいが充満する城内なのに、ここだけ妙に張りつめた緊張感を放っているようだ。

「ラニア、扉を壊せるか?」

「やります……!」

彼女が杖を振りかざし、火の魔力を集中させる。ベアトリクスも同調するように、氷の魔力を指先に宿して扉の蝶番を凍らせようとする。すると、扉の裏から鋭い槍の先が突き破ってきて、兵が一瞬たじろぐ。

「くそっ……あっちも覚悟決めてるな」

ロデリックが扉を前に大剣を構え、フェリシアが盾を掲げて槍を受け止め、ガレットが後列を指示する。


ラニアが火の結界を大きく展開すると、バチバチと音を立てて扉の表面が焦げ、ベアトリクスの冷気で中枢が脆くなる。

「今だ、破れ!」

ロデリックが大剣で大きく斬りかかると、フェリシアやガレットの兵が追撃するように衝撃を与え、ついに扉が破壊される。

破砕された木材の破片が飛び散り、奥の大広間らしき場所が露になった瞬間……数十名の帝国兵が槍や斧を突き出して出迎えてくる。


「うおおおっ!」

敵の雄たけびに、味方の騎士が一瞬ひるむが、俺はすかさず刀を握って突き込む。

「行くぞ……このまま突破する!」

ラニアの火が前衛の敵を焼き、ベアトリクスが足元を凍らせる。ロデリックは大剣を叫びとともに振り下ろし、槍ごと帝国兵を叩き潰すように押し返す。

「ガアアッ……!」

敵が血反吐を吐きながらよろめく隙を捉え、フェリシアが盾で突き飛ばし、ガレットが背後から短剣を差し込み止めを刺す。


なりふり構わない帝国兵の包囲が狭まるなか、俺は刀の一閃で前列を一気に薙ぎ払う。斬撃の軌跡が血走り、兵の肉体を両断した瞬間、凄まじい悲鳴が大広間に響いた。

「副団長、奥にまだ構えてるやつらがいるぞ!」

ロデリックが叫び、視線をやれば、中央の玉座めいた台座に豪奢な鎧を纏った男が仁王立ちしているのが見える。そいつはイザール侯……。


「ここまで来たか、王国の犬ども……だが、わたしを倒せると思うな!」

イザール侯は深紅のマントを翻し、近くに控える重装兵たちに指示を出している。周囲には精鋭らしき兵がずらりと並び、明らかに先の雑兵とは一線を画す殺気を纏っていた。

「……姫様や団長が来る前に、俺たちだけでやるには少々厳しそうだな」

苦笑するまもなく、敵が一斉に突撃をかけてくる。ラニアとベアトリクスが魔法で牽制し、ロデリックたちが力づくで受け止めるが、相手の防御は分厚い。


「ゴチャゴチャ言うな、イザール侯に楯突くなら地獄行きだ!」

重装兵の一人がハンマーを振りかざし、俺の脇腹を狙う。すぐに身体を捻って受け流し、斬撃で反撃を放つものの、鎧が厚く、完全には貫通しない。

「これは……厄介だな」

ベアトリクスが風の刃を飛ばしても、敵は盾や堅牢な鎧でかなり耐える。ラニアの火も、ちょっとやそっとじゃ焼き切れない様子だ。

「シチトラさん、何とか先に侯を狙いませんか? 周りを倒すより早いかも……!」

ラニアが切羽詰まった声を上げる。たしかに、これだけ装備が揃ってる軍勢を一人ひとり倒してたら終わりが見えない。指揮官を落とせば早い。


「よし……ロデリック、フェリシア、ガレット、やつらを引きつけてくれ! ラニア、ベアトリクス、俺と一緒にイザール侯を狙うぞ!」

叫ぶと同時にロデリックが「任せろ副団長!」と大剣を振り回し、敵を引きつけるよう動きだす。フェリシアが盾を駆使して壁を作り、ガレットが後衛をまとめて敵を誘導する。

俺は魔法の援護を受けながら、一気に中央の玉座めがけて突き進んだ。


「あの噂の副団長か……貴様がうちの城へ手を伸ばすなど、一万年早いわ!」

イザール侯が長槍を両手で握り、獣のような咆哮をあげる。豪奢な鎧がギラリと光る。

「ラニア、頼む!」

俺が合図を送ると、ラニアが火の爆発で周囲の兵を押し返し、ベアトリクスが氷をかませて床を凍らせる。踏み込んだイザール侯は足元を取られながらも、驚異の体捌きで体勢を立て直す。

「ふん、この程度の魔法で……!」

そのまま槍を俺の胸めがけて突き出すのが見え、すぐに刀を構えて受け流すが、その衝撃は想像以上だった。


「ぐあっ……!」

腕にビリッと痛みが走る。重い……! 何者だ、この侯は?ただの領主じゃない。熟練の兵か、それとも武人か……。槍がまた唸りを上げて振り下ろされるのに合わせ、後方からベアトリクスが風の刃を飛ばす。

イザール侯は槍をくるりと回して風を弾き、同時に足で床を踏み抜くように力を込める。氷が割れ、床が陥没して粉砕される。

「ラニア、もう少し火を強めて!」

「分かった……魔力が持つかどうか」

彼女が必死に詠唱し、火の柱が侯を挟むように沸き上がるが、侯は平然と槍を回転させて炎を散らすかのように突破してくる。


「貴様らの力なぞ……このイザールに通じるか!」

咆哮を上げながら槍が眼前に迫る。

「くっ……!」

受け止めれば腕が砕けそうだ。俺は身体を低く屈め、ギリギリのタイミングで斜めに回避しようとする。だが、奴の槍は巧妙に軌道を変え、すさまじい衝撃で俺の肩をかすめた。

「がはっ……!」

鋭い痛みが瞬時に走り、血が飛び散る。

(こいつ……かなり強い……!)


「シチトラさん!」

ラニアとベアトリクスが同時に悲鳴を上げ、火と氷の連撃を侯へ叩き込む。侯は槍を翻しながら、動揺した一瞬のすきにロデリックが横合いから大剣で襲いかかるが、その武器ごと弾き返される。

「貴様らごとき、王国の手先でこのイザールが屠ってくれるわ……!」

その声が耳を突き刺す。だが、俺は肩を押さえつつもしっかり立ち上がった。胸を熱い何かが突き動かす。ここで止まるわけにはいかない。


「舐めるなよ、……ここまで来て、おまえを逃がすか!」

最後の気力で刀を握り直し、侯の背後をとるように移動する。ロデリックやフェリシアが正面で時間を稼ぎ、ガレットが部下を率いて周りの敵兵を押さえている。ラニアとベアトリクスが瞬時に魔法陣を展開してくれた隙が、俺にとっての好機だ。

「まとめて焼き尽くしてやる!」

ラニアが火の壁を押し出し、侯の動きを鈍らせる。ベアトリクスがその火の輪を更に氷で狭め、負荷をかける。結界がガチガチに圧縮される瞬間、侯が刺し出す槍が火と氷を無理やり破ろうとするが、わずかに動きが遅れる。


「今だ……!」「行くぞ、副団長!」

ロデリックが突進し、槍の軌道を逸らす。その刹那、俺は刀の最高速の斬撃を繰り出した。

重い衝撃。

侯の体が斜めにズレ、血の霧が噴き出る。しかも背後からロデリックが大剣を引き下ろしてダメ押しを与え、侯の鎧がすさまじい音を立てて割れる。

「ぐ……ああっ……!」

そのまま力を失ったイザール侯が崩れ落ち、床に転げ、泥のように血を吐いた。


「これで……終わり、か……」

侯が最後に弱々しく呟くのが聞こえたが、もう俺の耳にはそれほど残らない。

ロデリックが大きく息を吐き、「副団長、やりましたね……」と膝をつくようにへたり込む。

フェリシアやガレットも周りの敵兵をほぼ掃討していたみたいで、城内が静寂を取り戻しつつある。

ラニアは地面に杖をつき、浅い呼吸を繰り返すが、怪我はなさそう。ベアトリクスも肩で息をしつつ、光の術を灯してあたりを確認する。



こうして、イザール侯の本拠を守っていた精鋭部隊は壊滅した。

後から聞こえる歓声や騎士団の号令から察するに、騎士団長と姫様もそれぞれのルートを制圧して合流しつつある。

「終わったか……?」

俺が刀をゆっくり納めると、肩の痛みが一気に襲ってきて、少しだけ膝を突きかけた。ラニアが慌てて駆け寄ってくる。

「シチトラさん、大丈夫!? 怪我……今、治癒魔法で……!」

「悪いな、助かる。……でも、これで大体片付いたはずだ……」


あえぐように息を整えながら、周囲にはびこる死骸と血の海を見渡す。俺たちはこの戦いを生き延び、城を落とすのに成功したのだ。

遠方で甲高い角笛が鳴り、味方の兵たちが「イザール侯が倒れた!」「王国軍の勝利だ!」と叫ぶのが聞こえる。

ベアトリクスが壁に寄りかかりながら、薄く笑い、「あなた、本当に無茶をするわね……でも、さすがだったわ」と言うと、ロデリックが「はは……今度は俺ももっと活躍しなきゃなあ。副団長に見せつけられちまった」と悔しそうに笑う。



戦が終わったかどうかはまだ分からないが、この城は落とした。

イザール侯が崩れ落ち、城を守る精鋭たちを打ち破った以上、帝国南部の大半は王女セレスティアの手に渡る形になるだろう。あと数分もしないうちに、姫様が堂々とここへ現れるはずだ。

俺は荒い呼吸を押さえながら、ラニアに肩を借りて立ち上がり、フェリシアやガレットの救護指示を聞く。

「しっかりしろよ、副団長……まだ姫様に報告しなきゃならないんだから!」

ロデリックの大声に、少しだけ笑みがこぼれる。

「ああ、ちゃんと立って報告してやるさ……俺は副団長だからな」


二度と動かなくなったイザール侯の亡骸を見下ろし、熱いものが胸に込み上げる。こうして、また帝国の一角が陥ちたのだ。

王女の求める国づくりはさらに前へ進む。この死闘を越え、俺たちもまた大きく運命を進めていくのだろう。

深呼吸したまま刀を下ろし、虚ろな静寂に耳を済ます。誰もが消耗しているが、この一瞬がすべてを報いる時間だ。


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