第53話「城内の咆哮──裂かれる静寂と次なる恐怖」
城門を破り、荒れ果てた回廊に踏み込んだ瞬間、むせ返るような血と硝煙の気配が胸を締めつけた。門前での激戦をようやく制したのも束の間、イザール侯の本隊が城の奥へ撤退し、態勢を立て直しているらしい。俺は副団長として王国騎士団の先鋒を率き、先ほどまで散開していた部下たちを再び集め、城内の制圧を急いでいる。
「副団長、負傷者を砦へ送ってあります。こちらは戦える者だけで先に進みます!」
ロデリックが血に染まった大剣を肩に担ぎ、少し息を乱しながら声を上げてくる。彼の背後ではフェリシアが盾を構え、ガレットが周囲の布陣を確認するように兵士へ指示を飛ばしている。ラニアとベアトリクスは、騎士団員たちの後ろで魔法陣を練りながら結界を展開し、仲間を守る役目を担っている。
「いいな、ここから先は一気に奥を突く。だが、敵の伏兵がどこに潜んでいるか分からない。油断するなよ!」
刀の柄を強く握りしめながら、周囲に呼びかける。石造りの壁、薄暗い炎、何人もの倒れた帝国兵の姿……落ち着かない鼓動が胸を打ち続けるが、ここで立ち止まるわけにはいかない。王女セレスティアと騎士団長が外を押さえ、後方からも多くの部隊が合流してくるのだから、俺たちは先に進むしかないのだ。
あとから重厚な足音が響いてきたので振り返ると、騎士団長が少数の手勢を連れ、血に染まった甲冑で姿を現した。
「シチトラ、こちらにも多少の負傷者は出たが全体はまだ動ける。姫様は外でほかの通路を制圧中だ!」
団長は甲冑に血をにじませながらも気迫は衰えていない。すぐに俺も頭を下げるように頷き、「承知しました。こっちは正面通路を抜けて一気に城の中枢を狙います!」と応える。
団長は「ならおれはそなたたちを援護しながら、別の側廊を押さえる。イザール侯が奥に籠もっているなら、挟撃をかける形になるな」と太い声で言い切り、兵たちに号令を発して進軍していった。
城内に増えていく兵たちの喧騒に、血と汗と焦げた臭いが混ざり合う。俺はラニアやベアトリクスと視線を交わし、さらに奥を目指した。
やがて長い回廊の先に帝国兵の残党らしき一団が立ちふさがっているのが見える。中央にはそこそこ位が高そうな鎧を身にまとった男が苦い顔をしながら陣頭指揮を取っているらしい。
「王国の連中め……よくもここまで踏み込んできたな。イザール侯に楯突くなら容赦しないぞ!」
男が剣を振り上げると、十数名の部下が一気に駆けてきた。槍が突き出され、短剣が鋭く横に薙いでくる。
「うっ……全力で潰す気か!」
ロデリックが大剣を構え、敵の槍を弾き飛ばす。フェリシアが素早く盾を掲げてそちらをフォローし、ガレットが後方から兵を誘導して側面を固める。それを見てラニアとベアトリクスが空気をビリビリと震わせるほどの魔法陣を展開し、火と氷を交錯させて敵兵を分断していく。
俺は刀を両手に握りしめ、一瞬の隙を突いて踏み込む。
「ぐああっ!」
敵兵の斧が味方の兵を斬りつけようとする刹那、俺の刀がその腕を根元ごと叩き斬る。血が飛沫を上げ、断末魔の絶叫が回廊に反響する。間髪入れずに後ろから別の槍が突き出されるが、身体を捻って受け流し、そのまま斬り返しを食らわせてもう一人を倒す。
後ろからロデリックの豪快な笑い声が聞こえる。
「へへっ、こっちも負けねえぞ!」
彼は大剣で帝国兵の盾ごと薙ぎ払って吹き飛ばし、フェリシアが盾を当てて怯ませた敵をガレットが挟み撃ちにする。互いが息を合わせる一連の流れに敵はたじろぎ、一斉に後ろへ後退するように崩れ落ちていく。
ラニアとベアトリクスの魔力は相当消耗しているはずだが、火の結界と氷の障壁をうまく使い分け、味方を被害から守っている。その間、俺やロデリックたちが肉薄して敵を仕留める形が出来上がっていた。
「シチトラさん、もう少し……敵が崩れかけてる!」
ラニアが必死に声を張り上げ、ベアトリクスは氷結魔法で回廊の床を凍らせ、敵兵を滑らせて足を取る。そこへ俺たちが斬り込み、一気に撃破する流れだ。
気づけば、荒い息を吐きながら周囲を見渡すと、床には大量の帝国兵の血が広がり、呻く者や逃げ出す者が散見される。奥の扉へ逃げ込む兵たちを見やると、どうやらここは突破できそうだ。
「ロデリック、フェリシア、ガレット、まだ大丈夫か? 負傷者は?」
「こっちは大丈夫です、死傷者は数名で済んでるかと!」「副団長の指揮があったからこそ……!」「魔法の援護に助けられました!」
三人とも汗と血に塗れながらも、力強く頷いている。
すぐにあたりを警戒しながら奥へ進む。城の最深部にイザール侯がいるはずだ。もしや別の脱出口を使って逃亡を図るかもしれないし、最後の大隊を用いて逆襲してくるかもしれない。
「先を急ごう。団長が別ルートから押さえているはずだが、姫様もきっと合流する。ここで決着をつけるんだ」
ラニアとベアトリクス、そして仲間の騎士たちが「了解!」と叫び、一斉に駆け出す。血の混じった煙の匂いが廊下を満たすなか、俺は刀を握りしめながら可能な限り急いだ。
叫び声と剣戟の音が遠くで響く。どうやらほかの通路も白熱しているようだ。
騎士団長や王女セレスティアは無事か。それよりなにより、イザール侯を仕留めねば帝国南部は落ちない……。
鼻を突く血の臭いと、燃えかけた木材の熱が肌を焦がす。
一瞬、廊下の先で誰かの悲鳴が上がったように感じ、全員が身を強張らせる。静寂はもう残されていない。城全体が激戦の渦で怒号と鮮血にまみれている。
俺は部下たちを振り返り、最後の確認をするように目を交わした後、さらに奥へと足を踏み出す。ここを制圧すれば、帝国の大部分を掌握することに繋がる。姫様の野望はもう一歩手の届くところにあるのだ。




