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第52話「要衝の城」

荒れた帝国領の大地を踏みしめて、俺たちはさらに奥へと駒を進めていた。

イザール侯の本拠地とされる城は、このあたり一帯でも飛び抜けて堅牢だという。遠巻きに偵察しても、その高い城壁と険しい地形がちらつき、容易に崩せない威圧感を放っていた。



「目撃情報じゃ、この城には少なくとも数千の兵がいて、囚えられた住民もいるとか……。門前を強行突破するのは危険そうだな」

地図を広げたまま、ガレットがしきりに唸っている。そばではロデリックが大柄な体を揺らしながら「でも、姫様はもうすぐ全軍をここへ集めるつもりだろ? 団長が総攻撃って噂も聞いたぜ」と呟く。

一方、フェリシアは鎧の胸当てを確かめながら「囚われた住民がいるなら、城をまるごと焼き払うわけにはいかない。丁寧に落とす必要があるのが厄介ね」と低く漏らす。


そのやり取りを聞きながら、俺は刀の柄を撫でる。すぐ傍ではラニアが大きな魔法書をパラパラめくり、何か考え込んでいる。

「シチトラさん……大規模な城攻めになると、わたしたちの魔法もそう簡単に決め手にならないかもしれませんね。火と氷じゃ、城壁を壊すには不足だし……」

「いや、結界で味方を守ったり、破壊だけじゃなく多用途の魔法が役立つはずだ。ベアトリクスだって風を使って城内の連絡通路を断てるかもしれないし」

「うん……そうだね。頑張ってみる」

彼女は決意を込めた瞳で微笑む。ベアトリクスも黙って頷き、視線を地図へ戻している。




間もなく、王女セレスティアと騎士団長が率いる本隊がこの城の手前に布陣を構えることになった。

軍旗が翻るたび、兵たちは歓声を上げながら陣地を作り、兵糧を運び込み、天幕を張って野営地を整備していく。かつては帝国の勢力が牛耳っていたこの地に、王国軍の大群が堂々と腰を据える光景は、ある種の歴史の転換を感じさせる。

「ここを拠点に城を包囲する形か……。姫様、どう動くんだろうな」

ロデリックがやや興奮ぎみに言葉を漏らすと、フェリシアがささやかに「焦らないで。団長や姫様が全体の策を立てているはずだから」と制する。

ガレットは「とにかく、僕たち先遣隊は城壁への接近ルートを偵察するんだ。逃げ道を断って城の兵糧を衰弱させる策が立てられれば理想的」と淡々と手元の書類を確認している。


兵たちの期待が高まる一方、帝国の兵が黙って待っているとは思えない。あちらも何らかの防備を固め、城門を開け渡すまいと意地を見せるだろう。

「……本格的に始まる前に、どれだけ包囲網を作れるかが勝負ってわけだな」

俺はそう呟き、刀を調整していた手を止める。この城での戦いは、騎馬による野戦とは違い、城攻め独特の消耗戦になるかもしれない。



翌日、夜明けとともに状況が動き出した。

王女セレスティアが早朝のうちに各隊へ指令を伝え、「城門前に騎兵を展開し、城を取り囲む」という大方針を示す。騎士団長がそれを受け、細かい部隊配置を振り分けていく。

俺たち先遣隊は、まず城の側面ルートを押さえる役目を任された。敵の援軍が城内へ合流しないように防ぐのだ。

「フェリシアは中隊を率いて歩哨を配置しろ。ロデリックとガレットは後詰として待機してくれ。ラニア、ベアトリクス、一緒に来てくれないか? 今から側面の地形を確認する」


馬を駆って城の横手へ回ると、城壁が険しい岩肌に築かれているのが分かる。普通の壁登りでは歯が立たないような天然要塞だが、逆に通路が限られているならそこを押さえればいい。

「ロデリック、フェリシア、俺たちが陽動する間にそちらで通路を断ってくれ」

「了解です!」「副団長、任せてください!」

皆が(うな)いた瞬間、城壁の上から轟くような軍太鼓の音が響き渡る。まさか……もう敵がこちらを察知して動いたのか?



城壁から大量の矢が降り注ぎ、兵が慌てて下がる。俺は身をかがめ、ラニアの火のバリアが矢を幾つも焼き払うのを感じる。

「ちっ……もう始まったか。姫様の本隊とは別の場所だってのに、こっちでも盛大に歓迎してくれるな……」

ベアトリクスが憤慨するように杖を握りしめ、「盾を固めてください! 一気に押し返すわ!」と叫ぶ。

足元の兵が「は、はい!」と応じ、大きな板盾を構え始める。


城壁からはさらに石弾や油のような液体が流し落とされ、まるで“昔ながらの堅城”を想起させる攻撃が次々と飛んでくる。

「このままじゃ近寄れねえぞ!」

兵の声が耳に飛び込む。確かに、馬で突撃しようにも、壁の高さと敵の放つ炎が障壁となり、ただ突っ込むだけでは消耗が激しい。


しかし、それを黙って見過ごすわけにもいかない。俺はすぐに部下へ号令をかける。

「ラニア、ベアトリクス、壁の上に火と氷で反撃してくれ! 兵たちは盾を構えてやり過ごすんだ。ロデリック、フェリシア、ガレット……そっちの部隊は崖のほうから回り込め!」

一斉に動き出す騎士たち。ロデリックが声を張り上げ、フェリシアが盾を構えながら先導し、ガレットがその背後で策を進める。幾つもの小隊が散開し、城の側面を目指す。




急激に高まる熱気のなか、ラニアが大きく杖を振り、空中に火の結界を生成する。それが矢や石弾を(はじ)き飛ばし、一部の油を焼き払って相手の兵を巻き込む形になる。

「く……結構消耗する……」

ラニアが苦しげに息を吐くが、ベアトリクスが補佐するように風の魔法を合わせ、「壁に取り付いた兵を吹き飛ばしてやるわ……!」と淡々と詠唱に入る。城壁の上から悲鳴が上がるたび、守る方も焦りが募っているに違いない。


「よし、みんな隙をついて前へ出ろ!」

俺は刀を握りしめ、兵たちとともに一気に駆け出す。石段のような岩肌が続く道を警戒しながら、また壁上からの攻撃をラニアやベアトリクスが打ち消してくれる隙を狙う。

だが、敵兵も必死だ。城門から出てきた歩兵隊がこちらへ突撃しようと動き始めるのが視界の端に映る。


ザシュッ

目の前に現れた槍兵を、俺は迷わず叩き斬る。槍が落ちる前に二人目が背後から切りかかってくるが、慣れた呼吸法で動きを捉え、鍔迫り合いを受け流した瞬間に刀をめり込ませる。

血が噴き出し、敵兵が悶絶する間もなく次の兵が吠える。「王国の犬め……イザール侯に楯突くな!」

「黙れ……!」

反射的に踏み込み、刀の切っ先が敵兵の胸を抉る。そのまま倒れ伏せる姿に目を向けず、俺はさらに前へ。苦しんでる仲間を救わなきゃならない。



重厚な門の前ではロデリックが豪胆に戦っている姿が見える。大剣が空を割るたびに、帝国兵が崩れ落ち、飛び散る血が地を染めていく。

フェリシアが盾を前面に出し、後方からガレットが隊を誘導しながら狭いルートを確保する。火と氷が荒れ狂う戦場で、ラニアとベアトリクスが支援を繰り返している様子が伺える。

「副団長、もう少しで門に取り付けそうです!」

兵が声を張り上げた。その一瞬、壁上から何かが降ってくる気配が……。


「くっ!」

俺は刀を構えて上を見上げるが、視界が煙と土埃で曇り、敵兵が振り下ろす斧がギリギリの距離に迫る。

ガキンッ

刀と斧が火花を散らし、激しい衝撃が腕に伝わる。すかさず斧を受け流すように足を踏みかえ、相手の懐へ踏み込む。

ザシュッ

胴が斜めに裂け、血が散る。息を呑む間もなく、別の敵兵が背後から狙ってくるが、「そっちは任せろ!」という声とともにロデリックがその兵を大剣で弾き飛ばす。


「副団長、門に付くなら今です!」

フェリシアが盾で矢を弾きながら駆け寄ってきた。どうやら兵たちが門前をある程度押さえたようだ。しかし門は頑丈そうで、一気に破れる代物じゃない。

「ラニア、ベアトリクス、あの門をどうにかできるか?」

叫ぶように問いかけると、彼女たちが杖を構え直すのが見えた。だが厚い鉄の門を魔法で一撃で破壊するのは困難で、しかも内部にまだ敵が待ち構えてるはず……。


そのとき、遠方から大きな角笛の音が響く。

「姫様の本隊が動くぞー!」

兵の歓声が起こり、視線をやれば、赤い馬隊がこちらに突撃をかけてくるのが見える。王女セレスティアと騎士団長が、複数の隊を分散配置しながら城の周りを囲む形で動いているようだ。

「これで、背後から援軍を呼ばれる心配がなくなる……。突撃の合図があれば門を破壊する手段もあるはずだ!」



血と炎、魔力の閃光が入り混じる激戦の地。

まだイザール侯の全軍が姿を現したわけではないが、城の周辺だけでこれほどの死闘になるとは……。

俺は刀を拭いながら、一瞬だけ呼吸を整える。仲間が必死に門を押さえ、姫様たちが外周を制圧しつつある今がチャンスだ。

(城を落とせば、この地域の大きな抵抗は崩れる……ここが正念場だ)


ラニアの炎が門を焼き、ベアトリクスの氷が門の蝶番を凍結させる。ロデリックらが大剣と槌で衝撃を与え、フェリシアやガレットが周囲の敵を抑える。

「シチトラさん、もう少し……!」

ラニアが苦しそうに叫ぶなか、俺は足を踏み込み、刀を正面から門へ振り下ろした。

ギンッ

硬い衝撃。だが、凍結と焼き入れを繰り返すうちに、門が少しずつひび割れてきたのが分かる。

「あと一押し……!」

兵が大槌を振り下ろし、それが決定打になった。


バキンッ……!

門が軋みながら崩れ落ち、同時に内部から呻き声と罵声が飛んでくる。敵が門の内側でも待ち構えている証拠だ。

俺たちは勢いを失わずに内へ踏み込む。敵が必死に槍を突き出してくるが、先頭を走るロデリックが大剣を薙ぎ払い、フェリシアが盾で押し返す。俺が斬撃で隙を作り、後ろから兵たちが一気に雪崩れ込む。



こうして、王女セレスティアたちの本隊が外を固め、俺たち先遣隊が門をこじ開ける形で城への突入が始まった。

イザール侯はまだ姿を見せないが、その家臣団が城内奥で抵抗を続けている。激戦はこれからが本番かもしれない。

しかし兵たちの士気は高い。血と炎が戦場を染め上げるなか、俺は刀を握り直し、ラニアとベアトリクスを振り返る。

「大丈夫か? まだこれから内部戦がある」

ラニアが頷き、「頑張るよ……わたしが少しでも仲間を守る」

ベアトリクスも冷静な瞳で「先へ進みましょう。下手に手こずると、敵の本隊を呼ばれる可能性があるわ」と促す。


騎士団長の怒号、兵の咆哮、姫様の鋭い指揮が砦全体を震わすようにこだましている。

(この城を落とせば帝国南部はほぼ制圧できる……その先にはどんな未来が待ってる?)

息をのんで城内の廊下へ足を踏み入れた瞬間、また新たな怒声と悲鳴が響いた。

戦はまだ続く。俺たちは血と硝煙の中を駆け抜け、王女の望む“帝国平定”への道を切り開いていく──。


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