第51話「血染めの戦端──轟く刃と溢れる力」
明けきらぬ蒼白の空が、凄絶な熱気に震えていた。
イザール侯の先鋒軍は、これまでの小競り合いとは比べ物にならぬ数をもって、俺たちの先遣隊に突撃をかけてくる。地面を揺らす馬蹄、兵たちの怒声、そして鋼のこすれる音が混ざり合い、戦場を覆う。
「押し返されるな! ここで踏みとどまるぞ!」
俺は刀を抜き放ち、地を蹴って前へ躍り出る。血の臭いがすでに鼻を刺すほど濃い。すぐ横ではロデリックが大剣を振りかぶり、フェリシアやガレットが隊列を率いて必死に支えようとしていた。
「う、うわああっ!」
兵の一人が馬上の敵に薙ぎ払われそうになる瞬間、俺は体をひねって刀を振り上げる。狙いは斧を持つ右腕。
ザシュッ
重い手応えとともに、斧の軌道が停止し、男の腕が根元から切断されて宙を舞った。
「ぎゃあああっ!」
斧ごと落ちる男の絶叫が、周囲の咆哮にかき消される。俺は刃についた血を一瞬で振り払い、続けざまに次の敵へ動く。
馬が狂ったように暴れ回る。敵も無様に転がりながら、必死に戦列を組み直そうとするが、こちらにはラニアとベアトリクスの魔法がある。
魔法陣が渦巻き、火と氷の術が激突する騎馬の流れを寸断。焦げる肉の臭いと、砕ける氷塊の音が入り交じり、敵馬が絶叫のごとくいななく。
「おれたちはここで踏みとどまる! 敵をここに釘付けにするぞ!」
刀を構え直す俺の背に、フェリシアが盾を掲げながら「承知!」と叫び、ガレットが部下を指示して“囲い込む”ように布陣を変えていく。
イザール侯の兵は数で勝る。まずは騎兵が何段も重なるように突撃してくる形だ。
一陣が倒れても、後ろから次の集団が馬を駆り、鋭い槍の穂先をこちらに突き付ける。俺たちは門前でもなく、荒野の端で衝突してしまった形になったため、地の利は特になく、敵の方こそ騎兵の機動力を活かせるはず……。
だが、こちらには数ではなく“質”がある。ラニアが火の結界を広範囲に張り、その隙間をあえて作ることで騎兵の動線を操作する。“ここに入り込んだら焼かれる”という形だ。
ベアトリクスが氷柱や風刃を随時駆使し、追い打ちを仕掛ける。その合間、俺やロデリックたち前衛が決死の覚悟で突っ込んできた騎兵を斬り伏せていく。
ザシュッ、グシャッ、ギャアア……!
視界が血しぶきと土埃で霞む。敵兵が崩れ落ちるたび、馬が痛ましい嘶きを上げる。
(くそ……数が多い。気を抜けば圧殺される)
それでも、こちらは結束した先遣隊。みんなが互いをカバーし、ロデリックの剛腕が馬を倒し、フェリシアの盾が敵の槍を受け、ガレットの布陣が流れを誘導する。
俺はそこに一瞬の隙を見出し、敵の指揮を執ると思しき男へ跳びかかる。
「舐めるな、王国の犬め!」
相手は長槍を振り回し、馬の上でバランスを取りながらこちらを狙う。
「ふん……」
俺は刀を軸に身をひねり、馬の脇腹に沿って滑り込むように回り込む。
そのまま鋭い踏み込みで斬り上げを放つ。
ズパァッ
胴が斜めに裂け、血が噴き出す。槍はもう振れず、相手は悲鳴ともに地に崩れ落ちる。馬はもはや主人を失い、むせび泣くように遠ざかっていく。
戦線中央では、ラニアが火の結界を維持しながら救護活動の指示も出している。彼女の唇が小刻みに動き、魔法の詠唱を続ける姿は痛々しいほど集中している証拠だ。
「くっ……この魔力をずっと維持するの、かなりきつい……」
汗だくのラニアに、ベアトリクスが声をかける。「もう少し……。門を開けるタイミングで姫様の本隊が突撃してくるはず。耐えて!」
それに応える形でラニアがわずかに笑みを浮かべ、「うん。頑張る……!」と再び集中する。
氷と炎が同時に砲撃のように放たれ、敵兵が何人も吹き飛ぶ。周囲の騎士がそれを見て士気を高め、怒涛の突撃で敵を押し返す。
「おおおっ! 姫様の部隊が来たぞ!」
誰かが声を上げる。ふと見やれば、奥の方に王女セレスティア率いる騎馬隊が、深紅の旗を靡かせながら猛スピードで突き進んでくるのが見えた。
騎士団長の重厚な姿もはっきり分かる。
「騎士団、突撃だ! 一気に奴らを包囲せよ!」
団長の太い声が轟き、兵たちが左右から散開して帝国騎兵の退路を断つ。
セレスティアが先頭で駆け抜ける姿は、まさに“戦場の女神”のように凛々しく、敵が直視することすら躊躇う勢いを感じる。
敵騎兵の大半はこの挟撃により、完全に崩れ始めた。馬の転倒が相次ぎ、歩兵部隊も後方から来てる様子はない。どうやら先鋒のみの特攻だったらしい。
そのまま王女殿下の隊が敵を追撃し、散り散りになった兵を捕縛または掃討している光景が広がる。
「シチトラ、部下をまとめて負傷者の救護と警戒を続けろ! 姫様が追い打ちをかけてくださってる!」
騎士団長が駆け寄ってそう指示を出す。団長自身もまだ怪我なく健在だ。その雄々しき姿を見て、兵たちはさらに鼓舞される。
気づけば、“血で染まった荒野”に、騒々しい悲鳴と叫び声が混在している。焼け焦げた地面や砕けた氷塊が点々と残り、馬の屍がそこかしこに横たわる光景は、まさに修羅の場だ。
勝敗は明らかだ。イザール侯の先鋒隊はこっちの半数にも満たない騎兵で強襲を企てたが、王国軍の連携には太刀打ちできなかった。逃げ延びた一部を除き、大半は捕縛または戦死した模様。
「ふう……ラニア、ベアトリクス、怪我はないか?」
俺は血に濡れた刀を振り払いつつ、二人のもとへ寄って行く。彼女たちも目に見える怪我はなさそうだが、かなり疲労の色を見せている。
「う、うん……魔法をずっと使い続けたから、ヘトヘトです……」
ラニアが肩で息をしながら腰を落とし、ベアトリクスは氷を血で汚した杖を握りしめ、「一瞬でも気を抜けば突破されかねなかったわね……」とため息まじりに呟く。
俺は周囲を見渡す。若手騎士たちも、けっこう怪我人がいる。フェリシアが盾を構えたまま地面に膝をつき、ロデリックが苦しそうに胸を抑えているが、何とか生きてる。ガレットが救護班を指揮して手当てをしている。
「しっかり手当てしろ! 団長も姫様も、これから本拠地に攻め込むことを視野に入れている。次の戦いまで時間はないぞ!」
俺は自分に言い聞かせるように、兵を励ます。傍らには団長が馬から降りて騎士たちを鼓舞していたし、姫様も騎兵を下りて前線を見回っている姿が見える。
こうして、帝国騎馬軍の突撃は、王女セレスティアたちの挟撃で最終的に粉砕された。
だが、これはまだ先鋒戦。イザール侯自身の本拠地は、この先の要衝に築かれた城塞と聞く。そちらが真の本番となるだろう。
王女がこちらへ歩み寄ってきた。鎧越しでも分かるほど鋭い光を放つ瞳が、俺の目をしっかり捉える。
「副団長、よく耐えたわね。あなたの先遣隊が奮戦してくれたおかげで、こっちは比較的楽に突撃できたわ」
俺は刀を鞘に収め、深く頭を下げる。「ありがとうございます、姫様。みんな死力を尽くしたんで……正直、死傷者は出ましたが、全滅は防げました」
姫様は微かに目を伏せ、「残念だけど戦だから仕方ないわ。あなたたちの頑張りは、必ず報われる。そのためにも、わたくしは……もっと奥へ踏み込むつもり」
その言葉にドキリとする。王女の中には、ただの戦じゃなく、“未来の国づくり”への覚悟があるのだ。
「団長との打ち合わせを終えたら、すぐ次の一手に移るわ。イザール侯が立て籠もる城塞まで、一気に進軍する準備をしなきゃ。あなたたちも、体を休める間も惜しんで行動してちょうだい」
「了解です、姫様……!」
姫様が歩み去り、俺は肩で荒い息をつきながら周囲を見渡す。大地に散らばる敵兵の死骸、血の河ができたような惨状だが、これが帝国平定への道なら止まるわけにはいかない。
ラニアとベアトリクスが傍らに寄り、「シチトラさん……大丈夫?」「すぐに救護が必要なところは?」と気遣ってくれる。俺は力強く「大丈夫」と返し、心を奮い立たせた。
騎士団長も怪我なく健在、これから本拠地攻略が始まる――長い戦いになりそうだが、ここまで来たら一気に駆け抜けるしかない。
仲間たちとともに、血で彩られた大地を踏みしめながら、次なる戦への準備を始める。




