第50話「帝国諸侯との激突──王女の号令と決戦の地」
曇天の下、砦を出て数日。
王女セレスティアの率いる本隊と、俺たち先遣隊を含む先発部隊は、帝国領の奥へと馬を進め続けていた。最初の騎馬突撃を退けた後、帝国諸侯の一角を担ぐ“イザール侯”という人物が、手勢を集めて防衛線を張っているらしい。
どうやらそこが、この内乱状態の帝国をまとめる残された勢力の要の一つと噂されていた。王女たちはその要を一気に叩いて、帝国南部まで掌握する構えだ。
数えきれないほどの兵馬が、かつては帝国の街道だった道を埋め尽くしている。
先日合流した王女セレスティアや騎士団長が、全軍を率いる形で各隊を動かし、周辺の小規模抵抗勢力を粛々と掃討しながら、イザール侯の支配する地域へと突き進むのだ。
戦火を逃れ、路上にうずくまる難民や、廃れた村を見かけるたびに胸が痛むが、いまは“戦”が最優先。王女殿下も「帝国を平定してこそ、彼らを救える」と語るだけに、兵を弛める余裕などない。
砦での戦いをきっかけに名を上げた騎士たちは、陽動部隊として先行する者、または地の利を活かして情報を収集する者などに振り分けられている。
副団長シチトラ・ハシダの部隊は、先遣隊として“本隊のまわり”を守るように展開し、姫様や団長からの指示を受けつつ、要所要所で機動力を発揮する立場に立っていた。
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草原のほぼ中央に、王女セレスティアが率いる本陣の白幕が張られる。大きな軍旗が高く掲げられ、騎士団長をはじめとする幹部たちが次々に出入りしている。
姫様は軽い甲冑を纏い、玉座ではなく臨時の木製椅子にゆったりと腰掛けていた。まるで“戦場での統治者”のような雰囲気を醸し出し、周囲に威厳を放っている。
「イザール侯が籠もる本拠地まで、あと二日の行程。それまでに周辺を押さえ、補給路を整えなければ、正面衝突は危険だわ」
セレスティアが地図を指し示して話すと、騎士団長が深く頷く。
「姫様の仰せの通り、すぐ大決戦をするのではなく、まず包囲網を確立するのが得策でしょうな。副団長のシチトラをはじめ、各隊を前後に配置する形で……」
そこで団長が視線をこちらに向け、俺へ合図を送る。「シチトラ、そなたの隊は引き続き先行偵察と敵軍の陽動を頼む。ラニアやベアトリクスの魔法も要だ」
俺は姿勢を正し、「承知しました。砦からここまで来る間の小戦闘でも、あちらは統率が取れていない印象を受けます。部隊を分断してしまえば落としやすいかと」
姫様が微かに笑みを見せ、「頼もしいわね。あなたたちの活躍があるからこそ、我々は安全に進めるのよ」と言葉をかけてくれる。
王女と騎士団長の信頼を感じつつ、俺は肩にのしかかる責任の重さも痛感していた。
本隊との作戦会議を終えた後、俺の部隊は再び前へ進むことになった。
ラニア、ベアトリクス、そしてロデリックたち若手騎士が一列で馬を進め、夜営を行う場所を探す形だ。
やや涼しい風が吹き、遠くには廃墟になった村が影のように佇んでいる。誰の姿もなく、荒野の闇が不気味に広がる。
「相変わらず悲惨な光景が続いてるわ……」
ベアトリクスがローブを握りしめながら低く言う。ラニアは寂しそうに眉を下げ、「帝国がこんな状態じゃ、人々が安心して暮らせるなんて想像できないですね……」と息をつく。
俺は刀の柄を確かめながら、「だからこそ、姫様も早く平定したいんだろう。ここを落として、人々に秩序と支援を与える……それが王国の狙いだ」と自分にも言い聞かせるように答える。
ロデリックが馬を横付けして、「副団長、俺たちが先頭で偵察しましょう! フェリシアたちも後続を支えて、ガレットが地図を確認中です」と報告する。
「分かった。気を抜くなよ。イザール侯の手勢がいつ出てきてもおかしくない」
そして翌朝――夜営が終わり、まだ白み始める頃に、ついに大規模な衝突が起きた。
「敵影、正面に多数!」
偵察兵が必死の形相で駆け込んでくる。どうやらイザール侯の先鋒部隊がこの街道を封鎖するため、こちらを待ち構えていたらしい。戦列を組む騎兵や重歩兵が暗い土煙の向こうに見える。
「数はどのくらい?!」
俺が問いただすと、ガレットが急ぎ計算したように「少なく見積もっても千以上……!」と答える。
ロデリックとフェリシアが即座に装備を整え、ラニアやベアトリクスも馬を走らせて拠点へ戻り、騎士団長と姫様に報告を送る段取りだ。
しかし敵が待ってくれるわけもなく、やがて大きな角笛が鳴り響き、帝国軍が一斉に移動を始めた。
「くそ……ここで大軍とぶつかるのかよ!」
兵の一人が悲鳴めいた声を上げるのを耳にしながら、俺はすぐに号令をかける。
「落ち着け! 団長たちもすぐ来る! まずは陣を組んで耐えるぞ!」
王女セレスティアと騎士団長が率いる本隊は後方に控えているが、距離的にはそこまで遠くはない。数時間で増援が到着するはずだ。
しかし敵はその“数時間”を与えまいと、猛スピードで押し寄せてくる気配がある。
ラニアとベアトリクスが兵を鼓舞しながら、結界の準備を始める。一方、ロデリックは「副団長、俺が前列を指揮します!」と豪腕を振りかざし、フェリシアが「はい、私も盾隊をまとめて守備を固めます!」と続く。ガレットは「こちらで地形を利用した布陣を考えます!」と地図を開く。
あっという間に戦場が動き出す。太鼓や角笛の鳴り響くなか、帝国兵と思しき集団が金属の輝きとともに出現し、俺たちが構えた陣にぶつかる刹那──
「耐えろ! 姫様と団長が来るまで……あと少しでも粘るんだ!」
俺は刀を抜き放ち、先頭に立つ。土煙の舞うなか、耳障りな咆哮と金属音が重なり、戦いの火蓋が切って落とされる。
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こうして、イザール侯の先鋒部隊らしき大軍と、シチトラ副団長の先遣隊が激突する。
王女セレスティアと騎士団長が援軍に駆けつけるまで、この先遣隊は大軍の猛攻をしのぎきれるのか。ラニアとベアトリクスの魔法は戦線を支えられるのか。
激しい戦音が夜明けの静寂を切り裂くなか、帝国の要衝をめぐる血戦が始まったのだった。




