第49話「戦端の炎──砦を染める帝国の猛攻」
夜明け前、砦を包む空気が妙に冷たく感じられた。
つい昨日までは、王女殿下や騎士団長の本隊が合流して、ようやく大きな力を得られたと安堵していたのに、なにやらただならぬ緊張が満ちている。
兵たちの息遣いが、まるで獣のように荒い。誰もが戦いを目前に控え、これまで以上に警戒感をにじませていた。
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砦の石壁をかすめる一陣の風に、俺は刀の柄へと自然に手が伸びる。
先遣隊の仲間たちも、夜明け前の巡回をこなしつつ、いつでも飛び出せるよう備えている。
ロデリックが低い声で呼びかけてきた。「副団長、北東方面に妙な気配です。偵察兵が戻ってきたんですが、どうやら複数の騎馬隊が隠れ潜んでるらしい……」
フェリシアが眉をひそめ、「昨日から山道を回ってきてるんですね。どこかの諸侯が結託してるのか、それとも別の勢力か……」
ガレットは地図を指し示しながら、昨夜までの情報を整理する。「団長も姫様も、もし相手が先に攻めてきたら迎撃する構えと言ってました。砦の守りを最優先しろって」
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ラニアが火の魔力で薄暗い通路を照らしながら駆け寄ってきた。
「シチトラさん、本隊側も準備に入ってます。姫様が『いつでも攻めてきなさい』と、騎士団長とともに外周の布陣を強化してるみたい」
ベアトリクスが後ろから追い付くように歩をそろえ、「夜のうちに襲われると思ってたけど、夜明け直前とはね……。闇に紛れるよりは多少マシだけど、敵もなかなか狡猾な戦略を立ててそう」と静かに吐息をつく。
確かに、国境から奥へ進むほど帝国の領主たちは四散してるが、その中には気骨のある戦闘集団もいる。どうやら彼らが一気に仕掛けてくる流れになっているらしい。
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砦の上階に駆け上がると、騎士団長が馬上から兵に指示を出す声が響いていた。
「あそこか……団長に状況を聞こう」
俺はロデリックたちを引き連れ、司令テントへ向かう。
扉をくぐると、中には王女セレスティアの凛とした姿もあった。鎧の軽装を施し、普段の高貴さをどこか残しつつも“戦う王女”の風格がにじむ。
「シチトラ、そろそろね。敵がこちらを包囲しようとしてるみたいよ」
彼女が地図を示しながら眼差しをこちらに向ける。
「分かりました。おれたち先遣隊は正面で迎え撃つ形にしますか? それともやはり、周辺の防衛を固めたほうが……」
騎士団長が低く唸り、「奴らが砦に殺到する恐れもあるが、ここは騎士団が左右から叩く手はずにしている。シチトラは中央を押さえろ。姫様もそこに出る気でおられる」と告げる。
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その時、砦の外から一際大きな喚声と馬蹄の響きが広がった。
「来た……!」
誰かが絶叫するように駆け込んできて、「敵騎馬隊が砦の北門に突撃をかけてきます!」と報告。団長や姫様が「全軍、布陣につけ!」と声を張り上げ、指示を飛ばし始める。
俺も刀の柄を握りしめ、「ラニア、ベアトリクス、ついて来い。ロデリックたちに合流する!」と走り出す。
作戦テントから砦の広場を抜ける間、すでに兵士たちが一斉に武器を取り、門付近へ集まっていた。
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石段を駆け上がり、北門の上壁に立つと、まだ薄明に包まれた視界の先に、馬上の集団が見えた。
砦の周囲を円を描くように取り囲み、何度か合図のような旗を振っている。そのかすかな声が、敵の士気を高める鬨の声のように聞こえる。
「何百騎もいるのか……? 結構な数だな」
ロデリックがかすれ声で呟く。
フェリシアが盾を構え、「でも、砦の門からは入りにくいでしょ。よほどの突撃をかけてくるのか……?」
ガレットが不安げに眉を寄せ、「もし周りから同時に攻められたら、団長たちの援軍が来るまで耐えきれるかどうか……」と苦い顔をする。
「大丈夫だ。姫様がすぐ部隊を動かすはずだし、砦の構造を活かせば、そんなに簡単には突破されない。落ち着いて迎え撃とう」
俺は刀を抜き放ち、胸に湧き上がる緊張感を押さえながら仲間に言い聞かせる。ラニアとベアトリクスもすぐ側で杖を構え、いつでも結界や攻撃魔法を繰り出せるよう身構えていた。
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砦の外で角笛が鳴り響き、瞬間、騎馬隊が地面を轟音とともに蹴りながら突撃を始める。
「来るぞ……!」
俺は北門に配置した弓兵たちに指示を出し、「第一射!」と声を張る。
矢の雨が馬蹄の群れを襲うが、敵も盾や巧みな騎乗術で弓をかわし、じわじわ門へ近づいてくる。
「ラニア、ベアトリクス、門前に火と氷で妨害してくれ!」
ラニアはすぐに“火の結界”を展開して馬の進路を狂わせ、ベアトリクスは“氷の突起”を地面から競り上げて騎兵を分断させる。
「うわっ、すげえ……」
兵たちがその魔法の力に感嘆する一方、俺はロデリックに目配せして、「門が破られそうなら、すぐ前に出て押し返すぞ」と準備を促す。
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轟音のなか、敵騎馬隊の一群が燃え広がる障壁や氷塊を必死に避けて迂回しようとするが、フェリシアとガレットが率いる歩兵がそちらへ回り込み、接近戦で迎撃する。
「くっ……俺たちをなめるな!」
ロデリックが大剣を振るい、馬上の敵を叩き落とす。騎士団の兵士たちも負けじと声を上げ、門前で激しい血しぶきが飛び散った。
まるで大地が振動するような衝撃の連続に、兵も馬も悲鳴を上げて混濁した空気が充満する。
砦の壁上から、俺は状況を見回し、一瞬で判断する。
「大軍が総攻撃をかけてきたわけじゃないのか。先発騎馬隊だけの突撃? ……あれは陽動かもしれない」
一歩下がって兵に「門を守りつつ、脇を固めろ!」と指示しながら、脳裏で嫌な予感が過ぎる。もし別の場所から本命が来ているとしたら、そちらを手薄にしてはいけない。
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そのとき、「姫様が動かれた!」と誰かが叫ぶ。
見ると、騎士団本隊が砦の南門から回り込み、騎兵を率いて出撃する様子が見える。王女セレスティアと騎士団長が最前線に立ち、一気に敵を挟撃する構えだ。
「正面の騎馬は、そのまま姫様たちが追い込みに来るはずだ。おれたちは門を固めて逃げ道を断とう!」
俺が声を張り上げると、兵たちは士気を高め、「了解!」と答える。ロデリックたちも「よっしゃ、逆に追いつめてやる!」と気炎を上げる。
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戦場は一瞬で激しい咆哮と悲鳴に包まれた。
門前での衝突、砦の外からの騎兵の音、そして魔法の閃光。砂埃と血の臭いが混じり合い、視界は煙りがかったように白んでいく。
それでもラニアは結界を維持し、ベアトリクスは風の一閃で敵馬を吹き飛ばし、砦の防衛を続けてくれる。
「くそっ、敵は何人だ……?!」
兵の一人が叫ぶ横で、俺は刀を振って騎馬から転落しそうな敵兵を斬り伏せる。
“こんなものか、帝国の抵抗勢力”と思うが、彼らの目には必死の覚悟が宿っているのを感じる。決して弱くはない。
しかし、王国騎士団の力は今や圧倒的だ。団長と姫様が外から攻めれば、敵は混乱に陥る。
やがて“凄まじい馬蹄”の振動が遠くから迫り、姫様の部隊が敵の後方を叩いたようだ。騎馬の突撃に悲鳴が上がり、まもなく呆気なく騎馬隊は総崩れを起こす。
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門の外を見下ろすと、敵騎馬隊が逃げ散っているのが分かる。王女セレスティアの本隊が道を塞ぎ、騎士団長がその中央で号令を発している姿がちらりと見えた。
(……おれたちの砦周辺は大丈夫そうだな)
俺は汗を拭いながら、すぐさま周囲に指示を飛ばす。
「敵の残党を深追いするな。傷ついた味方を救護しろ! ラニア、治癒魔法を使えるか?」
「は、はい! 急いで行きます!」
ラニアが兵を連れて怪我人の方へ向かい、ベアトリクスは風の術を解いて砦の外壁を確認する。ロデリックたちも駆け回りながら兵の状況を確認している。
やがて騒音が少し落ち着き始め、敵の騎兵が四散して丘の向こうへ逃げ去るのが見えた。大規模戦というよりは、大きな騎馬突撃が砦を襲った一局面で終わった形だ。
「おれたちの被害は……? 死者、重傷者は出てないか?」
兵の報告を受けながら、俺は騎士団長と姫様の状況を探りたい気持ちを抑えて、まず砦の統制を取り戻す。
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こうして最初の大きな衝突は、王国側の優勢で幕を閉じた。
だが、これは帝国の本格防衛軍でも何でもなく、あくまで先行騎馬の急襲にすぎない。もっと大規模な戦いがこの後に控えているだろう。
(姫様や団長が来てくれたから助かったが、もしこれが陽動で本命が別にあるなら……)
少し嫌な予感を抱きつつ、俺は騎士たちに負傷者の救護を急がせ、姫様たちとすぐに合流すべく準備を始める。砦を再度点検して、次なる戦いに備えなければならない。
戦の火蓋は切って落とされた。王女セレスティアと騎士団の大軍が押し寄せた今、この荒れ果てた帝国の地にどんな未来が訪れるのか――俺は仲間たちの無事を祈りつつ、刀を納める。




