第48話「砦に集う軍勢と揺れる帝国の兆し」
硬い石壁と土の匂いに包まれた帝国の砦は、相変わらず荒涼としているが、ここを拠点にしていたシチトラたち先遣隊が住民を保護し、小競り合いの抵抗勢力を退けて以来、落ち着いた空気が漂っていた。
しかし、その空気も、今日を境に大きく変わろうとしている。ついに王女セレスティアが率いる本隊がここへ到着する報せが届いたのだ。
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朝も早い時刻、砦の外で見張りをしていたロデリックが石壁から顔をのぞかせて叫ぶ。
「副団長! 北から大軍が近づいてきます! 王女様の旗を掲げてるのが見えました!」
俺はラニアとベアトリクスを呼び、慌ただしく城門のほうへ向かう。砦にこもる住民たちも「王国の本隊が来るのか?」とそわそわ落ち着かない様子だ。
外の街道に目を凝らせば、やがて見慣れた騎士団の旗がはっきりと揺れているのが分かる。先頭をゆくのは騎士団長の馬、そのすぐそばに王女セレスティアが衛兵に囲まれながらゆるやかに進んでいた。
並んでいる兵の数は、先遣隊の比ではない。重厚な甲冑の騎士や長槍の歩兵、弓兵や魔法隊までもが行列を組んで砦の前へ続々と流れ込んでくる。
「姫様、ついに来たか……」
俺は胸の奥で安堵を覚える。大部隊が合流したということは、ここから本格的に帝国攻略が始まるのだ。
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王女セレスティアは軍服の上に軽装の甲冑を合わせ、普段より鋭い眼差しを見せていた。彼女は砦の入口で馬を下り、騎士団長、文官などを引き連れながら石段を上がってくる。
俺は仲間たちを伴い、出迎えの姿勢をとった。すると、セレスティアはまっすぐこちらを見つめ、誇り高い笑みを浮かべる。
「副団長シチトラ・ハシダ。先遣隊が無事に砦を確保したと聞いているわ。大したものね」
姫様の声はいつもより張りがあり、疲れを感じさせない。遠征の道中も、指揮を執ってきたに違いないが、見えない努力を感じさせるだろう。
「ああ、姫様。この砦を抑えれば、この先の街道を支配するのに都合がいいと思います。周辺の住民もすでにこちらに協力する姿勢を見せています」
俺が報告すると、セレスティアは軽く頷く。
「ええ、助かるわ。これで後続の本隊も展開しやすい。……あなたたちが踏ん張ってくれたおかげね」
一瞬だけ、彼女の目が優しく微笑んでいるように見えたが、すぐに表情を引き締め、「それじゃあ団長とともに作戦会議を開きましょう」と言葉を結ぶ。
騎士団長はというと、まだ馬上で周囲を見渡しながら部下たちに指示を飛ばしていた。砦の外に大規模テント村を作り、そこで兵を休ませる算段らしい。やがて団長も砦へ足を運び、騎士団幹部がそろう形で作戦会議が始まる。
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砦の広い石壁の上は、今や人と馬がひしめく軍の拠点へと変貌しつつあった。兵士が物資を運び込み、魔法使いが通信手段の整備を行い、文官が書類を抱えてうろつく。かつての寂れた廃墟とは思えない熱気だ。
ラニアとベアトリクスも兵士を手伝いながら、「これで補給路が安定するわね。姫様も動きやすくなるはず」と言葉を交わす。
ロデリック、フェリシア、ガレットの三人は、姫様の到着に対して内心大はしゃぎ。
「俺たちも一気に突き進めるぜ!」「フェリシア、張り切りすぎないでよ」「ガレット、あんたこそ作戦を誤るなよ」など、部下同士で軽口を叩きながら準備を整えていた。
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夕刻、砦の一角にある元大広間を仮の作戦室として、王女セレスティアと騎士団長、主要幹部が集まる。俺やラニア、ベアトリクス、そして文官も同席して地図を囲んだ。
「ここから南東に進むと、帝国の旧領主イザール侯が支配している地域がある。どうやらそこが一番の要塞化されているらしい」
騎士団長が指し示す先は、川と森に囲まれた一帯で、大軍が正面から行くと苦戦しそうだ。
セレスティアは鋭い眼差しでその地図を睨み、「なら、複数ルートで侵攻して包囲する形がいいわね。あなたたち先遣隊が西から回り、本隊は正面を……」と早口で考えを述べる。
「副団長、あなたはどう思う?」
彼女の視線が俺に向けられる。その問いかけに一瞬の戸惑いを覚えるが、すぐに気を取り直して答える。
「イザール侯の兵力がどの程度か、まだ不確実です。下手に分散しすぎるのは危険かと。西から回り込むなら少数精鋭での奇襲が良さそうです。おれと部下が出向く形もありかと思います」
セレスティアが微笑みながら頷く。「いいわね。そっちのほうが先遣隊の得意分野でしょう。大軍を正面で構えて、あなたたちが周辺の拠点を落としていけば、侯の主力は分断されるはず」
会議はおおむねそんな方針でまとまり、騎士団長も「うむ、シチトラの部隊なら奇襲向きだろう」と同意する。まもなく帝国の要衝に向け、少数先発隊と本隊が連携して侵攻が始まるのだ。
周囲の幹部も口々に「それがベストだ」「姫様の判断は的確だな」と頷き、会議は終了に向かう。最後にセレスティアが一同を見渡し、まるで演説するかのように告げた。
「この砦を足がかりに、帝国をまとめる準備を進めるわ。皆、油断せず、次の一手を踏みしめてちょうだい。わたくしは……王国の未来を懸けているから、誰よりも本気よ」
その言葉に、大きな拍手や敬礼が沸き起こった。
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こうして、砦での生活に本隊が合流したことで、本格的な帝国制圧へ向けた大きなうねりが生まれた。
俺は砦の外へ出て、夕焼け空を見上げる。姫様がこんなにも気迫をみなぎらせている姿は久しぶりだ。騎士団長も頑丈そうだが、何か起こるかもしれない……嫌な予感も少しある。
しかし、いまは前へ進むしかない。ロデリック、フェリシア、ガレット、そしてラニアとベアトリクス――俺の大切な仲間たちを率い、姫様の意志を支えるために。
空が赤から深い紫へと染まるころ、砦の大きな焚き火が揺れているのが見えた。戦火の匂いを含んだ夜が、また始まるのだ。




