第47話「迫る騎馬の影──砦に揺れる夜と俺たちの決意」
夕刻の風が、砦の石壁を撫でていた。
あれから数日。俺たち先遣隊は、ここ帝国の古い砦を拠点に周辺を制圧しながら、本隊の合流を待っている。荒れ果てた帝国領の地で、初めての大きな衝突を無事乗り切ったのはいいが、なかなか気が抜けない。
「夕方なのに……蒸し暑いわね」
ローブの裾をひるがえしながら、ベアトリクスが見晴らし台のほうへやって来た。
「ん……夜になる前に、もう少し偵察を強化したほうがいいだろうな。昨日も北の山道で騎馬の一団がどうとか……」
俺は石段を下り、彼女とすれ違うように視線を交わす。日に焼けた石壁が、僅かな体温を返してくる。まさに“敵地”という感じだ。
「あの報告の真偽が気になるのよ。偵察隊が言うには、十数騎らしいけど、無関係の旅人かもしれないし、抵抗勢力の一部隊かもしれない」
ベアトリクスは腕を組み、険しい表情を見せる。
「……分からないからこそ、警戒あるのみさ。少なくとも、魔物の森ほどの奇襲はないと思うけど……帝国の内乱は想像以上に複雑だしな」
砦の広場では、ロデリック、フェリシア、ガレットの三人が兵たちと打ち合わせしている姿が見えた。今回の戦いでかなり頼りになる仲間になったが、それでも帝国の広大な荒野を前にすると、緊張は隠せない。
この荒廃した帝国領には、まだどれほどの抵抗勢力や盗賊団が潜んでいるか知れないんだから。
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俺は砦の広場を横切り、柵で囲われた一角にいるラニアの姿を捉えた。彼女は子ども連れの住民と話している。
「ああ、シチトラさん! ちょうどいいところに」
ふと呼ばれ、近づいてみると、先日助けた住民たちの代表らしい初老の男が、頭を下げている。
「わしら、この砦にしばらく留まろうと思うんです。外にはまだ荒くれ者がうろついてるので……。王国の人たちが本当に守ってくれるなら、協力させていただきたい」
細い声だけど、その言葉には揺るぎない決意を感じる。魔物の森で領地を作った俺としては、こういう申し出は嬉しい。助けられる人がいるなら、助けたいから。
「助け合おう。おれたちが不在のときでも、この砦を維持するのに力を貸してもらえるなら助かる。姫様の本隊が来るまでは、そう長くないと思うし……」
俺は男の肩をぽんと叩く。ラニアが笑顔でうなずくと、住民の子どもが「お兄ちゃん、剣強いんでしょ? ボクもなりたい!」と無邪気な声を上げる。
「あはは、騎士団に入りたいのかな? まずはしっかり食べて大きくならないとね」とラニアが優しく返すと、子どもは照れくさそうに笑い返した。
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夕焼けが砦の壁を染め、夜闇が近づいてくる。
俺はロデリック、フェリシア、ガレットを呼び、一日の終わりの会議を開く。ベアトリクスとラニアも同席して、小さなテーブルを囲んだ。
偵察隊が昼に戻ってきた情報によると、北の山道にいた騎馬の集団は、どうやら敵方の様子を探りに来た斥候らしい、という説が強い。
「その騎馬、何か旗印を掲げてたとか?」
「いえ、無印でしたが、馬の手入れが行き届いてたそうです。素人じゃないってことですね」
ガレットの報告に、フェリシアが眉を寄せる。
「もしかすると、帝国諸侯の一角を担ぐ武装勢力かもしれませんね。どうしても“王国が来たら迎え撃つ”って者たちがいるはずですし」
「そいつらが大勢を連れて砦に来る前に、こちらとしても手を打つべきか……。けど、あまり深入りして痛手を負うのは得策じゃない」
ロデリックが大きな肩を揺らして息を吐く。「副団長、やはり本隊が合流するまで防御を固めるのが最善でしょうね。オレはいつでも出撃できますけど!」
俺は苦笑しながら相槌を打つ。「焦って飛び込めば、命取りだろう。団長や姫様が到着したら、ここを拠点に一気に押し込む計画だ。もう少し我慢してくれ」
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会議を終え、みんなが散っていくと、ラニアとベアトリクスが残って少し話しかけてきた。
「シチトラさん、さすがに疲れてませんか? 今日もずっと動き回って」
「あまり無茶しないで。あなたが倒れたら、みんな困るんだから」
俺は二人の気遣いに苦笑しつつ、砦の土臭い空気を深く吸い込む。
「ありがとう。おれも慣れてるつもりだけど、やっぱり戦場に近いと気が張るな……。でも、おまえたちがいて助かるよ。魔物の森のときもそうだったけど、二人が一緒だと心強い」
ベアトリクスが遠くを見つめながら「姫様も、きっと近いうちに来るわね。……そこからが本番かもしれない」と静かに呟く。
ラニアも「ほんと、姫様がいると騎士団も一気に士気が上がりますしね」と笑う。
――確かに、王女セレスティアが本隊を率いて合流した瞬間、帝国領での本格的な戦いが始まるだろう。俺は胸の奥で、大きな鼓動を感じていた。
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こうして、砦の夜は更ける。
周辺にはまだ危険な勢力が潜んでいるものの、先遣隊は警戒態勢をとりながら“決定的な衝突”を待つ姿勢だ。
王女たち本隊の到着が遠くない今、帝国の荒れ野は近く新たな戦火に包まれるだろう。そのとき、俺たちはどんな戦いを繰り広げ、どんな未来を掴むことになるのか。
夜風が石壁を撫でる音を聞きながら、俺は静かに刀の柄に手を触れ、来るべき戦いを思っていた。




