第39話「賑わう領地──ふたりの妻と華やぐ日常」
新居の完成から数か月が経ち、シチトラたちの生活はにぎやかなものになっていた。
広い屋敷の周辺には村人や移住者が集まり、フロリウスの手腕もあって、領地は活気づき始めている。
今日も晴れた空の下、シチトラが敷地を見回っていると、どこからか笑い声が聞こえてきた。
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「ほらほら、もっと力を入れて――ああっ、危ない!」
屋敷の裏手にある小さな畑で、ラニアが住民相手に魔法式の農具を試していた。
その魔法道具は土を柔らかくする便利なアイテムだが、慣れていない人が使うと暴走するらしく、畑を耕しすぎて地面が盛り上がってしまうことも。
「わ、わーっ! ごめんなさい!」
ラニアが慌てふためくと、周りの村人が大笑いしつつ手伝ってくれている。失敗をフォローしては「ラニア様、ゆっくり焦らず!」とアドバイス。
その光景に、シチトラは思わず吹き出す。
「ラニアはしっかり者かと思いきや、こういうところでドジるんだよな」
「でも、村の人とすっかり打ち解けてるわね」
黒いローブを風になびかせて現れたベアトリクスが、苦笑いしながら言う。
彼女はというと、屋敷の書斎で今日も魔法の研究をしていたが、ラニアの悲鳴が聞こえて野次馬的に見に来たらしい。
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午前の作業を終え、一同は屋敷の中庭で休憩していた。
冷たいジュースを片手に喉を潤していると、ラニアがむくれたような表情でシチトラを睨む。
「もう、シチトラさん……わたしが失敗したところ、笑いましたよね?」
「悪い。あまりに慌ててたから、つい……」
「ひどい……。わたし、昨日の夜はあんなに頑張って……」
言いかけて、彼女は顔を赤くして口を噤む。
ベアトリクスがクスクス笑い、
「ラニア、そんな露骨に言うと周りが気づいちゃうわよ。……あなたも覚えてないの、シチトラ? 夜中にラニアと結構燃えてたんだから」
「う、うぐ……ああ、すまん。そうだな……ありがとな、ラニア」
途端に、使用人たちの目が「え、なに? 夜になにが?」と言いたげに向かうが、三人は微妙に視線を避け合う。
さすがに人前で夜の話題は恥ずかしい。
とはいえ、三人の夫婦生活は周知の事実。屋敷の人々も「ああ、今夜はラニア夫人がシチトラ様の部屋に行くのかな」程度には察しているらしい。
ただの田舎育ちや移住者にとっては、男爵が2人の夫人を持つというだけでも不思議な光景。少し性に奔放に見えるかもしれないが、笑い合いながらも着実に絆を深めているのが伝わってくる。
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午後、フロリウスが屋敷を訪れ、相変わらず分厚い書類を抱えてきた。
「男爵殿、こちらに目を通していただけますか? 今月の出納報告と、村の人口推移、さらには旧帝国からの移民申請のリストです」
「うわ……相変わらず多いな。ありがとな、フロリウス」
シチトラがソファーに腰掛け、書類をめくっていくと、すぐにラニアとベアトリクスも背後から覗き込み、“妻として”領地経営に関わる姿勢を見せる。
新住民の数は以前シチトラが助けた村の人々を中心に、順調に増えている。
新しい区画の開発については魔物の森から得られる木材や薬草を利用し、商業の可能性が高まってきた。
旧帝国民からの移民はというと、フロリウスの紹介で受け入れを検討中。文化の違いをどう埋めるかが課題だ。
「今のペースなら、年内には商業地区が形になりそうだ。そうなると税収も安定するし、騎士団とも協力しやすくなる」
「いいじゃない。そうすれば帝国側の住民も流れてきやすい。これぞ国力アップの一翼ね」
ベアトリクスが口を挟み、ラニアも「わたしが温室で育てた薬草を売れるかも!」と笑顔だ。
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さらに、フロリウスが「住民から“もう少し街道を整備してほしい”という声が上がってます」と報告する。
「なるほど……。じゃあ村長にも確認しよう。村人の移住が進むなら、交通を拡充しないとな」
シチトラが地図を広げながら指示を出すと、ラニアが嬉しそうに告げる。
「きっとみんな来てくれますよ。シチトラさんがあんなに活躍した森の開拓エリアを見れば、安心して移住できるはずです!」
「……おれもあの村には世話になったからな。もし移住を選ぶなら、しっかり手厚くサポートしたい」
ふとベアトリクスが、「とはいえ、急速な人口流入にはインフラが足りない。お風呂も、井戸も、衛生面を考えなきゃね」と真面目に付け足す。
「そりゃそうだ。そこも計画しよう。フロリウス、頼むぞ」
「かしこまりました。男爵殿と奥様方の意見を踏まえ、すぐに草案を作ります」
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夜、夕食を済ませてから、三人でラウンジのソファーに腰を落ち着ける。
ラニアが淹れたハーブティーの香りが漂い、ベアトリクスが読んでいた魔道書をぽんと閉じる。
「はあ……今日も充実してたわね。昼は畑でドタバタ、夕方は書類作業で頭使って」
「ほんとだよ。まさか領地経営がこんなに忙しいとは思わなかった……でも、なんだか満足感あるな」
シチトラが微笑むと、ラニアが隣にすり寄ってきて、手を繋ぐ。
「ねえ、シチトラさん……わたし、もうちょっと、夫婦っぽく過ごしたいなあ」
ベアトリクスが「まったく、また色気満載ね」と苦笑しつつ、しかし「でも私も、たまには甘えたいもの……」と少し視線を外す。
「おいおい……君ら今日は朝から元気すぎだろ」
頬をかくシチトラを、二人がクスクス笑いながら挟み込み、ふわりと華やかな香りに包まれる。
「いいじゃない。わたしたちは奥様同士も仲がいいんだから。シチトラさん、あなたが好きだって気持ちは同じよ」
「うん……ベアトリクスさんもわたしも、あなたにちょっと甘えたい気分なんです」
そんな会話をしながら、三人は少し暗くした室内で寄り添い、何気ない夫婦の時間を楽しむ。激しい行為は控えめにしても、肌が触れ合う感覚や甘い囁きが、疲れを癒やしてくれる。
新居での生活は、こうして笑いと愛に包まれながら、少しずつ進んでいく。




