第38話「新居の笑顔──始まりの日々とふたりの花嫁」
新居の大きな扉を開けると、かつては荒地だった一帯に立派な屋敷が堂々と建っていた。
敷地には温室や厩舎、小さな鍛錬場まで揃えてあり、玄関には控えめながらも上品な装飾が施されている。
そして、その屋敷の奥から軽やかな足音が聞こえてきた。
「シチトラさん、おかえりなさーい!」
紅の衣をまとったラニアが、笑顔で駆け寄ってくる。
「ただいま。……いやあ、外で領地の整備を見回ってたら、なんだか疲れたよ」
肩をすくめると、ラニアはくすっと笑う。
「お疲れ様です。いろいろ歩き回ってきたんですね。ベアトリクスさんが今、奥の書斎で書類を整理してくれてますよ」
そう言われて廊下を進むと、屋敷の一角に広い書斎があり、そこにベアトリクスが黙々と向き合っていた。黒いローブを軽く肩から外し、束ねた髪を落とした姿は、どこか“魔女”というより“家庭人”に近づいている。
「戻ったのね、シチトラ。……区画の視察はどうだった?」
さりげなく瞳をこちらに向ける彼女。
「想像以上に順調だよ。フロリウスが上手く仕切ってくれてるし、町から移ってくれた人も馴染んでる。……おまえも書類整理ありがとな」
ベアトリクスは鼻を軽く鳴らしながらも、その口元は優しくゆるんでいる。
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数か月前、俺たちは新居の完成と同時に、挙式を済ませた。
元の世界で修行のために放浪していた俺が結婚式など想像もつかなかったが、この世界では複数婚も珍しくないし、ラニアとベアトリクスの二人ともを正式に娶ることになったのだ。
あの挙式の日、美しい衣装を纏ったふたりが笑顔で並び、俺が誓いの言葉を口にした瞬間、胸が熱くなったのを覚えている。……照れ臭さで顔が真っ赤になったが、さすがに今ではいい思い出だ。
その後、本格的に三人が同居を始めて、笑いと賑わいが絶えない毎日を送っている。
ラニアは屋敷の温室で植物を育てたり、魔法の研究を兼ねて料理に挑戦したり。失敗するたびシチトラに「ごめんなさい!」と涙目になって、ベアトリクスに“そこは温度調整が…”と助言される。
ベアトリクスは魔法の実験装置や資料をまとめながら、ラニアと一緒に議論し、「実はあなたの結界はこう改良するといい」などと建設的にサポートしてくれる。
ふたりとも息が合っている。三人で夕食を作ったり風呂場で騒いだり、時に夜が更けてから肌を寄せ合う甘い時間を過ごしたりしている。
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「ふふ、今夜はどっちの部屋に行くんですか、シチトラさん?」
からかうようなラニアの言葉に、ベアトリクスは笑みを抑えきれず、「そんな茶化し方、わたしだって照れるのに」と小声で言い合う。
「おいおい……そこはあまり大声で言うなよ。使用人に全部聞かれたら恥ずかしい」
しどろもどろになる俺を見て、二人はくすくす笑っている。
(こんな穏やかな生活があるなんて、元の世界では想像できなかった。正直、家族や日常が悪くないと感じるなんて……幸せだ)
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屋敷の窓を開けると、領地の風景が広がる。建設中の区画や新たに立ち上がった店舗、移住してきた住民の声が微かに聞こえてくる。
フロリウスが提案した住民移住計画も功を奏し、以前の村から人々がやって来て田畑を耕している。帝国から流れてきた難民も少なからず加わっており、国境近くが活性化してきた。
「男爵さまー! 先ほど麦の収穫が好調でしたって報告が来ましたよ!」
外で作業していた使用人が声を張り上げる。
「よし、ありがとな。あとで見に行くから伝えてくれ!」
農地は広がり、街道の整備も進み、騎士団と協力した治安維持も問題なし。
シチトラは副団長として都に出向くことも多いが、ここ数か月は大きな戦争がなく、比較的平穏な日々を送れている。
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夜になり、新居の広いダイニングで三人が夕食をとる。
「ベアトリクス、今日のスープ、塩加減が絶妙だね」
「そう? たまには私も料理くらいするわよ」
「でもわたし、そろそろ別のメニューも覚えたいです。シチトラさんが喜ぶような…こう、煮込み料理とか!」
「おれの好みは普通でいいってば」
3人で笑い合いながら食を楽しむ。ときどきラニアが「もうちょっと味濃いほうがいいかも」などと言い合って、ベアトリクスと小さく討論になっても、すぐに笑顔で落ち着く。
食後、少しワインを飲んだベアトリクスがほろ酔いで頬を染めると、ラニアが楽しそうに「あれ、この感じは……?」と悪戯っぽくからかう。
「な、なによ……別に酔ってなんか……」
「わたしも眠くなっちゃったかもー?」
お互いに顔を見合わせてクスクス笑い、シチトラをチラチラ見やる。
「あー、えっと……もう寝るか?」
当たり前のように部屋へ向かおうとするが、使用人たちの視線を感じて赤面してしまう。
(なんだこの妙な空気……まあ、2人の嫁と一緒だといつもこんな具合だ)
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こうして、新居での生活が始まって数か月。シチトラは家族という拠点を得て、ラニア&ベアトリクスとの生活を自然と楽しみ、領地も順調に成長している。
挙式の日の思い出は夢のように甘く胸に残るが、それも今や日常の一部――二人との毎日は、笑いと温もりに包まれ、時々は夜に大胆な愛情表現で彩られる。




