第34話 「魔物の森を巡る計画」
「また、随分と大きな話が出たわね……」
王都の一室に集まったラニアとベアトリクスが、広げた地図を指さしている。そこには「魔物の森」と呼ばれる広大な緑地帯が描かれていた。
以前から危険区域とされ、王国でも何度か開拓が試みられたが、大きな成果を挙げられず何度も撤退している“いわくつき”のエリアだ。
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今回、王国は「魔物の森を開拓し、その土地を得た者には利権を認める」という大掛かりな布告を出した。
「要するに、危険地帯を切り開けば莫大な土地と資源が手に入る。けど、失敗すれば痛手を被る……」
男爵となった俺は、ラニアたちの説明を聞きながら静かに頷く。
王女セレスティアからも「誰が参加しても構わない。成功すれば大きな恩恵を得られる」と言われている。
当然、王都の貴族たちは大騒ぎだ。私兵を集めて大軍勢で挑もうとする者、少数で奇襲を狙う者、参加自体を諦める者……さまざまな動きが報告されている。
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「シチトラさんも……やっぱり、行くの?」
ラニアが心配そうに問いかける。危険な魔物の森であることは周知の事実だが、それだけに得られる利権も大きい。
「貴族の身として領地を拡大するチャンスだし、王女殿下も“開拓するなら許可を与える”と仰ってくださった。行く価値はあると思う」
俺としては、せっかく男爵に叙され領地を任され始めたなら、ここで実績をさらに積んでおきたい。
ベアトリクスがクールに口を挟む。
「ただし、私兵を持たないあなたが大軍に対抗しても、正面からぶつかるのは無理。やるなら少数精鋭で立ち回る形になるわ」
「そうだな。騎士団から一部精鋭を借りることができるし、おれにとっては魔物を斬り伏せるのはいつものことだ」
俺は冗談めかして笑うが、周囲の貴族は「たかが十数名の部隊で森を攻略?」と冷笑している。男爵になったばかりの新参者が、本当にやり切れるのか……というわけだ。
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一方、王女セレスティアは深く落ち込んでいた。
(シチトラが魔物の森へ行くのね。……本当なら私も応援してやりたいけれど、あの人は既にラニアとベアトリクスを娶る……いよいよ手の届かない人になってしまうのかしら)
彼女は公務の合間に森の開拓計画を聞いても、以前のように生き生きとは語らない。側近や侍女が「姫様、体調が悪いのでは?」と訊ねても、「なんでもない」とそっけなく返すだけ。
(王女として、彼を送り出すことはしても、“私自身は関係ない”とでも言わんばかりに振る舞うしかない。けれど、この胸のしこりはどうすれば……)
そんな憂鬱を誰も気づかないまま、セレスティアは淡々と政務をこなし、シチトラへの落ち込みを抱え続ける。
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参加を表明した貴族たちが、王都の郊外で出陣準備を進めている。大軍を率いて行く者ほど、兵站や物資の確保に追われて慌ただしい。
「なんだ、シチトラ男爵は十数名程度しか連れていかないのか?」
「フン、そんな少人数で森に挑んだらあっという間に魔物の餌食さ」
陰口があちこちで囁かれるが、俺はまったく気に留めない。
むしろ、堂々と胸を張りながら「俺は精鋭で行く。必要以上の人数は足手まといだ」と言ってのける。これには皮肉屋の貴族たちも苦い顔をするしかない。
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ラニアは火と結界の魔法が得意で集団戦や味方の支援に向く。
ベアトリクスは氷や風の攻撃魔法、探知術にも長けており、森の中でも柔軟な立ち回りが期待できる。
騎士団の精鋭数名については騎士団副団長として面識のある腕利き。人数は少ないが、どれも対魔物戦を想定した装備や経験を持つ。
「ラニア、ベアトリクス、準備はいいか?」
「はい!」「ええ、いつでもどうぞ」
二人とも気合が入っていて頼もしい。
一方、王女セレスティアからは「行ってらっしゃい」とごく事務的なメッセージが届いたきり。あまりにも素っ気ない反応に、俺は少し引っかかる思いを抱えるが、深く考える余裕もなく出発日がやって来る。
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出立の朝、王都の外れに馬車や兵が集結。
数百人クラスの私兵を率く大貴族
中位貴族が20〜30名の精鋭を連れた部隊
数名や自前の冒険者を雇うだけの小領主
この中に混じって、俺は極めて少数の部隊で現れた。
「おや、ハシダ男爵か……噂通り少ない手勢だな。まったく、笑わせる」
皮肉な声の主は、マルクス・レイヤード侯やファルデン子爵など、噂好き&人を見下したがる面々。
俺は軽く目をやって「おれのやり方をするだけだ。貴方たちは貴方たちのやり方でどうぞ」とだけ言い放つ。
貴族たちの間には戸惑いが走る。「どうしてあんな態度が取れるんだ」「生意気……」といった声も。
だが、堂々とした表情で構わず指揮を取る俺に対し、「……やっぱり侮れない」という怖れや敬意が入り交じる気配も感じられる。
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「さて、行くか」
ラニアとベアトリクスが馬に乗り、騎士団の精鋭たちが短い敬礼をして俺の号令を待つ。
「副団長、準備整いました!」
「よし、森に入る前に作戦を再確認する。無理に大軍で突き進むより、狭い道を見極めて敵を各個撃破する形を狙うぞ」
地図を広げながら最終ブリーフィングを終え、全員が頷く。周囲で待機している他の貴族たちもそれぞれ別ルートへ進むようだ。
こうして、魔物の森へ向けて出発する。




