第33話「叙勲パーティー、貴族たちの思惑」
王都の大広間が、華やかな光と音に包まれ、社交の場に集う人々の喧騒で満ちていた。
復興を祝う節目でもあるこの夜、さまざまな功績を挙げた騎士や貴族たちを称える叙勲パーティーが開催される。
最近“男爵”の地位を得たシチトラ・ハシダも、この場で正式な祝辞とお披露目を受けることになっている。だが、彼に注がれる視線は決して一様ではなかった。
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「あれが噂のシチトラ・ハシダ男爵? いつのまにか騎士団の副団長まで出世したとか」
「出所不明の地からやって来た剣士、だそうだ。得体が知れないというか……」
「それでも帝国軍を退けた功労は大きいって。正直、味方にしておいたほうが得だろう?」
会場の隅で耳をそばだてると、そんな言葉がひそひそと飛び交っているのが分かる。
「おやおや、これは男爵殿。ご機嫌よう。拙者は伯爵家のルーデンと申します。いつか貴方の領地を拝見したいものですな」
笑顔で近づいてくる貴族もいれば、「出自も分からぬ者ごときが男爵など噴飯ものだ」と小声で陰口を叩く輩もいる。
とくに高位貴族であるマルクス・レイヤード侯などは、あからさまに嫌悪の視線を向けてくる。
「ふん……わざわざ名を覚える価値などないというもの。未知の地から流れてきたような剣士が、短期間で男爵? 王国も落ちたものだ」
シチトラは、その冷たい言葉に苦笑するしかない。高貴たちの思惑がうずまく場は、戦場とは違う息苦しさを伴う。
一方で、「あの男爵殿は話が分かりそうだ」と友好的に接してくる貴族もいるので、敵ばかりというわけでもない。
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今回のパーティーで、シチトラが近々二人の魔法使い(ラニア、ベアトリクス)を同時に娶るという噂が広まり、さらに会場の興味をかっさらっていた。
「ふた…二人も! それも魔法使いとなれば、戦力も外交も盤石になるではないか」
「ふしだらな奴だ! 複数婚などあまり気にしない国とはいえ、節操がないというもの!」
さまざまな反応が入り混じるが、当の本人はというと、「二人を嫁に迎える」ことはもう決心しているので否定も肯定もしない。
(堂々としていればいい……。実力で認めさせればいいのだから。)
シチトラの背を、ラニアやベアトリクスが心配そうに見守っている。しかし、周りの人間が多すぎて、ゆっくり話す余裕もない。
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そして、この夜のパーティーには王女セレスティア・リュミエールの姿もあった。
高貴なドレスを纏い、護衛騎士を少数だけ従えて、あちこちで「姫様、お美しい……」という賛辞を浴びている。
だが、その顔色は暗く、どこか蒼白にも見えた。
(シチトラが、二人の魔法使いを同時に娶る……? そんな…私よりも大事な存在が?)
視線で探してしまう。会場の中央付近で貴族たちに囲まれている彼の姿を見とめると、胸がギュッと痛む。
(ああ、私だって、あなたに惹かれているのに……。貴方はもう二人を選んだのね。この苦しさ、どうすればいいの?)
本来、高飛車な彼女も、今夜は微妙に沈んでいて、声を掛けてくる者たちをさり気なく遠ざけている。
「殿下……体調が悪いのでは?」と侍女が心配しても、「ほっといて」と素っ気なく返すだけ。
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パーティーも半ばを過ぎた頃、シチトラは王の前で叙勲の祝辞を受け、そのまま王女セレスティアにも軽く挨拶に向かう。
「姫様、今宵は盛大ですね。……どうかされましたか? いつもより静かなご様子ですが」
「別に、何でもないわ。あなたこそ、だいぶ人気者のようね。未知の地から来たというのに、得体が知れないと敬遠する貴族もいるけれど、すり寄ってくる連中も多いみたい」
彼女はすれ違う視線を合わせたくないかのようにそっぽを向く。
「おれは、ただ騎士団の任務と領地開発を頑張ってるだけです……。これからも実力で回りを認めさせます。」
「そう……。そうね」
沈黙が広がる。
(姫様、いつもより尖ってる……本当に怒っている? 何か俺にミスがあったか?)
シチトラが戸惑う一方、セレスティアは心中で涙を押し殺している。
(あなたが二人もお嫁さんを迎えるなんて……噂が本当なら、私が抱いた恋心はどうなるの? 言えないわ、こんなこと……私だって“次期王”と呼ばれる身。こんな乙女じみた恋を恥ずかしくて誰にも言えない)
結局、二人は気まずいまま「これからもよろしくお願いします、姫様」「ええ、そうね……」とだけ言葉を交わし、離れる形に。セレスティアの気持ちは深い落胆と寂しさで濁り、一人ひっそりと会場の隅で俯く。
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パーティーは盛り上がり続け、最後の舞踏会に差しかかる。各地から集まった貴族が踊りや会話を楽しむ中、シチトラに対しては大きく分けて二つの反応があった。
マルクス・レイヤード侯ら排斥派は「あの下賤の者が短期間で爵位? 笑わせる。いずれ足元をすくわれるわ」とよく思っていない。
その取り巻きも「得体の知れない“異国”の剣士を持ち上げる王国など、先が見えている」と陰口を叩く。
ルーデン伯爵らは 「あの男爵殿の領地はまだ荒地らしいが、もし開発が成功すれば大きな利権になり得る。先手を打って関係を築くべきだ」と利用価値を見いだしている。
他の商業貴族たちも「魔法学院や騎士団とも繋がっているらしいし、損にはならないはず」と便宜を図ってくる。
シチトラ本人には、そうした二者の駆け引きがバレバレでもあり、対応に苦慮する。
(面倒くさいな。いつかこいつらを“あっと言わせる”ような事をするしかねえ……何か手を考えるか)
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パーティーの終幕が近づくと、貴族たちは最後の挨拶を交わし合い、それぞれ余韻を楽しんでいる。シチトラもラニア、ベアトリクスと合流し、ほっと安堵を漏らしていた。
「ふう……皆さんと話すの、疲れましたね」
ラニアが小声で笑い、ベアトリクスは「まあ、あなたが注目を浴びるのは仕方ないけど……もう少し肩の力を抜いたら?」とアドバイスする。
「そうだな。あとは王女殿下にもろくに挨拶できなかったけど……何か元気なさそうだったな」
二人は顔を見合わせる。ラニアは「姫様、少し具合でも悪いのかな」と案じ、ベアトリクスは「もともと高飛車だけど、今日はさらに棘があった気がするわね」と首を傾げる。
だが、セレスティアは既に会場を出て、護衛とともに自室へ戻ってしまったらしい。
「結局……最後まで顔を合わせられなかったな」
シチトラは何か引っかかるものを感じつつも、騎士団副団長として挨拶を済ませ、パーティーを後にする。
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「姫様、本日はお疲れでしたね……どうかお休みに……」
侍女が声をかけるが、セレスティアはドレスのまま椅子に腰掛け、深い溜め息をつく。
(ああ、なんてバカみたい……。二人の魔法使いと結婚する男を、私が想ってどうするの? 高貴な王女として絶対口に出せないわ。こんな嫉妬や悲しみ……もう寝て忘れたい)
胸の奥をえぐられるような失望感が渦を巻いて、今夜は眠れそうにない。その心情とは裏腹に、周囲は「姫様の姿が神々しかった」としか捉えておらず、誰も彼女の本音を知らない。
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こうして、叙勲パーティーは盛大に幕を閉じた。シチトラは貴族たちからさまざまな反応を受け、領地開発や自分の二人の婚約相手の噂でもちきり。
しかし王女セレスティアは、まるで暗い穴に落ちたかのように落胆し、誰にも言えない寂しさを募らせている。




