第32話「新たな領地、右腕との出会いと領地経営の始動」
「――ここが、俺の領地になるのか」
王都から馬車で半日ほど進んだ先の丘陵地帯。
男爵としての地位を与えられた俺に割り当てられた領地は、まだ開拓の余地が残っている小さな地方で、目の前には緑豊かな丘が広がっていた。
しかし、実は大きな課題がある。住民がほとんど定住していないのだ。近隣の村と合わせて数百人程度が暮らすだけで、ここを本格的に発展させるには、まず経営のノウハウが必要だとされていた。
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「なかなか見晴らしはいいね」
魔法学院の制服を脱ぎ、私服で同行してきたラニアが、遠くの木々と川の流れを見ながら言う。
「うん、自然豊かで悪くないわ。けど、道が舗装されてないし、村の数も少ない。ここを開発するとなると、相当な労力がかかりそう」
ベアトリクスが黒いローブを風になびかせながら冷静に指摘する。その言葉に俺は思わず苦笑した。
「ま、確かにな。領地経営なんて初めてだし……騎士団の仕事しながら手を回すのは厳しいかもしれない。地元の人に任せるとしても、信頼できる腹心が必要か」
(家の建築は王都近郊で進めているが、いずれこの領地にも館を建てるかもしれない。二つの拠点を行き来することになるのか? それとも、住民を増やして町を興すか?)
頭の中でいろいろ巡らせながら、まずは開墾されていない草原や、崩れかけた古い建造物などをチェックして回る。
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先日、俺は「領地経営に詳しい人材を雇いたい。騎士団や文官ではなく、純粋に農地開発や商業に精通している腹心が欲しい」と王に相談していた。
王も「好きにするとよい」とは言うものの、優秀な経営者や行政官はあちこちで不足している。
(いろいろ探してみるしかないか……。だが、この辺境の地で一から人材を育てるのは相当ハードルが高いぞ)
そんな思いを抱いていたある日、一人の人物が王都の俺を訪ねてきた。噂を聞きつけて、「ぜひ男爵殿のもとで働きたい」というのだ。
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「失礼します! シチトラ・ハシダ男爵さまはいらっしゃいますか?」
王都の仮住まいの部屋に、騎士団の若い兵が息を切らせて駆け込んできた。
「外に、男爵さまのお力になりたいと名乗る者が来ています! “ぜひサポートしたい”と……」
「何だって? そんな人が急に?」
驚いて俺が部屋を出ると、そこにいたのは小柄だがキビキビとした動きをする若い男――いや、年齢不詳で少し硬派な雰囲気をまとう人物だ。
「初めまして、男爵殿。私はフロリウス・ジークと申します。帝国出身でしたが、内乱で居場所を失い、評判をたどって貴方のもとへ来ました」
帝国出身と聞き、警戒を隠せない俺。だが、彼は落ち着いて頭を下げる。
「“シチトラ・ハシダ”という剣士が戦場を制し、男爵として新たな領地を経営することになったと噂を聞きました。もし領地を発展させるなら、私が全力でサポートしたいのです。帝国にいた頃は農地改革や物流管理に携わっていましたので……」
その言葉に、一瞬興味を引かれる。なるほど、帝国の内乱で追われる形になり、ここへ流れてきたのか。
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仮住まいの一室へ彼を招き、ベアトリクスやラニアにも同席してもらう。
「フロリウス、だったな。帝国ではどんなことをやってたんだ?」
「はい、私は某領主の下で“領地管理”全般を行っておりました。農作物の生産調整、商隊との交渉、税の徴収方法の改善など……」
淡々と説明するフロリウスにベアトリクスが「ずいぶん幅広いわね」と感心している。ラニアも「すごい、専門家っぽい」と瞳を輝かせる。
「いま帝国は内乱が激化し、私の前雇い主も失脚しまして……。そこで私自身、次に仕える先を探していたのです。噂によれば、男爵殿は新しい領地を開発する気があり、人材を探しているとか」
俺はうなずきながら地図を示す。この地図には俺の領地になった丘陵地帯が描かれている。
「ここだ。まだ村が少ないし、産業もほぼない。荒地に近い部分も多い。もし本当に力になれるならありがたいが……」
「やらせてください。元帝国人の私がいうのもなんですが、内乱で学んだことは多いです。人を動かす方法や、荒れ地を農地化する手段など、必ずお役に立てるはずです。」
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フロリウスの言葉に嘘はなさそうだ。雰囲気からして、帝国の戦乱をくぐり抜けた実務家という印象がある。
「私は戦争が嫌になりました。安心して農地を耕し、交易を広げられる土地を作りたいんです。男爵殿の領地なら、まだ白紙に近いからこそ希望があります」
熱意ある言葉に、ラニアは「すごいです……どうですか、シチトラさん?」と背中を押すような視線を送る。
ベアトリクスも「私たちが魔法面で支援できても、経営面は詳しくないもの。こういう人材がいるなら心強いかも」と補足する。
俺は一瞬悩んだ末、フロリウスに右腕となる役職――領地管理官のようなポジションを正式に任せることに心を決めた。
「わかった。じゃあお前を雇おう。ただしまだおれも初心者だ。何かあったら隠さず相談してくれ。給金や住居は相談して決めよう」
「ありがとうございます! 全力で尽くします、男爵殿!」
フロリウスが深々と頭を下げる姿に、俺は少し気恥ずかしさを感じる。自分が“殿”と呼ばれるのは慣れないが、領地を経営するにはこういう協力者が必要だ。
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こうして右腕となるフロリウスを得た俺たちは、さっそく王都で彼と打ち合わせを重ね、家の建築と領地の開発をリンクさせて進めていくことになる。
まずは村の再整備、農地の区画整理や灌漑工事の計画。
住民の呼び込み:安全が確保できるよう、騎士団やラニア・ベアトリクスの魔法でモンスターの被害を抑える仕組みを作る。
交易ルートの確保はフロリウスが人脈を活かして商人を誘致する。
「うまく行けば数年で村が増え、繁栄してくるかもな……」
書類を見ながらつぶやく俺に、フロリウスはビシッと敬礼してみせる。
「男爵殿の剣の威光と、私の地道な管理を組み合わせれば、きっと大きく伸びる領地になりますよ!」
ラニアは「何だかワクワクします。平和な国づくりに貢献できるなんて……」と微笑む。
ベアトリクスは口元に手を当て、「私たちも魔物対策の結界とか、農地の魔法支援ができるかもしれないわ。新しい魔法の研究にもなるし」と意欲を見せる。
俺としては幸せなことこの上ないが、同時に忙しくなる未来が見え隠れして頭をかいていた。
(大丈夫かな……姫の護衛もあるし、家も建てるし、領地も開発しなきゃいけない。息つく暇がなさそうだ)
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そんな慌ただしいなか、近づいてきたのが叙勲記念パーティーという一大イベント。男爵となったシチトラを含め、多くの騎士や貴族が出席する盛大な社交の場だ。
「パーティーがあるからといって、領地開発の話は待ったなしだし……。だけど、参加しないわけにもいかないんだろうな」
俺はため息をつきつつ、フロリウスや二人(ラニア、ベアトリクス)とともに領地の計画を進める。
(パーティーには王女セレスティアも出席するだろう。最近やたら呼び出されてるし、彼女は俺に何か言いたいことでもあるのか?)
やることは山積みだが、俺には力強い仲間――右腕となるフロリウスや、愛するラニア・ベアトリクスがいる。失敗はしたくないし、ここが勝負どころだ。
こうして男爵シチトラの新しい領地が動き出し、叙勲パーティーへ向けての準備も同時に進むことになった。




