第30話「揺れる覚悟と緊張の告白」
「……本当に、これでいいのか?」
騎士団副団長であり、男爵となった俺は、王都の宿舎の一室で頭を抱えていた。
もともと戦国の世から来た身、そもそも結婚や家庭を持つ未来なんて想像もしていなかった。しかし、異世界の貴族として、複数の嫁を迎えるのも珍しくないと聞かされてから考えが一変してしまったのだ。
「はあ……まさか、こういう話になるなんてなあ」
深いため息を吐きつつ、俺は部屋の外の物音に耳を澄ます。約束の時間が近い。今日はラニアとベアトリクスを同時に呼び出した。
言いたいことは一つ――“二人とも娶りたい”と打ち明けること。聞くだけなら軽い言葉に見えるが、俺の胸中は爆発しそうなくらい緊張している。
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約束の時刻になり、部屋の扉をノックする音がした。
「し、失礼します。シチトラさん……?」
まず入ってきたのはラニアだ。学院の制服でなく、少しおしゃれ着に近い服を着ている。頬をほんのり染めながら、小走りで部屋に入ってくる。
「おう、ラニア……来てくれてありがとう」
「はい……。でも、あの、どうしてベアトリクスさんも……? 同席すると聞きまして……」
そこにもう一人、黒いローブ姿のベアトリクスが現れ、控えめにドアを閉めた。いつもクールな顔立ちの彼女も、どこか落ち着かない目つきをしている。
「……失礼するわ。シチトラ、二人同時に呼び出すなんて、珍しいわね」
「ええ、と……座ってくれ」
俺は二人にソファーへ腰掛けるよう促し、自分はテーブルを挟んだ椅子に座る。全員がそろっても空気が重いのは、俺自身が緊張して空回りしているからだろう。
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「実は、二人に話があるんだ……。ああ、なんだか落ち着かねえ」
情けないことに、声が震える。ふだん戦場で見せる剛胆さはどこへやら、これほどまでに自分が緊張するとは思わなかった。
ラニアが心配そうに「シチトラさん?」と声をかけ、ベアトリクスも「何かトラブル?」と眉をひそめる。
「違う、いや、トラブルってわけじゃない。むしろ、俺自身の……人生の問題、というか……」
スッと深呼吸して、二人を見つめる。
「ラニア、ベアトリクス……おれは、二人を同時に娶りたいと思ってる」
瞬間、部屋の空気が凍ったかのように静まり返る。
ラニアは「え……?」と目を見開き、ベアトリクスも一言「同時に……?」と囁くように呟いた。
「もともと以前の俺にとって、結婚なんて考えたこともなかった。でも、この国で貴族になり、周りの助言を聞くうちに……もし法的にも問題ないのなら、二人ともを大切にできないかって……思ったんだ」
言葉にならないほどの恥ずかしさで、顔が熱くなる。冷静さを欠いているのは自覚しているが、もう引き下がれない。
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先に口を開いたのはラニアだ。
「わ、わたし……シチトラさんのお嫁さんになってもいいって、この前言いましたし、嬉しい気持ちは大きいです。で、でも……ベアトリクスさんと“同時に”って……」
たどたどしい口調ながら、瞳には戸惑いがにじむ。自分が独占できるのではない、そこに不安と嫉妬の感情があるのだろう。
「そ、それって……わたし、ちゃんとあなたに愛されるんでしょうか……?」
「ラニア……」
可愛らしい声で問いかけられ、俺ははっきりと頷いた。
「もちろんだ。ラニアも、ベアトリクスも、俺にとって大切な存在だ。別々に嫁いでほしいなんて発想は、なんだか違うって思って……」
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一方、ベアトリクスは静かに腕を組み、深いため息をついている。
「まさか、あなたがそんな話を切り出すとはね。……この国では複数婚も珍しくないとはいえ、ラニアと同時に? 私もあなたを求めている気持ちは確か。でも、正直、少し戸惑っているわ」
その声の奥には寂しさと葛藤が混ざっている。
「わたしは剣士としてのあなたに惹かれたし、女性としても……想いはある。けど、複数嫁ぐっていうのは複雑な感情があるのも確かよ」
それでもベアトリクスはしばし考え込むように瞳を伏せ、やがてクールな顔でこくりと頷いた。
「でも、あなたがそこまで考えてくれたなら……私としては、拒む理由はないわ。ラニアと私、二人同時に大切にしてくれるなら……悪くはないかもね」
ラニアもベアトリクスも、戸惑いながらも「それもアリかもしれない」と受け止めてくれた。
「本当によかった……おれ、めちゃくちゃ緊張してたんだ。まさかこんな形で打ち明けるなんて、自分でも信じられなくて」
俯きながら笑う俺に、ラニアが半分涙ぐんで微笑む。
「わたし、ベアトリクスさんのことも尊敬してますし……シチトラさんが決めたことなら……いいですよ。二人であなたを支えられるなら、こんなに嬉しいことはない……!」
ベアトリクスは「あまりベタベタされるのは苦手だけどね」と照れ隠しに言いつつ、少し笑っている。
(こうして二人が受け入れてくれるなんて……俺は何て幸せ者だ)
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「実際、戦国のころは、結婚とか家族とか意識してこなかった。いつ死ぬかわからないし、自由人でいたかったから。だけど、この世界では“家”ってものが俺を後押ししてくれるかもしれない。……二人に支えられれば心強いだろうな」
思いが口から漏れ、ラニアは微笑み、ベアトリクスも軽く頷く。
「そっか。あなたは本当に、こちらの価値観に慣れていなかったのね……でも、新しい人生だもの。私たちも、あなたを支えたいわ」
「うん……わたしも、シチトラさんが困っていたらいつでも力になります!」
三人で向かい合い、ひとまずは“二人同時に娶る”と決まった。もちろん、世間体や手続きの問題、式の準備など、障害はあるかもしれないが、少なくともラニアもベアトリクスも了承してくれている。
(これでひと安心……! 後は、正式に報告する段取りも考えないとな。王女護衛とか貴族としての務めもあるし、忙しくなりそうだが……)
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ラニアは部屋を出るとき、満面の笑みで「うふふ……本当に、嬉しいです」と呟き、ベアトリクスは「今後とも、よろしく頼むわ。……変な話だけど、幸せになりたいものね」と小声で笑っていた。
俺の緊張は解けたが、頭の中はまだぐるぐる回っている。
とりあえず、今は二人に想いを受け止めてもらえた喜びをかみしめながら、明日に備えることにする。




