第29話「原点への帰郷──村の再会と復興感謝祭」
「……もう少しで着くか。懐かしいなあ」
王女セレスティアとの“泊まり掛け視察”が続いたある日。
馬車に揺られながら俺は、かつて世話になった村へ向かう道を見つめていた。
もともとこの村は、俺が異世界に来て初めて落ち着いた場所。最初の魔物退治やラニアとの出会いも、ここでの暮らしがあったからだ。
「シチトラ、どうしてそんなに嬉しそうにしているの? わたくしの前で、そんな表情は初めて見たわ」
馬車の窓から顔を出すセレスティアが、怪訝そうに尋ねる。
「いや、ここは俺にとっていろいろ思い出深い村なんです。久しぶりに帰るような気持ちで……。殿下も一緒に来ていただいてありがとうございます」
「ふん、別にあなたを喜ばせるためではないわ。王女として各地を視察するのは当然ですもの。ただ……少しは興味あるわ。あなたがいた場所、どんな人たちがいるのか」
言葉はそっけないが、その瞳には淡い期待の光が宿っている。
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視察団が村の入口へ差し掛かると、数人の村人が出迎えてくれた。
「あ……シチトラさんじゃないですか! なんと、お戻りとは!」
「おお、男爵殿になったって聞きましたよ! まさかこんな立派な騎士団の馬車で……」
彼らは目を丸くして俺を見やり、一斉に感激の声を上げる。
「変わらないな、皆……。元気そうでよかった」
俺は降りてきた馬から足を下ろし、握手を交わす。村人の顔に安堵の笑みが浮かんでいるのを見て、思わず胸が温かくなる。
戦乱で逃げ出していた人もいたが、今は戻って復興に取り組んでいるらしい。農地が荒れたり被害が少しあったが、国の救済措置と騎士団の支援が効いて落ち着いてきたそうだ。
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輿から降りた彼女は、誇り高い姿勢のまま俺と村人のやり取りを遠巻きに見ている。だが、その瞳は驚きと……何か言葉にできない感情を湛えている。
(シチトラさま、こんなにも村の人から愛されて……。あの厳つい顔つきの農夫さんも、彼を見る目が優しいわ。こんなに慕われているなんて、やっぱりただ者ではないのね)
村長が出てきて、「王女殿下まで来られるとは……!」と仰天の様子。
セレスティアはいつものごとく高飛車に頷き、「ええ、少し村の復興ぶりを見させてもらうわ。さしあたって、不自由なことはないかしら?」と問いかける。
村長は深々と頭を下げ、「国からの援助と、男爵殿(=シチトラ)が以前くださった思い出が原動力で、なんとかやれております……!」と感謝を伝える。
(“男爵殿”って……やはりここではすでに伝わっているのね)
セレスティアは密かに苦笑しつつも、周囲に優しい視線を送る。
(また、あなたは私の知らないところで人望を築いていたの……。そんな一面、ますます好きになってしまうじゃない)
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村の集会所で簡単な懇談が行われ、昔話や今後の農業計画について話が弾んだ。
シチトラが村人と言葉を交わすたび、笑顔を交わすたびに、セレスティアは静かに胸を締めつけられる。
「シチトラさん、お元気そうでなにより……あの時はゴブリン退治、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、世話になったよ」
まるで古い友人と再会するかのような朗らかなやり取り。王女が見る限り、シチトラは実に自然体で、そこに“私に見せない”素朴な笑顔を持っているように見えた。
(私は彼の高貴な剣捌きや、放っておけない不器用さに惹かれたのだと思っていたけれど……こんなふうに人の心を掴むのも上手いのね。ああ……心がまた揺れてしまう)
気づけば、セレスティアは頬を軽く染めてそわそわしている。侍女が「姫様、大丈夫ですか?」と囁くが、「な、何でもないわ」と取り繕うだけだ。
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村人たちに別れを告げ、視察団は再び馬車を走らせて王都へ戻る。翌朝、首都が活気づいているという知らせが入り、どうやら“復興感謝祭”を大々的に開く準備が整ったらしい。
「復興感謝祭とは……?」
俺が訊くと、ラニアが瞳を輝かせて教えてくれる。
「戦乱の終結と再建を祝う、一種の収穫祭のようなものです。各地から物資が集まり、広場で大きな催しをするんですよ。魔法学院や騎士団も参加し、夜には花火とか余興もやるそうです!」
セレスティアも同席していて、「民が自分たちで企画してるの? ふうん……」と関心を示す。
「姫様もお出ましになられるのでしょう? 祭りの日は王女殿下がご挨拶をする場があるかと」
侍女の説明に、セレスティアは涼しい顔を見せながら「なるほど」と頷く。
(私も、彼と一緒に祭りを見られるかしら……人混みに紛れて二人で見回り、なんて妄想してはいけない? うん、でも、彼の横に並んでいたい)
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王都の大広場は人でごった返していた。屋台や踊り子、楽団が入り混じり、各地からの特産品も山のように並んでいる。
「すごいな……まさに国中が祝っているようだ」
俺は護衛のひとりとして街を見回っていたが、戦乱を乗り越えた民の熱気が伝わってくる。子どもたちが走り回り、大人は酒を酌み交わす光景が微笑ましい。
セレスティアも王族として祭りに姿を見せるが、形式上の挨拶を済ませると、少し離れた場所から屋台や人々の楽しげな様子を眺める形になっている。護衛騎士が周囲を固め、俺も横に付き添うように立っていた。
「平和になったからこそのこの盛り上がり……戦争が終わって、皆が戻ってくると、こんなにも活気が戻るのね」
王女が高貴な口調で言葉を紡ぎ、俺は静かに頷く。
「はい。殿下と騎士団が守り抜いた結果だと思います。民も姫の高貴さに感謝してるはずですよ」
「そ、そう……当たり前でしょう。わたくしは王女なのだから、国を護るのは当然……」
彼女はそっぽを向くが、うっすらと嬉しそう。
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昼の騎馬行列や演舞が終わり、夜には魔法学院が協力した“光の花火”が夜空を彩る。
どこか高台のバルコニーから眺める姫の横顔が、揺れる火光に映えて妖艶なほど美しい。
「すごい……本当に鮮やかな花火だ」
ラニアやベアトリクスが喜びの声を上げ、兵士たちもここぞとばかりに休息を楽しんでいる。
セレスティアはその様子を見下ろして、誇り高い笑みを浮かべる。しかし、胸の奥では別の思いが湧いていた。
(シチトラさま……あの村でも、こんな祭りでも、あなたはいつも忙しそう。もっと二人きりの時間がほしいのに、どうすれば……)
頭の隅で抱えた恋心が募るばかり。
高飛車なプライドと、村で見た彼の人望が再び脳裏に蘇り、「やっぱりこの男こそ……私の理想かもしれない」と確信が強くなる。
けれど姫はそれを表に出せない。笑顔を保ち、“王女”として毅然とした姿を崩さないのだ。
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こうして復興感謝祭が成功裡に幕を下ろす。
民はますます王女を讃え、騎士団と魔法学院にも賛辞を送る。
俺は男爵かつ副団長として、夜まで警戒しながらも、ラニアやベアトリクスと一言二言言葉を交わす程度だ。祭りの余韻でみんな浮かれ気分に浸っている。
「姫様、今日は本当にお疲れさまでした」
「ええ、わたくしも楽しかったわ。民が喜ぶ姿は、悪くないものね」
セレスティアはそう言いながらも、目線をこちらに移すたび、わずかに頬を染めている。
(ああ、シチトラさま……あなたにもっと近づきたい。けどプライドが許さないし、こんな人前では恥ずかしいわ。どうしたらいいの……?)
祭りの熱気が夜空に溶けていくなか、王女と俺の“距離感”は縮まりきらないまま。
しかし、村で見せたシチトラの人望や、祭りでの頼もしさが、セレスティアの胸をさらに高鳴らせたのは間違いない。これからも、彼女の隠しきれぬ恋心は膨らむばかり――。




