第25話「新たなる日常──王女の護衛と秘めた想い」
「――ずいぶん活気が戻ってきたなあ」
戦場での死闘から月余り。ヴァル・アーク帝国の侵略は撃退され、王国はようやく平穏を取り戻しつつあった。
一時は国境の混乱から、多くの民が隣国へと逃げていたが、今では徐々に戻って来る人たちも増え、各地で再建工事や農地の復興が進んでいる。
王都の大通りを歩いていても、傷ついた建物を修繕する職人や、新たに開店する商人の姿が目立つようになった。
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「シチトラさん、見てください。こんなにたくさんの人が戻ってきたんですね!」
ラニアが胸を弾ませながら、大通りの露店を指さす。
「本当だ。あちこちで荷車を引いてるし、笑い声まで聞こえる。戦後としては、ずいぶん早い復興の兆しだよな」
俺は頷きつつ、内心ホッとしていた。あれほど壮絶な戦場を経験しながらも、民は国を愛し、再び帰ってきてくれる――それが王女セレスティアや騎士団にとって、何よりの救いだろう。
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功労勲章式が近づく
今回の戦争で功績を立てた者を大々的に称えるため、王都の城で“叙勲式”が開催されることになった。前回は辞退してしまったが、さすがに今度は辞退できないらしい。
「シチトラさん、あの……すごいですよね、あなたが貴族の地位を得るなんて」
ラニアが落ち着かなさそうに笑う。学院から見れば、異例の昇りっぷりだろう。
「ま、俺も驚いてるさ。団長補佐どころか“副団長”にまで任じられるとは……しかも“男爵”の称号まで。城勤めの兵に申し訳ねえよ」
苦笑しながら答える。俺なんか、ただの戦国剣士だったはずが、いつの間にやら王国騎士団の上層部に目され、身分まで貴族に引き上げられた。まさに“異例づくし”だ。
「シチトラ、男爵殿じゃないか!」
遠くから見知った兵士が駆け寄り、冗談めかして敬礼してくる。俺も照れ隠しに手を挙げて応じる。
「冗談はやめろ。まだ慣れてねえんだから」
周囲の笑い声が温かいのは、この国に本当に平和が戻りつつある証だろう。
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功労勲章式の当日
城の広間は華やかに飾られ、戦功を挙げた騎士や魔法使いたちが集められている。鼓笛の音とともに、王が玉座へ進み、次々と名を呼んで勲章と恩賞を手渡していく。
「第三遊撃部隊、ベアトリクス・ローゼン。並びに魔法学院、ラニア・エルノーラ。両名の奮闘に感謝し――」
王の言葉に拍手が湧き、二人はそれぞれ勲章と褒美の品を受け取る。ベアトリクスは落ち着いた態度で頭を下げ、ラニアは緊張で顔を赤くしながら大きくお辞儀した。
そして、俺の名が呼ばれた。
「シチトラ・ハシダ……貴公の功績は言うに及ばず、今回の戦場において多大な貢献を果たした。よって、“副団長”への昇格を正式に認め、貴族の地位として“男爵”を与えることとする」
広間が大きくどよめく。俺は静かに前へ進み、王から騎士の証と貴族の紋章を受け取る。
「……感謝いたします、陛下。恐れ多い身分ですが、尽力いたします」
まさか本当に貴族までなり上がるとは思わなかったが、この場で断るわけにはいかない。俺は短く言葉を述べ、深く頭を下げた。
会場の一角には王女セレスティアも参列している。おそらく、晴れやかな姿で見守るという役割だろう。一瞬視線が合った気がするが、すぐに彼女はプイッと顔を背けるようにそっぽを向く。
――けれど、その頬がわずかに染まっているのを見逃さなかった。ラニアやベアトリクスの視線が気になる中、俺は何とか表情を崩さないよう踏ん張る。
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式典後、王から新たな任務の言い渡し
「シチトラ・ハシダ。副団長としての職務に加え、わが娘セレスティアの護衛役を命ずる。……まあ、殿下からの強いご所望でもあるが、貴公ほどの剣士にならば安心して任せられよう」
にこやかに微笑む王の隣で、セレスティアは“そうですわ”とばかりに顎を引き上げ、傲然たる態度を取っている。
「は、はあ……しかし、護衛だなんて……なぜ俺が……」
俺は困惑を隠せない。もともと第三遊撃部隊の一員として、戦場や任務を指揮する立場にある。王女を個人的に護衛するとなると、動きが制限されるのではないか?
「理由は公表できないが、必要な処置なのだ。副団長としても、頼むぞ」
王が意味深に言葉を濁す。実のところ、セレスティアが政略婚を拒否し続けている現状、彼女を狙う暗殺や拉致のリスクは依然として高い。それを防ぐために強力な護衛を付けるのだろう――そう推測はつく。
(でも、他に幾らでも護衛に適した人材はいるはず……俺は本当に王女にとって必要なのか?)
王が視線で促すと、セレスティアは背筋を伸ばして一歩踏み出し、高貴な笑みを浮かべた。
「――あなた、確かに不思議な剣士ですけど、わたくしが認めたのだから文句はありませんわ。護衛に就くこと、むしろ光栄に思いなさい」
高飛車な態度を崩さずに言うが、その言葉の裏にある“どうかそばにいてほしい”という気配を俺は感じ取ってしまう。
「あ、はい……。微力ながら、お仕えします」
渋々答えながら、内心であたふたする。ベアトリクスやラニアとどういう関係になるかも頭をよぎるが、今はそれどころではない。王や高官たちも注目している手前、断りようがなかった。
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式典後の控え室
王女セレスティアは護衛騎士を遠ざけ、俺と二人きりになる場面を作った。
「殿下、その……本当に俺でいいんですか? 護衛は他の精鋭でも――」
「いいえ。わたくしはあなたを指名したの。そんなの当たり前でしょう? ……あなたほどの実力者は滅多にいませんもの」
そう言いながら彼女はそっぽを向き、僅かに視線を落とす。その耳先がほんのり赤いように見えるのは、気のせいだろうか。
「で、ですが……」
「……いいのです。わたくしはあなたを守り手にしたいの。それだけよ。あまり気にしなくていいわ。――ただ、そばにいてくださるだけで安心なの、わたくしは」
語尾が少し弱々しくなる。表情だけは高慢を保っているが、どこか違う感情がにじむ。
(……本当に俺をそばに置きたいだけ……?)
うっすら察しながらも、俺は無言で頷くしかない。政略のために護衛を付けるのではなく、実は彼女の“個人的な感情”が大きいのかもしれない。
「ほら、黙ってないで返事くらいしなさいな。男爵殿?」
「あ、はい……。殿下の御意に従います。副団長としても、護衛役としても、精一杯やらせてもらいます」
彼女はプイッと顔を背けながら、うっすらと微笑んだように見えた。
「……なら、結構。わたくしもあなたのこと、頼りにしてますから……。これが王女セレスティアの意志ですわ」
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こうして、俺は“男爵”かつ“騎士団副団長”となり、さらに“王女護衛”という複数の肩書きを背負うことになった。
周囲からは色々な声が聞こえる。
「あのシチトラ、男爵だってよ! すごい出世だな」
「しかも王女護衛って……まさか狙ってるんじゃ?」「おいおい、無礼だぞ」
王も王女を次の王と考えているようで、彼女を守る最強の護衛が欲しい――それなら俺が最適、というわけか。
兵士や魔法使い、さらには民衆も少しずつその事実を受け入れ始め、王都は再び平穏を取り戻すかに見える。
しかし、ヴァル・アーク帝国が今後どう動くのか、政略結婚の話が完全に消えたわけでもない。今はただ、王女セレスティアが示した誇り高い立ち振る舞いが評価され、彼女の即位が現実味を帯び始める中――
「シチトラ・ハシダ、改めてよろしくお願いしますわ。あなたはわたくしの護衛であり、王国の大切な剣士。それを忘れないで」
セレスティアは高潔な表情のままそう言い放ち、俺は思わず苦笑する。
彼女の瞳が微かにとろけそうな色を帯びるのを見れば、その想いは明白だ。隣にいる侍女も気づいているのか、はらはらした表情をしていた。
こうして、俺は新たな日常――副団長としての責務と、“王女護衛”という不思議な役回り――に向き合うことになる。
ラニアやベアトリクスとの関係もどうなるのか分からないが、とりあえず今は誇り高く気丈な姫のそばで、その内心にメロメロな感情が潜んでいることを感じつつ、王国を支える道を歩んでいくのだろう。




