第24話「烈火の決戦」
「――攻めるぞ! これで決着をつける!」
血濡れの大地と煙で曇った空気の中、俺たち第三遊撃部隊はついに“最後の手”に動き出す。
帝国の大軍が前衛を崩されたとはいえ、まだ中枢の魔法部隊や精鋭騎士団が残っている。もしここで逃せば、再び陣を立て直されて持久戦に持ち込まれかねない。逆に言えば、今の混乱が大きいほど、指揮系統に深く食い込める好機でもある。
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「シチトラさん、配置は完了しています! 合図さえあれば、学院生たちが援護魔法を大規模に展開できます!」
ラニアが息を切らしながら駆け寄ってくる。彼女の後ろでは魔法陣が複数重なり合い、明滅する光が螺旋を描いていた。前線を前に出すため、学院勢が力を温存しながらじっと機を窺っていたのだ。
「よし、助かる。ベアトリクスやレオンは各隊を率いて指揮官級の敵を狙う。ラニアたちは魔法による広範囲の陽動と防御支援だ――乱戦の中で徹底的に敵の足場を崩してくれ」
「はいっ!」
学院生たちの頬に緊張の色が走る。彼らの呪文は、威力が高いぶん制御が難しく、誤爆のリスクもある。それでも“一網打尽”を狙うには避けられない賭けだ。
後列で待機する騎士や兵たちも、刀や槍を握りしめ、これが最終の突撃だということを肌で感じている。互いに命を預け合う決断を固めるかのように、相互に目を合わせ、ある者は祈りのように小声で歌い始める。
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「見ろ、帝国軍の隊列が再度整ってきた!」
副隊長レオンが低く唸る。確かに、混乱しかけた敵の中軍が、中央付近に大きな旗を掲げて再結集し始めた。そこに恐らくは“指揮官”がいる。あるいは帝国高位魔法士が指揮を執っているのかもしれない。
「ここでこっちが押し込めなければ、再度にらみ合いに戻ってしまう。そうなれば、こちらは長期戦に耐えられない……」
ベアトリクスが唇を引き結ぶ。彼女の髪は乱れ、ローブには返り血が飛び散っている。だがその瞳はまだ闘志を失っていない。
「だからこそ、今だろ。――ラニア! 魔法、準備しろ!」
俺は合図を送り、ラニアの魔法陣が白い閃光を帯び始める。火と風の大規模魔法、それに学院生たちが得意とする氷・雷の呪文も重ね掛けして、帝国の前面と側面を一気に焼き付けるつもりだ。
もちろん、味方が巻き込まれるリスクもある――だからこそタイミングが肝要。第三遊撃部隊が側面から敵を押し込み、学院生が一斉に呪文を叩き込む。指揮系統を完全に吹き飛ばせば勝機が生まれるはずだ。
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その瞬間、轟音が耳を裂いた。
「今だあああっ!」
ラニアたちが一斉に詠唱を完成させ、火炎と氷、雷の奔流が重なり合う。繊細な魔力制御が成功したのか、狙い通り帝国軍中枢の後方に猛威が叩きつけられた。
大地に巨大なクレーターが生まれ、凶暴な熱風がいくつもの人影を吹き飛ばす。断末魔の叫びがこだまするが、王国兵の多くはギリギリ呪文の範囲外に回避していた。
「す、すげえ……」
味方兵が思わず声を上げる。圧巻の魔法連携が、帝国軍の心臓部をズタズタに切り裂き、焼き焦がしている。
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「押し込むぞ! 騎馬隊、前へ!」
レオンや隊長たちが雄叫びを上げ、タイミングを合わせて一斉に突撃。戦場の真ん中でくすぶる火と煙を蹴散らしながら、こちらの兵が横波のように敵陣を飲み込んでいく。
敵指揮系統が混乱に陥っているいま、反撃が来る前に仕留めたい。
「おれも行く……」
刀を握り直し、呼吸を整える。前線を走り抜ける兵たちの横を駆け抜け、帝国の中心へさらに踏み込む。
そこには、赤いマントを翻した騎士らしき影が複数
大柄な鎧をまとい、周囲に衛兵を従えたその姿からは“指揮官”の雰囲気がにじむ。荒い息を立てながら、俺はそちらを目指す。
刀が擦れ合う金属音が耳を刺すたびに、血が飛んでくる。味方も敵も入り混じった狂気の乱戦だが、俺は“戦国仕込み”の呼吸で周囲の動きを読み、意図的に死角をすり抜けていく。
「帝国騎士長ガデラス、ここにあり! 貴様ら下衆の王国兵どもが何を……!」
低い怒声が飛び、赤マントの男が黒い剣を振りかざす。その剣先は不自然なほどの魔力を帯び、斬撃の軌跡が空気を切り裂いた。
あわや、こちらの兵が斬り伏せられそうな一瞬――
「チッ……!」
俺はすかさず横合いから敵の懐へ滑り込み、刀でその剣を受け流す。重い衝撃が腕を通り抜けるが、呼吸のリズムを崩さなければ問題ない。
「貴様……噂の剣士か? 魔力を持たぬくせに、この場で大立ち回りとは片腹痛いわ!」
帝国騎士長が驚愕に顔を歪める。その隙をついて一気に刀を振り下ろそうとするが、周囲の衛兵が横槍を入れてくる。
「ぐっ……邪魔だ!」
俺は足元を払って衛兵のバランスを崩し、体を回転させるように刀を振るう。ザシュッと骨を断つ感触が伝わり、衛兵の一人が血反吐を吐いて崩れ落ちる。
「この……!」
帝国騎士長は剣を持ち直し、再び大振りの一撃を放つ。鋭い斬撃と魔力が混ざり合い、空気を斜めに裂いてくるが、俺は呼吸を捻ってそれを見極め、刀で受け流す。
カキィンッ
火花が乱れ飛び、剣圧が地面をえぐる。刀が負荷に悲鳴を上げるが、なんとか持ち堪えた。
「シチトラ!」
背後からベアトリクスが声を掛けると同時に雷の魔法を発動し、帝国騎士長の足元を痺れさせる。奴は体勢を崩しかけるが、ぎりぎりのところで踏ん張って反撃の剣を振るった。
「ぬあああっ!」
べアトリクスは咄嗟に風の結界を張るが、衝撃でふらついてしまう。そこにラニアたちが援護の光弾を放ち、帝国兵を次々に牽制していた。
「ぐっ……ここで沈めるしかねえ!」
俺は全身に力を込め、刀の柄を強く握る。
(――このまま“呼吸法”をフルに解放すれば、奴の剣を切り裂ける……!)
すでに周囲は帝国の衛兵がことごとく倒れ、騎士長以外に脅威は少ない。決着をつける絶好の機会――ここで斬らなければ、仲間が傷つくのは目に見えている。
「なんだ、その眼光は……!」
帝国騎士長が狼狽する一瞬を捉え、俺は一直線に踏み込んだ。刀が閃き、敵の剣を受け止めつつも強引に斬撃で押し返す。
剣圧をまとった黒い剣と、呼吸法で増幅した俺の刀が噛み合うとき――バチッと空気が跳ね、騎士長が苦悶の表情で後ろへ弾かれた。
「この……化け物があああっ!」
男は最後の力で斬り返そうとするが、そのモーションすら見切っていた。俺は半身をずらしてかわし、刀を急所めがけて振り下ろす。
ザクリ
重い手応えとともに、騎士長の鎧が真っ二つに裂かれ、深紅の血が飛沫を上げた。男はわずかに目を見開き、息を呑むように動きを止める。
「お、おのれぇ……っ!」
それが最後の声。帝国騎士長は膝から崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
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「……やった、指揮官格を落としたぞ!」
兵士たちが歓声を上げる。それと同時に帝国兵は一気に戦意を喪失し、ある者は逃げ惑い、ある者は武器を捨てて投降し始めた。あちこちで無秩序な混乱が巻き起こり、もはや形勢はほぼ決したと言っていい。
さらに学院勢の魔法が後方の敵集団へ牽制を放ち、敵全体が総崩れ状態に近づいていく。
「ああ、勝てる……勝てるぞ!」
王国兵の一人が泣きながら歓喜の声を上げ、それが広がるようにあちこちから「うおおおっ!」という雄叫びが響いた。
ラニアとベアトリクスも肩で息をしながら、“やった”と視線で喜び合っている。
戦線はまだ完全に鎮まってはいないが、帝国の組織的抵抗はほぼ崩壊に近い。
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ふと視界の端に、王女セレスティアが薄く笑みを浮かべる様子が映る。
高台で兵士たちの奮戦を見届けていた彼女は、誇り高い表情のまま、それでもわずかに瞳を潤ませているようにも見えた。
戦場に立ち会い、自分の眼で兵たちの覚悟を見届けたことには、確かな意味があるのだろう。
俺は刀を下ろし、どさりと膝をつく。全身が鉛のように重く、呼吸を落ち着かせなければ立っていられない。
「シチトラさん、大丈夫ですか!?」
ラニアとベアトリクスが駆け寄り、支えてくれる。血の臭いと焼け焦げた土の熱気が混じり、意識が遠のきそうになるが、なんとか踏みとどまる。
「……ああ、みんなの連携があったから、ここまで押し切れたよ。ありがとな……。」
「ううん、あなたがいなきゃ、こんな大逆転劇は無理だったわ」
ベアトリクスは安堵の表情で微笑み、ラニアも泣きそうな顔で「よかった……」と呟く。周囲の兵たちは、勝利を確信して手を取り合い、うずくまる者や両手を挙げる者が続出していた。
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戦場の空気が緩んだとき、王女セレスティアが護衛騎士に囲まれながらゆっくり下りてくる。兵士たちが道を開けると、その美貌が近づいてくるのがはっきりと見えた。
彼女は俺たちに視線を向け、ほんの一瞬だけ逡巡の色を浮かべる。そして――
「そなたが、シチトラ・ハシダね? ……見事な剣さばきでした。思った以上の働きに、正直驚きました」
高飛車な言い回しに、そこはかとないプライドがにじむ。だが、その背後にはどこか悔しげな、あるいは安堵の混じった複雑な表情が透けて見える。
「……ありがとうございます、王女殿下。皆が力を合わせたおかげです。殿下も、この危険な場におられたのですね」
俺が刀を支えに立ち上がろうとすると、セレスティアはわずかに顎を上げる。
「わたくしは王女ですもの。この国の決戦を、遠くから眺めるだけなど嫌でしたわ。多くの血が流れましたが、これがわたくしの選んだ道……それを最後まで見る義務があります」
彼女の瞳が僅かに濡れている。けれど、傲然たる態度は崩さない。心中では激しい葛藤があったに違いないが、今は誇り高き王女の顔を保っているように見える。
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兵士たちが目の前で姫と補佐官の対面を見守り、ざわめきが広がる。
「姫様、いかがいたしましょう。まだ帝国兵が散発的に抵抗している箇所が……」
護衛騎士が進言するが、セレスティアは息を呑むように一瞬黙り、それから毅然とした声を出した。
「徹底的に治安を回復しなさい。投降する者は傷を癒やし、国を出るなら追い立てはしなくともよいわ。……勝ったと言えど、無駄に血を流し続けるのも望まぬもの」
勝利宣言に近い言葉だ。兵士たちは歓喜に包まれ、「姫様万歳!」の声が上がる。セレスティアはやや居心地悪そうに眉をひそめるが、高慢な調子は保ったまま頷いている。
俺はその様子を見つめ、思わず声をかける。
「殿下……今回の戦、もし殿下がいなかったら兵の士気がここまで上がったか分かりません。殿下の決断が、俺たちの背中を押しました」
彼女は少しだけ目を見開き、それからふっと小さな笑みを浮かべる。まるで“当然ですわ”といった風に、そっぽを向きながら。
「ふん……国のために命をかけて戦ってくれたなら、そなたたちに感謝するのは当然ですわ」
高飛車な言い回しだが、その裏にある“ありがとう”という感情はきっと兵士たちに伝わっているはずだ。
そこには数え切れないほどの戦死者や犠牲が伴ったが、それでもこの国は守られた――それだけは確かな事実だ。
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辺りはもう夕闇に近い。焦げた土の匂いや死体の山が戦の悲惨さを物語っているが、勝利に沸く王国兵たちの歓声が、暗さを吹き飛ばしているようにも感じる。
ラニアとベアトリクスが、他の学院生たちと互いに健闘を称え合っているのが目に入る。俺も疲労困憊の体を支え、ふらつきながら刀を収める。
「……これで帝国の脅威は、しばらくは払拭できるだろうな。姫が嫁ぐ必要もないんじゃねえか」
思わずそう呟くと、セレスティアはすぐ近くでそれを聞きつけたのか、わずかに肩を震わせて反応した。
「“今のところ”は、ね。帝国だって、こんな痛手を負いながら再度攻めるには時間がかかるでしょう。ですが……」
言いかけた言葉は飲み込んだようで、彼女は足早に去っていった。乱れたドレスの裾を侍女が必死に整えながら、傲岸な姿勢を崩さない王女を慕い、護衛騎士たちが列を作る。
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「シチトラさん、お疲れ様です。……あなた、傷だらけじゃないですか」
駆け寄るラニアが涙ぐみ、袖で血を拭おうとする。ベアトリクスもそっと寄り添い、「無茶をしたわね。でも、さすが……」と微笑んだ。
ぐったりと膝を折りそうになりながら、俺は何とか笑みを返す。
「まだ終わったわけじゃねえ。これから国を立て直すためには、すべきことが山ほどあるし……姫さんも、悩み続けるかもしれない」
「うん……でも、あなたがいてくれれば、わたしたちも迷いなく動けるわ」
ラニアとベアトリクスの声が重なり、ほのかに暖かな空気が生まれた。
勝ち取ったとはいえ、今日の勝利は大きな犠牲を伴った。戦死者や離れた民たちの苦悩は尽きないだろう。だが、ひとまず国を失う最悪の結末だけは回避できた――そう信じたい。
遠くで王女セレスティアが騎士の支えを借りながら、兵士一人ひとりにねぎらいの言葉をかけ始めたのが見えた。自らが譲らなかった誇り、その代償で流れた血を、この目で見たからこそ、いつもより穏やかな表情に見える……気がする。
「さあ……魔物や残党の処理も必要だ。やることは山ほどある。――死者を弔おう。そのうえで、生き残った我々がこの国を支えていくんだ」
俺は深く息を吐き、ラニアとベアトリクスに背中を押されるように歩き出す。
燃え盛った火はゆっくりと鎮火し、夜の闇が静かに戦場を覆い始めていた。いつかこの血腥い景色も尊い犠牲も全てが新しい日の糧となる――そう思いながら。




